この世界の憂鬱と気紛れ

タイトルに深い意味はありません。スガシカオの歌に似たようなフレーズがあったかな。日々の雑事と趣味と偏見のブログです。

愛知万博、その2。

2005-04-10 12:42:06 | 日常
今日は友人たちと竹の子掘りに行ってきました!
と書き出す予定が天候が悪かったためあえなく中止に。
むぅ、竹の子を掘って掘って掘りまくってやるつもりだったのに!!(というほどやる気に充ちていたわけではないけど。)

というわけで代わりに(というわけではないですが)、GWに行く愛知万博のパビリオンの観覧予約をすることに。
愛知万博は当日券とは別にインターネットで事前に観覧予約を受け付けているんですけどね、、、
これがまた、アクセスできないにも程がある!!
自分は予約開始九時から一時間ねばって、とうとう観覧予約受付サイトの最終ページにはたどり着けませんでした。。。
どこかをクリックするたびに、
「大変申し訳ありません。只今サーバにアクセスできない状況になっております。しばらくたってからもう一度アクセスしてください。」と表示される始末。
噂には聞いてましたけど、これほどとは!!
結局一緒に愛知万博に行く友人四人のうちの一人がどーにか日立グループ館を予約できただけで、受付は終了してしまいました。
四人が朝早く起きて、一時間粘って予約できたのはたった一つ。。。
クリックすれどもクリックすれども先ほどの文句が表示され、本当にむかつくやら疲れるやら。
何なんでしょうね、このシステムって。
本当にないよりはマシ、っていう程度ですね。
先日のブログで愛知万博に対して非難めいた発言をしてしまいましたが、いざこうやってその不備(といっていいでしょう)を目の当たりにするとますます、、、まぁいっても詮無いですけどね。。。

あー、楽しみだなあ、愛知万博!!(←棒読み。)

ほんと疲れた。。。
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オールド・ボーイ。

2005-04-09 23:56:55 | 新作映画
韓国映画『オールド・ボーイ』を見ました。
正直言って韓国映画ってそんなに好きじゃないんですよね。
いろんな意味で濃すぎて体質的にどーも合わないというか。
(合わないのは映画だけで韓国文化そのものではありません。何といっても一番お気に入りの漫画は『新暗行御史』ですし。)

さて、『オールド・ボーイ』はどうだったかというと、、、いやぁ、激濃でしたね。
もう見ていて胃がむかむかして、おえっ!って吐き気がこみ上げてくるぐらいでした。
じゃあ、出来が悪かったかというと、決してそんなことはなくて、なるほどカンヌ映画祭でグランプリを受賞しただけはあるなぁと思いました。
『オールド・ボーイ』は二人の男の復讐の物語です。
一人は一見どこにでもいるようなしがないサラリーマン、オ・デス。
彼は身に覚えのない理由で謎の組織によって十五年もの間監禁されてしまいます。
彼はなぜ監禁されたのか?そしてなぜ突然解放されたのか?
それがこの映画のメインストーリーとなります。
そしてもう一人の復讐の鬼こそが、、、おっと、これ以上はネタバレになるのでやめておきましょう。

現在テレビドラマ、映画、ともに韓流ブームの真っ只中といわれてもてはやされてますよね。
テレビドラマがこてこての恋愛物ばかりに思えるのに比べ、映画は『シュリ』や『猟奇的な彼女』など実にバラエティに富んでいるなぁと思います。
ただ両者に共通するのがスタッフや俳優ら、作り手の、一切妥協はしないぞ、という意気込みではないでしょうか。
日本のドラマや映画の製作者たちにそういった点を見習ってほしいですし、だからこそ見る者を圧倒し、虜にするのでしょうね。(自分は正直濃すぎるのは苦手なのですが。。。)
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ちーちゃんは悠久の向こう。

2005-04-08 23:31:10 | 読書
日日日著、『ちーちゃんは悠久の向こう』、読了。
ちなみに日日日と書いて『あきら』と読むそうです。晶を崩したのかな?
本屋の店員のねーちゃんに何度説明しても理解してもらえなくて困りました。
「日を三つ書いて『あきら』ですね?」
「そーです」
「つまり漢字一文字の『晶』ですね」
「違います」
延々とこの繰り返しでした。

さすがにこの年にもなると、ってほどの年齢ではない(はずな)のですが、新しい作家の人に手を出す気力もなくなってきたりします。
それどころか、それまでずっと追っかけていた贔屓の作家(浅田次郎や京極夏彦など)の新刊さえ、ま、いっかって感じでスルーしちゃうこともあったりしますからね。
そんな自分がなぜ名前も聞いたことのないよーな新人作家の作品を手に取ったかというと、それは本屋のポップに書いてあった宣伝文句によるわけです。
『ポスト乙一の強力新人作家!!』
ポスト乙一ですよ、ポ・ス・ト・乙・一!!
つーか、それ以前にポストってどーゆー意味なんですかね?
広辞苑を引くと[それ以前、その次]って意味らしいんですけど、そんなに乙一の出現って革新的だったってことですか?
まぁこの場合は乙一に続くものって意味ぐらいなんでしょうけど、本家の乙一が開店休業中ですし、ってわけでポスト乙一の日日日の作品を読むに到った次第です。
で、感想なんですが・・・。
むぅ、なんですかね、これ。
確かにこれを高校生が書いたとすればそれなりにすごいなぁとは思うのですが、読んでいて、あまりいい気分になれないんですけど?
自殺をほのめかす言葉を口にしたクラスメイトをそのまま見過ごしてしまうわ、幼馴染の女の子が精神的に崩壊しかけているというのにほったらかしにして先輩といちゃつくわ、さらに手弁当を健気に持ってきてくれる彼女の自分に向けられた好意をまーったく気付きはしないわ、どーゆー主人公ですか!?っていいたくなりました。
主人公にぜんぜん感情移入できませんでした。
この程度の作品で「ポスト乙一!」とかいわれるとまぁ乙一本人は(たぶん)気にしないと思うけど、ファンには正直いい迷惑ですね。(だって乙一ティストっていわれたら買っちゃうし。)
でもこれからそれなりに売れるんだろうなぁ、日日日。。。
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潔癖症。

2005-04-07 22:10:17 | ショートショート
 あるところに潔癖症の男がいた。
 男の潔癖症は徹底していて、電車に乗っても吊り革を持つことなど決してないし、外食の時は必ず自分専用のフォークとナイフを持参した。
 もちろん人と握手を交わすというようなこともなかった。
 男の潔癖症は誰からも理解されるものではなかったが、それも男には一向に構わないことだった。
 不潔な輩に係わり合いを持つ気など男には端からなかったのだ。
 そんな男が流行り病にかかった。
 病院に行けば治る程度のものであったが、病原菌のゴミ捨て場である病院になど男は何があっても近寄りたくはなかった。
 そして男はあっさりと死んでしまった。
 だがどうしたものか、気がつくと男はどこかの道の真ん中に立っていた。
 その道はどこまでも果てしなく続いているようであったが、不思議なことに前に進むことも立ち止まることも出来るというのに、なぜか後戻りすることは出来なかった。
 なのでとりあえず男は前に進んでみることにした。
 山を超え、谷を超え、川を超え、七日と七晩ひたすら男は歩き続けた。
 道端でしゃがみこんでいる者もいれば、男をさっさと追い抜いていく者もいた。
 共通するのは誰しも無言であったことだ。
 彼に話し掛ける者もなければ、彼が話し掛けようと思う者もまたいなかった。
 やがて男は道が二股に分かれるところにやってきた。
 一方は光が降り注ぐ丘へと続く道で、しかしその手前には門と扉があって誰もがそちらに進めるというわけではなかった。
 もう一方の道には門などなかったが、その先は暗く、荒れ果てた大地で、見る者に寒々とした思いを抱かせるものだった。
 道の分かれには一本の木が生えていて、その木に寄り添うように一人の老人が立っていた。
 老人は道行く者の一人一人に丘と荒地のどちらに進むべきか指し示し、荒地に進むようにといわれた者は皆さめざめと泣いていたが、しかし不思議と老人の言葉に歯向かう者はなかった。
 やがて男の順番がやってきた。
 老人はしばらくの間、男を値踏みするかのように見ていたが、やがて重々しく口を開いた。
「ふむ、そなたは極度の潔癖症ではあるものの、生きている間、誰かを泣かせたこともなければ、騙したこともないようじゃ。よかろう、天国に続く道へ進むことを許そう。自らの手でその扉を開け、天国へと向かうがよい!」
 老人の言葉に男は一瞬困惑したような表情を浮かべ、すぐにこう答えた。
「申し訳ないが、ご老人、誰がさわったかもわからない扉に触れるぐらいなら、いっそ地獄に落ちた方がマシというものです」
 それだけのことをいうと男は躊躇する様子もなく地獄へと向かう亡者の群れに加わった。
 ただ一人、あっけに取られる老人を後に残して。
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シービスケット。

2005-04-06 23:49:44 | 読書
ローラ・ヒレンブランド著、奥田祐士訳、『シービスケット/あるアメリカ競走馬の伝説』を読みました。
松本剛史著『ジョッキー』から続いての競馬物ってことになりますね。
(といっても自分は競馬そのものは一度もやったことはないのですけど。)
競馬を嗜まない自分がなぜこの小説を読む気になったかというと、元々映画『シービスケット』を去年劇場まで観に行って、その時は正直それほど面白いとは思わなかったのですが、何だか物語がずいぶん駆け足で進んでいく感じがして感動に浸るとまではいかなかったのです、ただ映画を観ていて、原作はおそらく非常に良質な感動作に違いないと思わせるものはありました。
そのため文庫化を機に読んでみるか!と思った次第です。

小説を読み終え、自分の直感は間違ってなかったと満足しています。
映画ではほとんど触れられることのなかったエピソードが興味を惹き、また脇役たちが実に魅力的に書かれていました。
中でも驚きなのは、一九二〇年代から三〇年代にかけての、アメリカ競馬ジョッキーたちが置かれた状況の過酷さ。
「脚は一回折ったことがあるし、頭蓋骨も一回割れた。でもひどい怪我なんてしたことがないよ」とうそぶく元騎手。
あるレースで馬から転落し、後続の馬群にふみつけられ、心拍が停止し、医者から死亡宣告すらされるが、奇跡的に蘇生して翌日のレースで見事な騎乗を見せる若きジョッキー。
本当の話だろうかと疑わずにはいられない逸話の目白押しです。
もちろんシービスケットを中心とした本筋の方もべらぼうに面白いです。映画が原作の上澄みでしかなかったということがよくわかります。
宿敵ウォーアドミラルとの決戦は手に汗握る迫力ですし、騎手ポラードの復活劇となるサンタアニタハンデ戦は読んでいて、胸にぐっとくるものがあります。

映画『シービスケット』を観て、面白かった!と思った方にはお勧めです。
もちろん、映画はいまいちだったなぁと思った人でも充分楽しめると思います。自分のように。笑。
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愛知万博。

2005-04-05 23:50:03 | 日常
五月の連休に愛知万博に行くらしいです。
誰かっていうと自分が。
自分のことなのになぜ伝聞調なのかというとまぁ正直な話、愛知万博そのものにはほとんど興味がないから。
興味がないのになぜ行くのかというと、そんな偏屈な自分を旅行に誘ってくれるネットの友人がいるからです。
愛知万博には興味を持てずとも、彼らと会うのはとても楽しみなのです。

愛知万博、いい評判聞きませんねー。
よーやく弁当がお手製のものだけは持ち込みオッケーになったとか。
でもどーやってその弁当がお手製なのか、コンビニで買ったものなのか、見分けるっていうんでしょう?
お弁当を作りなれた人が使い捨ての容器に弁当を詰めたら、コンビニ弁当っぽくなっちゃうと思うんですけど。
地球に優しく、などと謳っておいて回収したお弁当はすべて廃棄!っていうやり方はどーにも好きにはなれないのです。
さらに飲み物は未だに持ち込み禁止らしいし。
お年寄りや病人の方の中にはすぐに水分の補給をしなければいけないこともあると思うんですが、そういった場合もお店や販売機の前に三十分並びましょうっていうんでしょうか?
そもそもテロ対策ってお題目を唱えるなら、ゲートに金属探知機でも設置したらよいのに。

今さらマンモスの標本っていわれても、、、何だかなぁって気がします。自転車で追い抜けそうなスピードの(?)リニアモーターカーもね。
まぁそれはいいんですよ。
そもそも最初から期待してないので。
長くなりましたが、今のは全部前振り。本当にいいたいのはそのことじゃないんです。
トヨタ館でロボット(らしきもの)が展示されるじゃないですか。
楽器を演奏したり、受付に座ってたり。そーゆーの。
自分はあれを見て、ガッカリしましたよ。
ロボットから音楽が流れるんじゃありません!実際演奏するのです!っていわれたって、だから?って聞き返したいですよ。
ロボットに人真似させてどーすんの?って感じです。
自分はトヨタに、稼ぐだけ稼いでるんだから、どーせなら原寸大のガンダムを造って欲しかったですね。百億円くらい掛けて。
まぁコアファイターに分離しろとは言いませんが、でもちゃんとパイロットが乗り込める、二足歩行が可能な巨大ロボットを見てみたかったのです。

なんてことを思ってたらですね、、、ほんとに巨大ロボットを造った人がいるらしくて!!
こちら。
まぁガンダムというか、どっちかというとザブングルですかね。ってマイナーですか?
うわぁ、乗ってみてえ!!と思っちゃいましたよ。
これ、本物でしょうか?それともよく出来た張りぼて???
もし本物だったら今すぐトヨタに買い取ってもらって、万博会場で試乗できるようにしてもらいたいです。
つーか、しろ!トヨタ!!(と珍しく命令口調で終わりたいと思います。)
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ネットノベルパーフェクトガイド、その2。

2005-04-04 23:42:36 | インターネット
先日入手したネットノベルパーフェクトガイドをよーやくだいたい目を通しました。
といってももちろん紹介されているネットノベルを全て読破した、という意味ではありません、念のため。
(それについてはまた後ほど・・・。)
自分の小説が紹介されてるガイド本なんてしょぼい作りなんじゃなかろーか、なんて後ろ向きなことを考えてましたが、そんなこともなかったです。
ほんと、お世辞抜きでよい出来でしたよ。
単なるガイド本の枠に収まらず、ネットマガジンの紹介や自費出版の現実など、ネットノベルを取り巻く環境を多岐に渡って考察していて実に読み応えがありました。
中でも自分が気に入ったのは第七章『ネット作家のためのアクセス向上作戦』(実地編)ですね。
ネット作家の方なら誰でもどーやってアクセスを向上させればいいか、一度ならず悩んだことがあると思いますが、ここでは実際プロのライターの方に(ライターではあるが、小説家ではない。う~ん微妙?)自作の小説を掲載したホームページを作成してもらって、アクセス向上のための奮闘が描かれています。
いやぁ、みんな似たよーなことをやってるんだなぁ、と読んでてニヤついてしまいました。

さて、『ネットノベルパーフェクトガイド』を購入された方の中には少なからずネット作家の方もいらっしゃると思います。
その中には何で自分の素晴らしい大傑作が取り上げられず、アイツの拙作が選ばれたのかと疑問に思った方もいるのではないでしょうか。
編集スタッフの選考基準はもちろんわかるはずもないのですが、実際このガイドを読んでみて気付いたことがあります。
それはスタッフの方々が作品を選考する際、ネットノベルのレビューサイトを参照しているということです。
自分の場合、小島小鳥さんの『L.B』というレビューサイトで取り上げてもらったことがあります。
小島さんにはなぜか拙作を甚く気に入っていただき、身に余るレビューをしてもらいました。
今読み返してみてもそれはどう考えても買い被りなのですが、それでもそのレビューを初めて読んだときは天にも昇る気分でした。
たぶん、ガイドの編集スタッフの方も小島さんのレビューに惑わされたのだと思います。
ちなみに『L.B』で紹介されていたネットノベルで、ガイドでも紹介されていたものは自分のものも含め、四つはありましたので(たぶん正確に数えればもっと)これは偶然とはいわないでしょう。
(編集スタッフの方々の名誉のために断っておきますが、レビューの内容自体は全く異なります。)

ネットノベルのガイド本を作るにあたり、リンク集や検索エンジンよりもレビューサイトを参照にすることはごくごく当然だと思います。
レビューサイトはなんといっても他薦ですからね。
ですから今回『ネットノベルパーフェクトガイド』で紹介されたか否かは、単純な作品レベルだけでなく、過去に置いてどこかのレビューサイトで紹介されたことがあるという幸運にも左右されたのだと思います。
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人権擁護法案、その2。

2005-04-03 23:59:40 | 政治・経済・時事
3/27のブログで人権擁護法案のことを取り上げたところ、(内容はともかく)読む者を威圧するような態度と偉そうな論調はどのようなものか、というお叱りの言葉を頂きました。
確かに尤もだなと思いました。
昨年の一連の荒らしに対する現在の自分の考えを至急表明する必要に駆られたので、あのような論調になってしまいました。
そのことで不快になった方がいらっしゃったら申し訳なく思います。

あのブログにおいて自分は人権擁護法案とアメリカ愛国法が近似していると指摘しましたが、具体性に欠けていましたので、それについて補足したいと思います。
アメリカ愛国法は2001年9月11日のテロ攻撃を契機にアメリカ国内におけるあらゆるテロ活動に対抗する法律として2001年10月26日に成立しました。
しかしながらその法律の持つ力の大きさに比べ、テロ攻撃後わずか一ヶ月半で成立としたことからも伺えるように内容が充分に吟味されたとは考えられません。
映画『華氏911』の中で民間のボランティアグループに政府の対テロのスパイが潜入捜査をしていたというエピソードが紹介されています。
このスパイ活動の法的根拠がアメリカ愛国法なのです。
アメリカ愛国法はしばしば対テロ活動という範疇を大きく逸脱します。
対テロ活動のためならば、多少のプライヴァシーの侵害、また表現の自由の喪失もまた止む無し、という風潮がアメリカ国民の中にあるのです。
しかしながら民間のボランティアグループへの潜入捜査が対テロ活動に役立つとは思えません。
余談になりますが、9月11日のテロ攻撃後、アメリカ国内で放送が自粛された音楽の中にビートルズの『オブラディ・オブラダ』があるそうです。理由はこの曲のフレーズがテロ首謀者であるオサマ・ビン・ラディンの名前を想起させるから、だそうです。
対テロリズムの旗の下では本来平和を謳った歌でさえ粛清の対象になるようです。

翻って人権擁護法案ですが、差別をなくそうという理念そのものは決して悪いわけではないでしょう。
しかしながら差別とは何か、という定義は一朝一夕で決められるものではないと思います。
また一握りの人間によって決められるものでもない。
自分は漫画を読むことが大好きです。無意味な暴力描写は好みませんが、好きな漫画(具体的にいうと『新暗行御史』や『鋼の錬金術師』etc)の中には格闘シーンはもちろん、血飛沫、さらには惨殺された死体なども出てきたりします。
それらは必然的な残酷さであり、物語を成立させるためには必須とさえいえます。
それなのにある日突然人権委員会というごく一部の人たちによってそういった表現が差別に抵触すると判断され、粛清の対象となってはたまないなぁと思うのです。

対テロ活動と人権擁護、大本の理念は異なりますが、その定義の曖昧さにおいて、アメリカ愛国法と人権擁護法案は共通するといえるのです。
共通項はそれだけにとどまらず、捜査記録が残らない、という点においても同じです。
捜査記録が残らないのであれば、冤罪が発生したとしても、なぜ冤罪が発生したのか、その理由が明らかになることはないでしょう。
また法律の成立に向けて国民に対して充分な説明がなされていないというのも共通しています。
インターネットでこそ激しく議論されていますが、人権擁護法案が新聞の一面に載ったという記憶は(自分が目にした範囲では)ありません。

前述したとおり、自分は漫画を読むことが大好きなので、はっきりいって今生きているのは好きな漫画の結末が最終的にどーなるか知りたい、っていうところに負うのも大きいので、これからも人権擁護法案に関して何らかの動きがあれば自分なりのコメントをしていきたいと思っています。
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ZOO。

2005-04-02 22:12:04 | 新作映画
映画『ZOO』を観てきました。
原作者の乙一は個人的に一番の贔屓の作家なので九州で公開されるのをずっと心待ちにしていました。(東京では二週間ほど公開が早い。)
さて乙一初の劇場作品の出来栄えはというと・・・。

『カザリとヨーコ』。
(story)カザリとヨーコ、双子でありながら一人は母親から溺愛され、一人は虐待されるという境遇にあった・・・。
(comment)まずまず原作に忠実な作りでした。逆にいえば冒険心がないというか。
ただ原作でのキャラクターの深みみたいなもの、つまり母親から虐待されつつも根が妙に明るいというヨーコの複雑な性格までは映画では描写されてませんでした。
なので最後のシーンで、ヨーコが「オッシャアアアアアア」と叫ぶところが唐突な感じがしました。
でも主役(カザリとヨーコの一人二役)を演じた小林涼子の演技はそれなりに評価されてよいと思います。

『SEVEN ROOMS』。
(story)ある日謎の男によってコンクリートの小部屋に閉じ込められた姉と僕。小部屋は七つあり、どうやら閉じ込められてから六日後に殺されてしまうらしい。姉と僕の絶望的な脱出行の行方は・・・。
(comment)これまた原作に忠実でした。若干イメージしていたよりも部屋が狭いかなと感じましたが。

『SO-far』。
(story)ある交通事故のあった日を境に、父は母が死んだとぼくに言い聞かせ、母は父が亡くなったかのように振舞うようになった。どうやら二人を同時に認識できるのはぼくだけらしい・・・。
(comment)これまた原作に忠実な、というか、表題作の『ZOO』以外どれもそうなのですが。主人公の少年役の神木隆之介がずば抜けて上手かったです。「日本一の子役」と呼ばれるのも伊達じゃないってことですね。

『陽だまりの詩(し)』。
(story)ほとんどの人が死に絶えた世界で、わたしは一人の男を埋葬するために作られた・・・。
(comment)五作の中で唯一のアニメーション。しかもフルCG。CGアニメなんてほとんど信頼してなかったのですが、いつの間にか技術も向上したのか、CG特有のわざとらしさみたいなものはなくなったんですね。よかったです。

『ZOO』。
(story)廃園となった動物園で恋人を殺めてしまった男の元に誰からともなく写真が届けられるようになり・・・。
(comment)唯一原作とは趣きが若干異なる作品。雰囲気的には悪くないものの、ストーリーがいまいち掴めなかった。とはいえ、原作の方も元々常人には理解しがたい話であったのでそれも止むを得ないといったところか。

五作ともかなりの力作といってよいと思います。
ただなにぶん原作の方を先に読んでいるものだから、物語自体にはほとんど感動とか感銘といったものは覚えませんでした。鑑賞中原作と映画の差異ばかり追っていた自分がいたことは否めません。
五作のうち唯一原作を上回ったかなと思えたのはアニメである『陽だまりの詩』ぐらいで、あとの作品を観てもやっぱり映像では乙一の奇妙なティストは表現できないのかなぁっていう感想しか持てませんでした。
さてさて、年内に公開される(という話の)乙一の最高傑作『暗いところで待ち合わせ』の出来栄えは如何に?

ところで鑑賞後、劇場の窓口でパンフレットを買おうとしたら、係りの人から「300円になります」といわれ、やけに安いなぁと思ったのですが、ただのチラシでした。
こんなのパンフレットじゃないやん。。。
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ネットノベルパーフェクトガイド、入手。

2005-04-01 23:51:37 | 日常
通信販売で発注していたラトルズ社刊『ネットノベルパーフェクトガイド』をよーやく入手しました。
二月の初めにお話を伺って以来、ずーっと何か新手の詐欺ではないかと疑っていたので(疑いすぎ!)、自分が書いた小説が紹介されているガイド本の実物を手にして、実に感慨深いものがあります。

まだざっと目を通したぐらいなのですが、このガイド、決しておせじでいうのではなく、実に丁寧に、そして良心的に作られていると思います。
少なくとも読み捨てる類いの小冊子ではありません。
自分の作品が紹介されるなんてガイド本としてのレベルが低いのではないだろーか、などと穿った見方をしていましたが(穿ちすぎ!)、そんなこともなかったです。
『ネットノベルパーフェクトガイド』の感想はまた追々述べるとして。

前述の通り、このガイドは通信販売で購入しました。
本当は本屋で直接手に取ってレジに持って行きたかったのですが、その方が感動するかと思って、でも市内の本屋ではいつ入荷するか分からないといわれ断念したのです。
アマゾンやe-honなどの大手サイトではなく、ラトルズ社のサイトから直接通信販売で注文しました。
実は通信販売で何かを購入したのってこれが初めてのことだったのですが、利用して驚いたというか、まぁ感心したことがあって。
このガイド、本体価格が1200円なんですよね。
税込価格なら1260円。
結構な厚さの本なのにそれほど価格は高くはありません。というか安いといっていいと思います。
それなのに送料はラトルズ社負担、さらに料金別納郵便でコンビニ払込票が送られてきて、そして料金受取人払いで愛読者カードまでついてくるという・・・。
送料の類いだけで五百円くらい発生しているよーな気がします。
よくこんな良心的なシステムで利益が出るものだなぁと変なところで感心しました。
(確かアマゾンが1500円から送料が無料でしたっけ?)
自分がこれまで通信販売を利用したことがなかったからこんな感想をいだくのかもしれませんが、通りで街の本屋がバタバタと店じまいするわけだなぁって思いました。

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