センソウの個人的思い出とかなんか色々

かくれんぼ同窓会における一大イベント「センソウ」の個人的な思い出等を綴ります。いわゆる「センソウ日記」とは少し違います。

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キャノンさん決死のボルダリング

2015-01-12 14:36:09 | 西ドイツ(センソウ2008)
センソウ2008の西ドイツでは、中心人物だったキャノンさんがなぜか幾度も標的にされてしまったのですが、そんなキャノンさん被襲撃エピソードのうちの一つをご紹介します。マスター判断も絡んでくるので、少しでも参考になれば。

この時襲われた場所は、早稲田大学の17号館、つまり体育館付近。相手はハワイ(ギリシャ)でした。


フリーズされる前に相手に気付けたため、キャノンさんとハワイとの追いかけっこが始まるのですが、次第に追い詰められたキャノンさんは、体育館の横の広場にある階段を使って下に降ります。













その階段の下には非常口があり、そこを開けると深い落とし穴のような奈落の底に通じているのですが、キャノンさんは果敢にそこに飛び込み、持ち前のボルダリング技術によって壁をよじ登って上まで向かっていきます。





しかし、上(この画像の格子の外側。つまり撮影者の位置)にはハワイ軍団が待ち構えており、下にもハワイのカミソリさんがいたため挟まれた形になり、キャノンさんは穴の中間地点にある非常に狭い足場(上の写真でゴミが落ちている部分)に立ったまま身動きが取れなくなりました。   


ただ、上からは格子があるため襲うことが出来ず、下からもキャノンさんほどのボルダリング技術を持つ人間がハワイにいなかったため(本人談)キャノンさんに触れることが出来ず、完全に膠着状態に陥りました。


そのままキャノンさんはひたすら粘り続け、西ドイツのメーリスは大盛り上がり。みんな他人事のように楽しんでいました笑。


これがハワイの誰かが撮影した実際の写真。なんと6年が経過した2015年1月現在と全く同じゴミが落ちたままになってる(オレンジ色のやつとアルミホイル)ww





こうしてタッチもされないけど逃げることも出来ないまま、時間だけが過ぎていったのですが、キャノンさんが奈落の底に飛び込んでから1時間半が経過した頃、どうしようもなくなったハワイの軍勢がなぜかマスターに連絡し、非情なるマスター判断が発動。

なんと、全く触れられていないのにタッチが成立。ただある種の妥協案として、襲撃人数を一人減らすことで半ば強引に収拾が図られました。


マスター判断は絶対とはいえ、この裁定に西ドイツの面々は激怒。身体にタッチするという襲撃成立の最低要件を満たしていないにも関わらず襲撃成功扱いとなってしまったことに誰も納得出来ませんでした。


ただ、この緊迫感ある攻防のキャノンさんによる実況中継を存分に楽しんだのと、キャシーさんの

「膠着状態なのにマスターのベーション判断でタッチあつかいってこと?

へ~」


というメーリスでなんかちょっとどうでもよくなったので、最終的にはみんな受け入れました。


コメント

終わりに

2014-12-23 23:08:13 | 西ドイツ(センソウ2008)
西ドイツの一夜のこと、ちょっと長く書きすぎましたね。

完全なオナニー記事になってしまいました。

ただ、私の全センソウ中で単独の出来事の思い出としては恐らくトップに君臨するこの素敵なクリスマスのことを詳述出来て、得も言われぬ自己満に浸っています。あそこまで寒さに震える思いをしたチームもセンソウ史上ほとんどないと思うし、終了間際の2度のドラマも含めて、この出来事は絶対に記録に残しておきたいという意地のようなものがありました。

恐らく誰からも忘れ去られているであろう西ドイツというチームの無念を、ようやく晴らすことが出来たような気がします。。

通常のセンソウ日記のように26日間のこと全てを綴ろうと思うと、私のような面倒くさがりは一つ一つのイベントに関してはどうしても記述が短くなってしまいますが、こうして細かく書くことで、センソウの生の空気感のようなものを少しでも伝えられたなら幸いです。センソウ全体を概観出来る文章が一番だけど、センソウ日記が書けるほど筆まめじゃないし、そういう文章だとどうしてもそぎ落とされてしまいがちなところを補うような臨場感あるものが書けたらいいなとは前から思っていましたので。


この西ドイツのことについては、結果が結果だったこともあり、センソウの辛さばかりが強調されたものになってしまったかも知れませんが、今では本当に良い思い出となっています(西ドイツを敗北に導いた私がこれを言っていいのかは分からないけど)。そうじゃなきゃ、終わってから5年以上、6年近くが経過している出来事を今更になって書こうとは思いません(笑)。この文章でセンソウは過酷なものなのかと思ってしまった方は、どうか他の人のセンソウ日記を読んでみて下さい。楽しいこと一杯書いてあると思います。やっぱりセンソウというイベントの全体像を掴むには、センソウ日記が一番でしょう。


いずれにせよ、センソウって、あくまでゲームですから、楽しいこともつらいことも、本当に、すべてが良い思い出になります。参加を迷っている人には、是非とも参加して欲しいです。


これを読んでくれている人が一年生か、センソウ経験者か、かくれんぼ卒業生か・・・どんな人たちかは分からないけれど、ほんの少しでも暇つぶしになったなら、そして何より、次のセンソウに参加してみようかなーと一人でも思ってくれたなら、本当に嬉しい限りです。


コメント (3)

西ドイツの最も長い夜⑩~伝説のマスター判断の真相と、後日談~

2014-12-23 22:21:21 | 西ドイツ(センソウ2008)
講和会議によって発表された、日本襲撃マスター判断騒動の真相は、あまりにも衝撃的なものでした。

まず、日本の襲撃場所は焼津。その莫大な場所点や時間ボーナスを加味して、57560pt という点数自体に計算間違いはありませんでした。

ただ、被襲撃者が、焼津漁港組合の漁師さん。当然、センソウ参加者ではありません。この超特大襲撃は、日本の春巻きさんによる企みであり、単なる茶番だったのです。これでは0点にされるのも当然です。

しかし、問題はこのことそれ自体ではなく、マスターの対応にありました。襲撃時間が約午前5時50分で、それに対する無効とのマスター判断が下されたのが約午前9時30分。この3時間以上のタイムラグは一体何だったのか?という話になります。終戦間際は、各国が勝利に向けてそれぞれの最終作戦を行うのであり、たった1時間でも非常に大きな意味を持ちます。この前年には、終戦1分前の逆転劇もあったくらいです。特に今回の西ドイツのように、この失われた3時間のうちに作戦を襲撃から籠城に完全に切り替えて、場所を移して籠城態勢に入ってしまった場合は、文字通り致命的です。

ではこの3時間半の間、マスターの常駐さんは何をしていたのかというと・・・日本と一緒に焼津にいましたww

なんと、日本がこの襲撃に合わせてマスター召喚のカードを発動したことにより日本と行動を共にしており、焼津襲撃事件の一部始終を目撃していたのです。これでは「失われた3時間半」を誰も納得することが出来ません。確かに今回のマスター判断が襲撃後即座に下されていたとしても、我々西ドイツがソ連やメキシコに撃ちこんで逆転出来る可能性はほとんど残されていませんでした。我々とて、ほとんど勝利をあきらめていましたから。しかし、我々に出来るすべてのことをした結果敗北に終わるのと、それすら出来ないままに敗者となるのとでは、同じ敗戦でも大きくその意味が異なります。やれることをやり切ったからこそ敗北を潔く認めて罰ゲームに臨むことが出来るのであり、謎の判断遅延によって悪あがきさえさせてもらえないようでは、どうしても釈然としない気持ちが残ります。

なんとそれは敗戦国である西ドイツ以外の国も同じだったようで、うまねこさんやカミソリさんや匿名の何人かの方等、非常に多くの方が終戦後も掲示板でマスターに対して抗議を行い、年明け近くまで掲示板が盛り上がるという他に例を見ない事態となりました。私は29日に実家に帰省したのですが、愛知県からこの掲示板での激論の行方を固唾を飲んで見守っていたのを今でもありありと思い出すことが出来ます。


結果として、我々西ドイツは罰ゲームを受けることとなったのですが、我々のみならず茶番襲撃を行ってセンソウ全参加者を混乱の渦に巻き込んだ日本、マスターの常駐さんとクラリーさん、ソ連代表のアフィリリさんと血まみれさんとバーチャさん、ギリシャ代表のマジタマさんとジャクソンさんとにくだれさんたちも罰ゲームを受けることになりました。他にもいたかも。補足しておくと、ソ連とギリシャに関しては焼津襲撃事件に次いでこのセンソウで議論となった騒動があり、そのことの罰としてだと思います。

そして肝心の罰ゲームの内容も、当初に予定されていた「慶応の大学入試がある2月14日に校門前でチョコレートを配る」というのが一部のカクレンジャーの猛反対により中止となり、別の何ともコメントしづらいもの(別記事参照)となりました。最初のやつやりたかったけど笑


最後に一つの記念として、いくつか焼津騒動に伴う掲示板での議論の中で印象に残っている発言を抜粋して転載します。最初に出ているマスターが貼った画像も、参加者の神経を逆撫でしていました。


投稿者:傍観者 投稿日:2008年12月26日(金)11時28分29秒
もうマスター捕まえたら優勝にしようZE!


投稿者:うまねこ(残り53単位) 投稿日:2008年12月26日(金)11時33分9秒
カードセンソウならぬマスターセンソウですね。


投稿者:コクピ@マイスター 投稿日:2008年12月26日(金)11時47分3秒
今センソウはマイスター判断により中止します。今まで応援ありがとうございました。常駐先生の次回作にご期待ください。


投稿者:うまねこ 投稿日:2008年12月26日(金)13時54分15秒
結果発表前にセンソウ裁判のようなものを開いて議論の対象となっている問題に対して全ての国で意見交換をする機会を設けてほしいです。
マスター判断に対してこれだけ多く疑問の声があがっているのですから、マスター判断は絶対だといって押し通すのは賢明だとは思えません。
後味が悪いまま終わりたくないので結果発表前に全てを明らかにしてほしいです。


投稿者:常駐@マスター 投稿日:2008年12月27日(土)19時26分16秒

まあ打ち上げにてクラリーが発言した通り、この裁定が覆ることはありませんので、ここで議論をするつもりは御座いません。



投稿者:かみそり 投稿日:2008年12月27日(土)19時38分6秒
マジになれないセンソウなんてセンソウじゃない

投稿者:うまねこ 投稿日:2008年12月28日(日)00時20分16秒
詳細説明なのに省略するって面白いギャグですね。
これが誠意ある対応なんでしょうか。

マスターとしての責務を果たせないだけじゃなく、自分たちに対する批判に真摯に向き合えないなら初めからマスターなんてやらなければよかったんじゃないでしょうか。


投稿者:参加者 投稿日:2008年12月28日(日)00時31分58秒
この騒動に関係なく、マスターが貼った画像に怒りを覚える。

マスターがそれ言っちゃ終わり。我々が1ヶ月マジになってやってきたことがなんだったのかわからんわ。

自分でそんなこと言っちゃマスターの頑張りも台無しだろ。


投稿者:常駐@マスター 投稿日:2008年12月28日(日)02時08分45秒 編集済
>>うまねこさん
全センソウ参加者代表うまねこさん、お疲れ様です。本当に暇ですね。
以前うまねこさんが「全センソウ参加者に納得のいく説明をするのはマスターとして義務」と仰っていたので、当該国を除く各チームリーダーに詳細を晒すべきかの是非を問うてみました、勿論チームとしての考えを。
うまねこさんの所属するアフガニスタンが説明を求む、日本が最低限の経緯の説明は必要とする考えで、あとの二カ国に至っては説明する必要はない、興味がないというスタンスでした。その後、掲示板で最低限の経緯は説明いたしました。
そして個別的に、メールをしてきた人、打ち上げで聞いてきた人にはマスターのした判断についてお伝えしました。
詳細を省略した理由は上記と画像参照でお願いします。

>マスターとしての責務を果たせないだけじゃなく、自分たちに対する批判に真摯に向き合えないなら初めからマスターなんてやらなければよかったんじゃないでしょうか。
マスターとしての責務については上記参照。
とりあえず「常駐に対する個人的感情で全センソウ参加者を巻き込まないで欲しい」、と某氏は仰っていましたがそれでもここでやりますか?

>>参加者
昨年か一昨年のセンソウ掲示板に誰かが貼っていたんだが、マズかったかな?
とりあえずスタンスとしては打ち上げで言った通り、「楽しむためにガチになるのは素晴らしい、ガチになってつまらなくなるのは最悪」で、
実際裁判云々言われていたり、空気としてギスギスしていた気がするので後者の意味で「マジになっちゃってどうするの」だったんだけど。
とりあえず誤解されるような書き込みをしてしまったようなので、そのような意図はなかったとした上で、名を名乗っていただければ謝罪します。
勿論個人的には真面目に取り組みましたし、楽しみましたよ。


投稿者:かみそり 投稿日:2008年12月28日(日)02時35分59秒
まあ無駄だとは思ってるけど、センソウも終わったし本当に暇だから噛みついておくわ。
常駐の最低限の説明は本当に事実の確認しかしてなくて、うまねこ含む参加者の一部が求めている説明というのは
・なぜ揉めたのか
・どこが争点になったか
・何を根拠にそういう判断をしたのか(スタンスではなく、具体的に)

とかそういうことじゃない?
事実は聞いて回れば確認できるけど、なぜそういう判断がなされたのかは(それが理解されるにせよされないにせよ)マスターにしか分からないわけだし。
なぜ加害国と被害国の罰ゲーム参加について触れられていないのかもよく分からないしね。
少なくとも「納得の行く説明」ではないでしょ。

別に全センソウ参加者に説明しなくてもいいけど、説明してほしい人には説明するべきだし、説明する場所は恐らくここが一番適しているから、やれるだけとことんやればいいと思うよ。
来年になったらまた次の新人とかが見返すだろうしね。



コメント

西ドイツの最も長い夜⑨~西ドイツ、終戦~

2014-12-23 22:19:25 | 西ドイツ(センソウ2008)
深い眠りに落ちていた私は、
キャノンさんのに叩き起こされて目が覚めました。それは、大音量にならないよう必死に抑えているのが伝わる、凄みと切迫感のある声でした。最初は寝すぎたかな?と思いましたが、長く寝た感覚が全くなく、時計を見るとまだ朝の10時半。いったい何が起きたのかと問うと、「掲示板見ろ!日本の得点が無効になってる!」とのこと。

最初は何のことか全く理解出来ませんでしたが、言われた通り掲示板を見ると、ものすごい量の投稿がされていました。どうやら、何らかのマスター判断が発生し、それに対して各国の人員が抗議や質問をしているという構図のようです。

そしてそのマスター判断が書かれた投稿を読むと・・・忘れもしない、時間は9時24分。日本の襲撃報告から、およそ3時間半後です。書き込んだのは、マスターの常駐さん。

「今朝のリトルボーイの移動にも問題があったようで、それに関するマスター判断です。

その結果、襲撃点を57560ptsから0ptに修正します。」


もう、全くわけが分かりませんでした。マスター判断は絶対ですが、その判断が下された理由を聞いても「 さすがに詳しく説明してしまうと不利益を与えてしまう可能性があるので終戦後に説明となります」のみで、どのような状況で日本による襲撃が行われ、なぜこのような判断が下されたのかを決して教えてくれませんでした。これではセンソウ参加者一同誰一人として納得出来ません。当事者である日本のメンバーも、マスターから判断理由の説明を受けていないか、少なくとも納得のいく説明はされていないようで、この判断の是非を決める裁判をしようと言い出す程でした。

マスター判断には従わざるを得ませんが、参加者の誰一人として納得できないような筋の通らないものなら、それはただの権力を乱用した横暴です。終戦間際にして、参加者からマスターへの質問と抗議が殺到し、常駐さんがそれを飄々とかわし、他のマスターは傍観しつつ全く関係のないギャグを投稿するという大荒れの様相を呈してきました。もう我々西ドイツとしても、終戦まで残り2時間を切った中で渋谷から出動しようにも、確たるアテもなく、時間が足りなさすぎました。今から御嶽山駅に戻ったところで、駅について少ししたら終戦です。どこか余裕のある国に爆弾をもらってもらうにしても、一度籠城命令が下されたのに今更終戦までに動ける西ドイツ国民はこの4人以外ほぼ皆無であり、それでは罰ゲームを回避できる見込みはなく、ダントツの最下位である我々が浮上するには、順位の近いソ連かメキシコに撃つしかありませんでした。

もう事実上、この謎めいたマスター判断が覆されることを祈るしかありませんでした。キャノンさんが外交で必死になんとかならないか道を探してくれていましたが、ただ時間だけが虚しく、残酷に過ぎていきました。この、どれだけ祈ろうが、時計をいくつ壊そうが、決して捕えることが出来ず、淡々と同じ速度で過ぎていく時間。時間の絶対の規則性を、これほど残酷に感じたことはありませんでした。

昨日ソ連に撃たれ、ギリシャによる裏切りでさらに撃たれて一度絶望した心を奮い立たすことは出来ました。しかし、その絶望から救われ、安堵した心がもう一度どん底に突き落とされた時、そこからもう一度気力を絞って這い上がろうとするのは、最初の時よりも何倍も困難です。何より、そもそも時間が足りなさ過ぎました・・・

結局、我々は最後まで僅かでも可能性のある方策を見出すことが出来ず、マスターと議論しようにも議論にさえならず、2008年12月26日12時00分、センソウ2008は予定通り終戦を迎え、我々が持っていた2つの爆弾はルール通り爆発し・・・我々は無情にも、敗戦国となりました。

私は申し訳なさで一杯でした。そもそも、マスター判断以前に昨日私が不注意から撃たれる愚を犯さなければ、こんなことにはなっていませんでした。西ドイツ国民のみなさんには、いくら謝っても謝り切れない思いでした。我々に課されるはずの罰ゲームの内容がどのようなものになるか、その発表が何よりも恐ろしく感じました。

今回の日本による襲撃の詳細と、それに伴うマスター判断に関しては、夜に開かれる講和会議で発表されることになりました。その講和会議の前に、この件に関して各国リーダーとマスターで話し合いたいという提案が参加者から出されるなど、終戦を迎えても依然として不穏な空気が漂っていました。

我々4人は渋谷を離れ、それぞれの帰途に就きました・・・。

こうして、西ドイツのセンソウは、やり切れぬ思いを抱えたまま、静かに終わりを迎えたのです。
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西ドイツの最も長い夜⑧~歓喜、そして安眠へ~

2014-12-23 22:16:34 | 西ドイツ(センソウ2008)
日本がどこに投下したところで、我々がソ連かメキシコに直接打ち込まないと順位は変わらない・・・そう思っていましたが、これだけの高得点となると話は別です。この爆弾が落された国が、アフガニスタン等のかなり点数に余裕のある国ならともかく、ソ連やメキシコであれば、終戦時に我々の抱えている二つの爆弾が爆発しても、まず負けはない。残りの6時間と少し、どこかに籠城にて逃げ切ればいいわけです。

ここで、西ドイツの4人は急いで各国のメンバーに電話して連絡を取り始めました。私は襲撃国である日本のキャバセカンドに電話をしましたが、「どこに落したかは言えない」とのこと。

しかし、キャノンさんがそれぞれの国のリーダーに電話をしたところ、我々を警戒していたであろうソ連以外のすべての国と繋がり、どこも「食らったのはうちじゃない」とのこと。これで、自動的にソ連に落ちたことが確定しました。

このキャノンさんの報告に、西ドイツ一同は大歓喜。前夜からの凍死しそうになりながらの長い長い徘徊は表面上実を結びませんでしたが決して無駄ではなく、神様が我々の努力を見てくれていて、最高の形で報われたように思いました。傍目からは、まだ暗さの残る凍えるような早朝に何もない路上で歓喜してはしゃぐ我々は、ものすごく奇異な存在に映ったことでしょう。

もうこうなれば我々のなすべきことは終戦まで安全な場所に籠るのみです。今いる場所はソ連の潜伏先からあまり離れていないため、一刻も早く籠城できるところを見つける必要があります。そうして我々の目に飛び込んできたのは・・・

「ホテル ラヴィ」

そうです、ラブホです。ここの一室に4人で籠って、終戦まで過ごそうとしました。ただ、問題は・・・我々の男女構成です。キャノンさん、稲中さん、私ハヒョムーカの男3人と、ぽんぽちさんの女1人。これで入れてもらえるのか・・・?古典的なフロントの人とやり取りをする形のホテルだったため、門前払いを食らわないかが心配でした。そして行ってみると・・・「まず、4人で一室に入るのは不可。それと、男女ペアじゃないとダメ。男女1名ずつは入れられるが、残る男2名は無理」とのことでした。やっぱりな~と思いつつ、仕方がないので諦めて漫喫を探すことに。

しかし、これもなかなか見当たらなかったので、近くの駅から電車にのり、東横線を使って渋谷まで出ることにしました。

電車は混んでいて、座ることが出来ませんでしたが、暖かい車内に入ると、溜め込んでいた疲労と眠気があふれるように押し寄せて来ました。口数は少なく、みんな疲れ切っていましたが、眼にはそれまでなかった強い生気が宿っており、充実感に満たされていました。


そして午前8時30分頃渋谷に到着し、キャノンさんの意向でシャワー室のあるネカフェに入りました。8時52分にキャノンさんが流したメーリスが、我々の闘いの終わりを告げました。

「我々は避難完了しました。

ドイツ国民の皆さん、12時までは家の中にいてください。宅急便はお母ちゃんに出てもらってください。お母ちゃんがいなけりゃ無視してください。窓から手 を出さないでください。ウンコは我慢してください。相手(ソ連?)は何をするかわかりません。昨日の俺がまさにそうですが、「~だから大丈夫」はダメで す。オレオレ詐欺と一緒です。

それでは皆さん、このまま終電を迎えましょう!!」

最後の「終戦」が「終電」になってしまっているのは、それだけこの半日が過酷だったということでしょう。私が午後6時に襲撃されてから、約15時間に及ぶ凄まじい試練が、そして少々気が早いですが、26日間に及ぶ西ドイツの戦いが、幕を降ろした瞬間でした。

日本の春巻さんが流した玉音放送は、まさに我々の終戦宣言でもありました。

キャノンさんがシャワー室に行き、他の3人はそれぞれの部屋に籠り、眠りに落ちていきました。
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