80歳に向けて・「新風来記」・・・今これから

風来居士、そのうち80歳、再出発です。

影との対話

2019年12月10日 18時27分45秒 | 考える
影との対話
「お前は、何を求めてここまで来た? これから何を求めて生きていくのだ?」
ある日、ベンチに腰を下ろして、ぼぉ~としていた私に、目の前の影がそんな事を問いかけてきた。

「夢さ。 ずっと夢を求めてこれまで生きてきたんだ。 そう、これから先も同じだ。」
「夢か・・・、しかし夢はどこまで行っても、夢でしかないぞ。」
「そうだよな、それが今一番の悩みなんだ。」

令和元年12月10日(火) 今年も残り、あと3週間。 
今日もまた、無為な時が流れていく。
いくら自分は口下手だからと自覚していても、ずっと話し相手がいないというのは、本当に寂しいものだ。

とは言え、相思相愛の男女であっても、最初は「愛」として許し合っていたものが、時が経つにつれ、お互い、相手のやる事なす事が、段々と鼻についてくると言う。
それが何より怖い。

男女の関係とは、子を作り、子を育てる。
子が育ち、独立していった後は、ただお互い惰性で生き、そしてやがては死んでいく。
人の人生とは、結局それに尽きるのではないだろうか。

何でもそうだが、いくら好きな相手とでも、付かず離れずが、結局はいいのかも知れない。
あきらめ半分、やっかみ半分で、そんな事を考えた。

もっとも、今までずっと独りで生きてきた、きざるを得なかった私に、そんな人生を語る資格なぞないのかも知れないのだが。

やることも無く、私は今、ただ独り広場のベンチに腰をおろしている。
「何ともみっともないお爺さんね。 あんな男と付き合わずに済んで本当に良かった !!」
目の前を行く若い女性の冷やかなまなざしが、私を見て、そう言っているようだ。

どこにも居場所がない!!
喫茶店に入って、時間をつぶす。(もっと有効な時間の使い方はないものか?)
目の前で、若いカップルがコーヒー(?)を注文している。
私はといえば、向かいの椅子にカバンを置いて、ただ独り、ココアを飲む。

・・・・・、そろそろ帰ろうか。

自分の部屋に戻り、今日も又、独りタバコを吹かし、ウィスキーを飲み、チラチラと時計の針を見る。
私の思いとは裏腹に、時計は、何も言わず時を刻んでいく。
時間とは、本当に愛嬌も何もない。
そう、この酔いは、いつまでも、醒めてはならない。

人と機械の付き合い方も、また同様。
機械はどんどん、日を追うごとに進化している。
それと共に、操作も複雑になり、並みの人間には、そろそろ手に負えなくなってきた。
まして、私のような老人には、とても追いつけそうにないところまで来かかっている。
しかし、機械とは、そもそも人が便利に使うために創られたのではなかったのか?

仙人は これといった意味も無く ただ独り 街をさまよう。
私の夢はどこに行ったのだろうか?

人は何かを創造していってこそ、生きていく価値がある。
ひるがえって思う。
何も残さず、背を向けて去って行った私の過去。
呼びかけてみても、ただ素知らぬ顔でこちらを振り向こうともしない。

何であれ、物は眼に見えるところに置いてなければ、誰も見ることは出来ない。
物を置いた 当の本人自身ですらも。
また、いくら良いアイデアも、発表することなくしては、誰にも知られることはない。
食べ物は口にしなければ、その味は、どれだけうまいか、あるいはどれだけまずいのか、これっぽっちも分かりはしないのだ。

「万事にいろはず、一切を捨離して、孤独独一なるを、死するとはいふなり 
 生ぜしもひとりなり、死するも独(ひとり)なり。されば人と共に住するも独なり、
 そいはつ(添い果つ)べき人なき故なり」 一遍上人
 

いつの間にやら、また、ただ一人、私は町を歩いている。 
人波に流され、ふらふらと紛れ込んだ邪魔者だ。


誰も、自分の本当の姿を自分の眼で見ることなぞ出来はしない。 
他人が見て、語ってくれて初めて知ることが出来るだけだ。 
それだって、どれだけ本当の姿を伝えてくれているのか、実のところ分かりはしない。
 
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