センソウの個人的思い出とかなんか色々

かくれんぼ同窓会における一大イベント「センソウ」の個人的な思い出等を綴ります。いわゆる「センソウ日記」とは少し違います。

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大阪襲撃②〜作戦会議、そして出発〜

2017-01-01 22:59:55 | 大阪襲撃(肥後之国、センソウ2...
大阪襲撃を決行するための状況が整って来たとはいっても、まだ我々には用意しなければならないものがありました。爆弾です。これがなければそもそも襲撃することが出来ません。決行日が21日なので、あまり時間的余裕はありませんでした。

しかし、これに関しては呆気なく解決しました。マスイベの翌日、19日朝にしゅいんがそこまで高くない点数で襲撃されて、爆弾をゲットすることまで出来たのです。襲撃国は失禁が所属するユートピアではなかったので、失禁襲撃はその爆弾で問題なく行えます。2日爆弾のため、大阪襲撃まで温存しておくと爆発してしまいますが、失禁襲撃のための最低条件は整ったと言えます。我々は同日夜、歌舞伎町の焼き肉店で作戦会議を開きました。

大阪での襲撃を成功させるための道は、大きく分けて3つあります。まず、一番原始的で特に必要な準備もない、会場で待ち構えて力技で失禁を捕えるという案。これに関しては大混雑の中見逃してしまう可能性が高いので、真っ先に却下されました。

次に、大阪の失禁が降りる駅で直接待ち伏せする。これは一番手っ取り早いのですが、失禁が何時にどのような交通手段を使って大阪のどこに到着する予定なのか、あるいは相手との集合場所が分からければいけません。これは本人が口を割らなければ分かりようがないので、現実性は低いです。可能性がある駅に分散して張り込めば襲撃自体は出来るかも知れませんが、それだと大阪遠征組全員での襲撃が難しくなるのでこれも却下。

よって第3の案、失禁の同行者(仮にAさんとします)の情報を可能な限り探り、なんとか当日Aさんを発見して尾行するというのが基本路線になりました。

実は、肥後は水面下では襲撃実行が決まる前から動き出しており、もぐらが中心になって失禁が一緒にライブに行く相手の情報を探っていました。本番で失禁を捕まえるには、前述の通りただ会場に張り込むだけでは大群衆の中から彼を発見できる可能性は低いので、あらかじめ尾行することが出来ないだろうかとかなり早い段階から画策していたのです。しかし、センソウ中で多少なりとも警戒しているであろう上に我々の顔を知っている失禁を尾行したらばれてしまうことは火を見るより明らかです。なので、一緒にライブに行く相手を尾けていくことで失禁に辿り着こうという作戦でした。

運よく失禁と会話していたツイッターアカウントに本名が使われていたので、facebookにその名前で登録している人がいないか検索し、それらしき人を探り当てました。特定の決め手は、失禁と同じ高校出身だったことでした。
そしてそこには、通っている大学と学部名が記されていました。

Facebookでは大体の雰囲気が察せられる写真しか見つからず、はっきりと顔が分かるような写真までは見つけられませんでしたが、それだけでも大きなヒントにはなりますし、大学が特定できたのは大きな収穫です。

ただ、それだけではもちろん不十分です。もっと、現地で我々が相手を特定出来るような情報が必要でした。Aさんについて知る手掛かりは本人のSNSくらいしかありませんが、友達でもない人が知ることが出来る情報は少なく、mixi(当時はまだそれなりにやってる人がいた)のような足跡がつくものは危険、本人に直接コンタクトを取るなどもってのほか(失禁側に付かれたら終わりだし、何より非参加者に迷惑をかけないという大原則に反してしまいかねない)ということで、なかなか有力な突破口は見出せませんでした。

ただ、常駐さんが突破口を開くべく面白い試みをしてくれていました。なんと常駐さんが所属していたYMT56の後輩が失禁の友達だったので、その後輩に頼んで失禁へ探りを入れてもらっていたのです。

その共通の知人さんは、女の子と二人でライヴに行くという失禁のリア充っぷりが許せないらしく(笑)、我々に全面協力して下さり、全力で失禁から何らかの情報を引き出そうとしてくれていたようです。これが成功すれば、第一の案、失禁を直接叩くということも実行可能になるかも知れません。

しかし、失禁はやはり警戒し、なかなか口を割らなかったようです。あまりしつこく聞いても自分への襲撃計画が存在すると失禁に勘付かれる可能性がある(失禁はこのライヴについては夏にツイートしただけでカクレンジャーには誰にも言っておらず、この情報が握られていること自体知らなかったはずです)のでそこそこのところで手を引いてもらわずを得ず、この作戦も上手くいきませんでした。

そうして時間が経過していき、もう我々に残された手段は一つしかありませんでした。SNSなどから入手出来るAさんの情報が少なすぎるのであれば、我々が直接現地で仕入れるしかありません。ライブは夜開始予定だったので、早めにAさんが通う立命館大学に乗り込み、facebookやツイッターなどでの断片的な情報を頼りに本人に接近するしかありません。幸い、ツイッターでの二人のやり取りから、その日は授業に出てからライブに行くことは分かっており、学部名から授業を受けるであろう校舎も二つか三つくらいに絞り込むことが出来ました。後は、facebookにある何となくの写真を頼りに本人を見つけ出すしかありません。

明らかに他の人間とは隔絶した特徴がある感じでもなく、その写真だけでは特定が出来ない可能性も十分に考えられ、行き当たりばったりの感が強いですが、とにかく行動しなければ進展はあり得ないので、出来る限りやってみるしかありません。案ずるより産むが易し、です。

この会議は白熱し、奈良池さんは終電の関係で途中抜けしなければならない程でした。

こうして、失禁の当日の行動に関してはもちろんのこと、自分たちが見つけて尾行しなければならない相手のことさえもほとんど分からないまま、大阪襲撃は実行に移されることとなったのです・・・。



我々は、20日の深夜に隠Dに運転してもらい車で大阪まで行くことにしました。そして出発の少し前に、爆弾爆発を避けるために(襲撃成功の可能性は未知数であり、失敗したら大阪から東京までかかる距離等を考慮すると2回以上爆発させてしまう恐れもあった)、利害の一致した琉球と爆弾交換をしました。
そして日付が変わる少し前に大阪へと出発していったのですが・・・
その時私は非カクレンジャーの知人と飲んでおり、出発に間に合いませんでした(笑)。
ここは完全に余談ですが、新幹線に乗るお金もない私はヒッチハイクで行くことにし、他の大阪襲撃参加者とは別ルートで大阪へと向かいました。
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