センソウの個人的思い出とかなんか色々

かくれんぼ同窓会における一大イベント「センソウ」の個人的な思い出等を綴ります。いわゆる「センソウ日記」とは少し違います。

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西ドイツの最も長い夜④~凍てつく大捜索~

2014-12-23 21:47:43 | 西ドイツ(センソウ2008)
 我々4人はまず、駅の近くにあったスーパーに行きました。ソ連の誰かが買い出しに来ていたら急襲出来るし、いずれにせよ少しでも暖かい場所で作戦会議をしたかったからです。繰り返しになりますが、その日はマジで寒く、正確な気温は不明ですが強風のせいで体感温度は間違いなく氷点下だったであろうと思われます。そこで寒さからの避難も兼ねてスーパーに行ったのですが、あろうことか営業が深夜0時までで、中に入れさせてもらえませんでした。しかたがないので捜索がてら歩きながら作戦会議をしました。


といっても大したアイデアがあったわけでもなく、アフガニスタンが解読してくれたソ連のメーリスには、「御嶽山駅付近にあるDJ大卵発の別邸に避難する」という内容以上に詳細な情報は流れていなかったため、我々はとにかくしらみつぶしに歩き回って探していくしかありませんでした。一応手掛かりになり得るものとしては、前述のように

・ハロウィンクイーンさんの特徴的な原チャリ(あれば)

・表札(DJの本名は少し珍しいため、もしあれば高確率でその家に立てこもってる)

くらいでした。ただこの二つが見つかる可能性は決して高くはないと思われたため、とにかく電気が点いている家があれば注意深く様子を探ろう、ということになりました。メーリスが解読されていることなど全くの想定外であろうソ連国民は、まさか他国民が潜伏先を突き止めてくるはずがないと油断して、外にも聞こえるような声で騒いでいるかも知れないからです。このような寝静まった住宅街では、屋内であっても騒げば外によく聞こえます。また、終戦まで残り半日を切ってはいましたが、大人数で過ごしている以上、もし油断をしてくれていればお酒や食料が足りなくなってコンビニに買い出しに来ることも十分に有り得ると思ったので、一人だけコンビニの近くに配置することにしました。これらの策は、どれも希望的観測の上に成り立っていますが、灯火管制を敷いて完璧に立て籠もられたら我々には成す術がないので、相手が心の隙を見せる僅かな可能性に賭けるしかなかったのです。


しばらく4人で周辺捜索しながら上記のような作戦を立て、捜索は僕とキャノンさん、ぽんぽちさんが、コンビニ張り込みは稲中さんが担当することになりました。何より大変だったのが稲中さんで、コンビニに入るわけにはいかなかったので(コンビニに入ってしまうと、例えソ連人がそこに来ても、中にいる稲中さんを見つけて逃げてしまうかも知れないため)、コンビニ近くの家の陰に立ち止って延々とコンビニの入り口を注視するしかありません。歩き回っている捜索隊と違って身体が冷える一方ですし、やることが単調過ぎるので時間の経過が物凄く遅く感じられるだろうと容易に想像出来ます。この件の最大の元凶となってしまった僕ではなく稲中さんにこの任務を与えるところに、僕はキャノンさんの底知れない残酷さを感じて慄然としました(そしてホっとした)。


そんなこんなで、ソ連疎開先の捜索が本格的にスタートしました。とにかく情報が少なすぎたので、取りあえず線路を挟んで東側を徹底的に歩き回ってみて、見つからなければ西側を探すことにしました。


 そうして3人で探索を始めたのですが・・・駅周辺ということ以外に何の情報もない状態だと、あまりにも広い。いや、家が多すぎる。その辺りは完全にベッドタウン的な住宅街であり、しらみつぶしに全ての家を見て回ろうとすると、果てしなく長い時間が必要になるように思えました。校舎を端から端まで横切るだけならすぐに終わっても、校舎の一階から最上階まで廊下や階段を隈なく歩いて全ての教室を見て回るのにはかなり時間がかかるのと同様で、すぐに見つけられるような予感が全くしなかったのです。極寒の中で凄まじい持久戦をしなければならないのではないかという恐怖が、僕の心を歩けば歩くほど深く浸食していきました。そしてひたすらに寒さに身を震わせながら歩き、一つ一つの家の前を通るたびに手掛かりとなるようなものがないか見回し、車があれば丹念に眺めて、ソ連国民が使っている形跡がないか確かめる。そんな地道な捜索を続けました。


やがて埒が空かないので、私とぽんぽちさんはこっちを、キャノンさんはこっちをという風に二手に分かれました。容赦なく吹き付ける風は夜が深みを増していけばいくほど強くなっているように感じられ、しまいにはこうして歩き回っているのがソ連を見つけてセンソウに勝利するためなのか、それとも早くやるべきことをやって暖かい場所に行くためなのか分からなくなってくるような気がしました。更には自分たちがどこを歩いてどこを歩いていないのかということさえも曖昧になり、既に通った道を数回通るという無駄なことまでする始末でした。


 そして、もう適当に風が遮られている場所を見つけてそこに避難してしまいたくなり、ぽんぽちさんがそれを言い出すのを今か今かと待っていると(襲撃を受けた私自身がそんなことを言うことは憚られた)、キャノンさんから招集がかかりました。


 もしかしてソ連のアジトを発見したのかと一瞬心が湧き踊りそうになりましたが、どうやらキャノンさんもさっぱり見つけられないため、一度集合しようとのことでした。僕ら三人は駅で落ち合い、そしてローソンを見張っている稲中さんのところに行きましたが、稲中さんはポケットに手を突っ込みながら身体を震わせていて、あまりに過酷な任務だったことが痛いほど伝わってきました。「雪山などの超寒いところで寝ると死ぬ」と言いますが、たとえ寝なくても長時間動かずにいたらマジで命が危なくなるんじゃないかと思いました。そして、稲中さんも全くソ連国民を見かけなかったとのことでした。


 時刻は2時になろうとしており、雲行きは怪しくなる一方です。ソ連もまさかこんな時間に自分たちのアジトの近くに爆弾を二つ持った国がいるとは思っていないでしょうが、だからと言ってノコノコと買い出しに来たり、自分たちの存在をアピールするように騒いだりするとは限りません。自分たちが数時間前に心に隙が生まれた相手を急襲した直後なのでなおさら慎重にしていても不思議はありません。ただでさえこのように絶望的な状況なのに、そんな我々の消沈を餌にしているかのように強風は勢いを増してきました。


 しかし、我らが西ドイツの情熱の炎は、まだ完全に消えてはいませんでした。集合することによって再び確かめ合った打倒ソ連への執念は、クリスマスっ気が全くないクリスマスの夜を過ごしている西ドイツ国民を、いま一度奮い立たせました。まだ、終戦まで10時間もあるんです。アジトさえ発見出来れば、籠城されても問題ありません。クリスマスらしく煙突からでも侵入してやればいいんです。

罰ゲームを受けるのは絶対に嫌だ。しかも感情的にも気に入らないソ連にこのまま負けるわけにはいかない。何とかして一泡吹かせてやりたい。こうして立ち止って会議していても身体が冷える一方だし、動こう。とにかく、探してみなければ始まらない。どれだけ勝てる可能性は低くても、最後まで戦おう。

我々は決意を新たにして、4人で歩き出しました。東側はもうやめて、次は駅の西側を探そうとなったのです。待ってろよ、ソ連。西ドイツの長い夜は、まだまだ終わらない。
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