センソウの個人的思い出とかなんか色々

かくれんぼ同窓会における一大イベント「センソウ」の個人的な思い出等を綴ります。いわゆる「センソウ日記」とは少し違います。

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成田事変③ 

2017-11-17 04:05:36 | 成田事変(アメリカ合襲国、セン...
ブラアウが今夜7時に帰国し、それがスワームで公開されてしまっている・・・。


この突然の一報に、アメリカの平穏は一瞬にして跡形もなく崩れ去りました。セシルは翌日の19日に成田着と聞いていたそうですが、何らかの伝達ミスがあったようです。

アメリカを目の敵にしている四か国連合軍が、このチャンスをみすみす逃すようなことは絶対に有り得ません。恐らく、連合国は今頃成田に向かっており、ブラアウを合同襲撃する準備を嬉々として進めていることでしょう。

二倍期間に、電車賃が約1000円もかかる成田で合同襲撃を喰らってしまったらシャレになりません。相手方の準備次第では貯金が吹き飛ぶどころか、一気に最下位転落という事態も考えられます。


とにかく我々は、最悪の事態を回避するために集まれる国民全員で速やかに集合することにしました。車を手配して成田に集まり、うまく他国民に襲撃される前にブラアウを回収出来ればベストですが、税関とかの空港のゲートを抜けたところに敵国が張っていたらそれはほぼ不可能なので、撃ち合いになる可能性が濃厚です。そうなれば、まさにセンソウ2011の寒川事変の時のような状況であり、大ピンチには違いありませんが、こちらが多くの人員を確保出来れば勝機は全くのゼロというわけではありません。寒川事変でアルバニアが地獄を見たのも、人手不足で火力が圧倒的に劣っていたのが大きな要因でした。

急な出来事ですし、成田までの往復だけでもかなり時間がかかるので、人数を集めることは絶望的かと思われましたが、ここはやはりガチホモ国家と他国から蔑まれることで異様な団結力を培ってきたアメリカです。なんと、セシル、大佐、シャー、ぷりんちゃん(アラモード)、現場にいるブラアウ、私、さらにパイパンと、最大で7人が集まれることが判明しました。パイパンは来れない可能性も少なからずあるそうでしたが、6人いれば最低限のまともな勝負は出来ます。絶望モードから一転、アメリカの士気は俄かに高まりました。

とはいっても、相手がカード等も含め四カ国の総力を結集して撃ち込んでくる可能性を考えると、こちらの分が悪いことは否定できません。合同襲撃を回避することがベストなのは事実です。我々は作戦の話し合いや、知人に連絡をして車の手配を試みるなど激突に向けた準備をすると同時に襲撃を避けるべくブラアウにlineを送りまくりました。ブラアウは既に機上の人となってしまっていると思われ、連絡が全くつかなかったのです。本人が何も知らないまま不用意に空港を出て、襲撃されてしまうことだけはあってはなりません。ゲート内に籠城するとか、ゲートを出ずにそのまま他の飛行機に乗ってどこかへ行くとか出来れば何よりですし、例え撃ち合うとしても本人があらかじめ状況を把握して迅速な行動をとる事が出来なければ、その出遅れが命取りになってしまいかねません。しかもそれ以前に、我々がブラアウの帰国時間に間に合わない可能性もあり、それはブラアウが集中砲火を受けて、一発も撃ち返せないことを意味します。

飛行機に乗っている最中はラインを確認することが出来ないので、ゲートを出る前の無敵の聖域内で確認してくれることを信じるしかありませんでした。

ブラアウが聖域の中で携帯を見ないという事態も想定して、空港に電話をしてブラアウの乗っていると思われる便名と搭乗者氏名を伝え、伝言をお願いするか?などという案も飛び出しました。

ブラアウに、何とか事前に状況を把握してもらうこと・・・これが、我々が大敗しないための必須条件でした。

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成田事変②

2017-11-03 04:40:47 | 成田事変(アメリカ合襲国、セン...
ブラックアウトは、お誕生日大作戦を決行した11日の昼過ぎに、成田空港からアメリカへ飛び立ちました。空港で他国に張られることもなく、一安心一安心。

アメリカ旅行にはセンソウ不参加のカクレンジャーが一人同行していましたが、他国に情報を漏らすのは、非参加者からの協力となりあからさまにルールに抵触するのでブラックアウトも念を押してくれたそうで心配不要。ブラアウはアメリカから他国への煽りをちょくちょく織り交ぜた人気掲示板連載『黒人日記』を現地滞在中に発信していましたが、さすがにまともな手掛かりもない状況で他国がアメリカまで出張してきて襲撃を受けることは考えづらい。

となると、問題は帰国時です。成田は場所点が高い上に帰国時には二倍期間に突入しているため、このタイミングでの襲撃は絶対に避けたいことでした。横浜在住のブラアウがアメリカからの帰国便で降り立つ空港が成田であることは、誰にでも分かります。我々を目の敵にしている四カ国としては、ここでブラアウを撃つことが出来れば願ったり叶ったりのはずです。

しかし、これも前述の通り同行者からの情報漏えいのリスクはなく、他国が帰国日時について何の情報もないまま成田まで来ることもほぼあり得ません。成田空港のような地理的に遠く、しかも不便な場所に来るのはそれだけで多くの犠牲を払うことになりますが、あてずっぽうで行ってブラアウの帰国のタイミングに鉢合わせするような万に一つもない可能性に賭けるのはあまりにも非現実的ですし、ブラアウが来るまで執念の無限張りを続けるにしても、成田は数日間も過ごせるような施設に恵まれた場所ではありません。それにそもそもが、時間制限のある爆弾を抱えてそのような非現実的な作戦を行うなど愚の骨頂です。それによって、他のもっと現実的な襲撃チャンスを幾つも潰して自分たちの首を絞める結果になるのは火を見るよりも明らかですから。


以上の理由から、アメリカ合襲国内では帰国時の襲撃リスクについても楽観ムードが流れていました。ブラアウは襲撃されることなく無事帰国して、我々は優勢を保ったままブラアウも復帰した万全の態勢でセンソウ終盤戦に突入できるとみんなが思っていました。

それよりも警戒されていたのは、パイパンです。四カ国連合のグループラインの名称が「1223」だという噂がまことしやかにささやかれていたのですが、その名称の由来については全くの謎でした。可能性がありそうなのは12月23日に何らかの合同襲撃計画(おそらくアメリカへの)があり、それに照準を合わせているというアメリカにとっては恐るべき事態でしたが、パイパンが幹事長を務める人物研究会の講演会イベントがその日に予定されていたのです。

結構大きなイベントらしく、大々的にビラ配り等で告知がされており、パイパンがそのサークルの幹事長を務めていることを知っているカクレンジャーは少なくありません。もちろん、幹事長たるパイパンがその予定を切ることが出来る訳がありません。

いくら「お誕生日大作戦」でポイントを稼いだとはいっても、その日に総力を結集した四カ国合同襲撃(仮爆弾ルールがあるので四カ国に同時に襲われる可能性も十分にありました)が行われたら、そんなもの一瞬で消し飛んで最下位に転落することも起こり得ます。

我々がこのような危機的状況にあることが判明したのが18日で、アメリカのラインは一気に活発化し、何とかここを乗り切る策を練ろうとみんなで知恵を出し合っていました。この時点ではまだ23日まで5日間ありましたし、決して悲観的になっていた訳ではなく、むしろこの試練を乗り越えてやろうと、前向きな雰囲気が漂っていました。


・・・しかし、そんな悠長に作戦を考えてもいられない緊急事態の発生を、国王セシルが突如として告げました。

時間は16時44分。日本人にとっては、なんとなく不吉な刻です。


「スワームでブラアウさんが空港チェックインしたの全てバレてるらしいのでブラアウさんこれ見たら連絡ください。予定では今晩7時に着くみたいです」

「今晩7時に着く」とは、アメリカ国民全体に向けたメッセージで、ブラアウが今晩7時に成田空港に降り立つ予定だという意味です。
二時間後に、成田空港着。そして、その予定がスワームによって他国に筒抜けになっている・・・


アメリカ合襲国、最大のピンチです。
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成田事変(前史)

2017-10-20 03:34:11 | 成田事変(アメリカ合襲国、セン...
「センソウ」というイベントにおいて、事変とは、何の前触れもなく突発的に起こるのではなく、何かしらの伏線があって初めて発生します。センソウ2011においては、「大阪襲撃」がその年の最大の山場である「寒川事変」を引き起こすきっかけとなったように、センソウ2014の「成田事変」においても、その引き金となる出来事が存在しました。

それが、アメリカ合襲国による「大佐ハッピーバースデー!!!爆弾いっぱい当てちゃうゾ☆大作戦略してTHB(byセシル)」、あるいは「爆弾FUCK!!〜抜かずの50連発中出し〜(byパイパン)」です。

これは簡単に言うと、この年の新ルールである「爆弾建造」を利用して爆弾を50個作り、同様に新ルール「誕生日ボーナス」(襲撃国の国民の誕生日に襲撃すると4000ptもらえる)が適用される12月11日(アメリカの大佐の誕生日)に協力国に対して爆弾を撃ちまくることで「異空間から点数を無限に錬成(蜀の大丈夫談)」し、その後点数調整の襲撃をしてもらうことによって異空間から召喚された点数を山分けしようという作戦です。

我々アメリカは事前にエリュシオンと交渉し協力を取り付け共に作戦を練り、マスイベではこの作戦と相性の良い速攻カード『ギャラリー界の恩恵』を獲得し、さらには爆弾建造中に襲撃されたら即ゲームオーバー(50個の爆弾建造のためには莫大なポイントを支払う必要があり建造申請した時点で点数が大きくマイナスとなっていたが、建造完了前に襲撃されると建造失敗となり失ったポイントは返ってこないというルールのため巨大な借金を抱える結果に終わる)という恐ろしいリスクを背負うなど、血のにじむような努力の末にこの作戦を遂行しました。

結果的には土壇場で中つ国も計画に加わり、三カ国で高田馬場の自遊空間に籠ってひたすら地味な作業を続けて無事成功に終わり、マスターに難癖をつけられて一部の襲撃が無効とされるなどもあって当初の想定より利益は減りましたが、それでもかなりの点数を儲けることが出来ました(10万はいかなかったと思うけど7、8万くらいはあったと思う。記憶曖昧)。


この突如の爆弾50個建造という事実は事情を知らない国々をざわめかせましたが、事の概要が明らかになるにつれて不穏な空気が流れ始めました。

ルールに則った上で相応のリスクを背負い、途方もない労力を費やして決行した作戦であるにも関わらず、まるでルール違反を犯した強盗であるかのように我々を見做す国が現れ、やがてそれはこの作戦に参加していないすべての国に波及し、黄泉・全米・知床・蜀の四カ国がアメリカ憎しで団結し始めたのです。

Ζの表現を借りると、アメリカ、エリュシオン、中つ国の三カ国はさながら「悪の枢軸国」であるかのように敵視され、中でもアメリカはその筆頭として、四か国の憎悪を一身に受けるようになりました。

そして、膨れ上がった憎しみは「センソウ」というゲームの枠を越えて、センソウをセンソウたらしめるためには御法度である「マジ切れ」にまで至り、特に強い敵意を抱いていた国はセンソウそのものを放棄しかねない勢いでした。

我々としてはそのような態度はセンソウというゲームの在り方そのものを履き違えていると言うほか無いのですが、センソウ観の違いは容易に埋められるものではなく、こちらも自分たちの信念を貫いて合同襲撃でも何でも受けて立つ構えでした。ところが、どのような経緯があったのかは知りませんが、どういうわけか我々に説明(と、事実上の謝罪?)を求める前代未聞の「中間講和会議」が開かれる事態にまで発展してしまい、否応なく「主役」たるアメリカ国民も出席を求められました。


こちらは大佐がセンソウや、かくれんぼ同窓会そのものの存在意義にまで言及した感動巨編の原稿を用意してエリュシオンのカニとともに穏やかにこちらの立場を説明し、寝坊してきた国王セシルも「俺はこれがセンソウだと思ってます」の言葉で締める、痺れるような名演説をしましたが、やはり納得していなさそうな人も見受けられました。今回の作戦を主導したセシルや大佐が悪者にされてしまっているようで、説明というよりも謝罪を要求されているのではないかとさえ感じられました。


アメリカとしては与えられたルールの中で勝利を目指して全力を尽くしただけなのですが(各国がなりふり構わず貪欲に勝ちに行くのは、むしろセンソウというゲームにおいては健全な姿勢ですらあるはずです)、四カ国連合からは「センソウそのものを台無しにした」と受け取られていたようです。そもそも「誕生日ボーナス」は単純に襲撃点が増加するものではなくあくまでも襲撃国へのボーナスポイントなので(つまり、被襲撃国へのマイナスポイントとはならない)、我々の作戦によってどこかの国が甚大な被害を蒙ったというわけではない上に、まだ半分以上も日程が残っているので今後戦局がどう転ぶかは分かりません。二倍期間に入れば、あっという間に逆転されてしまう危険も十分にあるわけです。

アメリカは、あくまでもこの時点でダントツの首位に立ったというだけであり、決して安全圏に浮上したわけではなかったのです。いくらでも大どんでん返しが起こりうるのがセンソウというゲームの魅力であり、またそれを目指すことこそセンソウの醍醐味でもあるはずです。

アメリカ側からすれば、センソウそのものを台無しにしようとしているのは、冷静に考えれば幾らでも可能性が残っているにも関わらず、闘う姿勢を放棄してアメリカへの誹謗中傷に注力している国々に他なりませんでした。

このような理不尽とも思える状況の中で、アメリカ国民はなおさら負けるわけにはいかないと士気を高めました。エリュシオンと中つ国とは緩やかな協力関係にありながらも、ガチガチの同盟を結んで他の四カ国と闘おうというほどではありませんでしたが、ある意味ではだからこそ柔軟性のある良好な関係を維持することが出来ていました。

一方、中間講和会議で一歩も引かなかった我々に対する他の四カ国の怒りは消えていないように見受けられ、四カ国でグループラインを作って打倒アメリカを目論んでいると専らの噂でした。


そうした中で、お誕生日大作戦の決行直後にアメリカ合衆国へと旅立ったアメリカ合襲国民、ブラックアウトの帰国の日が迫っていました・・・。アメリカからのフライトは国際線ですから、降り立つ空港の地は当然、成田です。
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成田事変について

2017-01-13 01:56:36 | 成田事変(アメリカ合襲国、セン...
センソウにおいて、多くの国が入り乱れる阿鼻叫喚の撃ち合いのことを「事変」と呼びますが、私の知る限り、人口に膾炙しているものは「寒川事変」と「成田事変」の二つが挙げられるかと思います。単なる三か国合同襲撃で撃ち合いに至らなかった場合は「合同襲撃」としてのみ括られ、事変とは見做されません。

これら二つの事変に共通していたことは、どちらも史上稀に見るド派手な死闘であったのはもちろんのこと、何よりもセンソウの行方を決定付けた大事件であったという点であり、これらの事変で最も損害を被った国がそれぞれの年の敗戦国となってしまったのです。

つまり事変は、センソウ全体から切り離して単独のイベントとしても大きな価値があるのみならず、26日間の大きな流れの中で見ても、最大のターニングポイントとなっている記念碑的な出来事なのです。

このブログの趣旨は、センソウ日記とは違い、センソウにおける様々な出来事を単独で切り抜いて紹介することですから、これらの事件について語らない訳にはいきません。いずれも私が参加していたセンソウに於ける事件ですから、なおさらです。


しかし、このうち寒川事変に関しては当事者でもないくせに書きましたが、自分も現場に居合わせていた成田事変についてはこれまで沈黙してきました。その理由は、現役生も多く体験した近年の出来事であり、まだ多くのカクレンジャーの記憶に生々しく残っているからというのが一番ですが、それ以外にも、そもそも書こうにも書けないという気がしていたからです。


この事件は様々な事象や思惑、策謀が複雑に交錯し捻じれるほど絡み合った末に起きた事件であり、その全てを描くことが出来ないのは言うまでもありませんが、大まかな全体像を伝えることですら非常に難儀に感じられたのです。


しかし、センソウ2016が終わって三週間近く経ち、このままこのブログを更新する意欲も時とともに(少なくとも今年の年末までは)薄れて行ってしまうだろうと考えた時に、ふとCMに林修先生が出てきて、私は非常に危機感を抱きました。成田事変について何かを書き残せるタイミングは、今しかないだろうと思えたのです。


この事件を体験した現役生が多くいるとは言っても、私と同じでそれらの人々の中でも成田事変の記憶は少しずつ薄らいで行ってしまうことでしょう。どれだけ強烈な記憶であっても、細部が時の波に段々と削り取られていくのは防ぎようがありません。そうであるならば、これまで書いてきた出来事のように、5、6年の歳月が経過してから書くよりも、今書いておいた方が良いのは自明の理です。

この事件に直接関わっていた国はアメリカ、中つ国、黄泉、全米であり、中でも私が所属していたアメリカのセシルと大佐が最も動いていましたが、この惨劇を体験した末端の人間の一人として、私が覚えている限りのことを記録しておこうと思います。


しかし、全く書き溜めていたものはなく、一から記憶を掘り起こしていかなければなりません。面倒くさがりですし、特別暇なわけでもないので、長い中断期間を挟んだりするでしょうし、ぶっちゃけ未完で終わる可能性の方が高いです。


果たして最後、東京駅付近で解散するところまで書くことが出来るのか、全く検討もつきません。それは東京と成田を歩いて往復することくらい厄介なことにも思えます。ただ、一歩一歩を踏みしめるように一文字一文字を積み重ねて、なんとかそこまでたどり着きたいと思います。
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