釣り?Ⅱ

中二病懐古厨

障害者殺傷事件の背景に―― 「優生思想」と「隔離」の怖さ

2016年12月28日 19時28分42秒 | ★★★★★チラシの裏★★★★

障害者殺傷事件の背景に―― 「優生思想」と「隔離」の怖さ
12/28(水) 11:14 配信

http://news.yahoo.co.jp/feature/475

相模原障害者殺傷事件の衝撃


事件は同日2時45分頃、神奈川県相模原市にある津久井やまゆり園という障害者施設(定員160人)で起きた。元職員植松聖(当時26)は刃物を持って同園に侵入。利用者19人を殺害、職員を含む27人に重軽傷を負わせた。この19人という犠牲者数は戦後の殺人事件として最多だったが、神奈川県警は「家族(遺族)の意向」として死傷者の氏名を伏せるという異例の対応をとった。
一方、事件後まもなく、植松容疑者は同園利用者の殺害計画を周囲に公表していたことが判明。今年(2016年)2月には計画を記した手紙を衆院議長公邸に持参していた(同手紙には自らは「心神喪失」を理由に無罪となる措置を依願)。同月自主退職すると、他害のおそれもあるとみなされ、緊急措置入院(措置入院とは、医師と行政の判断による強制的な入院)で10日ほど保護された。だが、それから4カ月あまり、彼は実際に凶行に及んだ。

 

優生思想に後押しされた虐行


事件後の8月5日、藤井さんは日本障害者協議会代表として声明を発表した。そこで触れたのが、第二次世界大戦時のナチス・ドイツの「T4作戦」だった。
〈容疑者の衆院議長にあてた手紙文の「障害者は生きていても仕方がない」「安楽死させた方がいい」は、ナチス政権下でくり広げられた「価値なき生命の抹殺作戦」(T4作戦)と重なります〉
「価値なき生命」とは働けない者、兵隊になれない者という意味で、対象は知的障害者と精神障害者が中心だった。藤井さんは2015年、NHKとともにドイツに向かい、20万人以上の障害者が殺されたこのT4作戦を取材した。虐殺の背景には、社会の役に立たないものは殺してかまわないという考え方があった。この考え方に近いものを植松容疑者がもっていたのではと藤井さんは懸念する。

「遺伝性障害は生涯にわたってお金がかかります。それはあなたのお金です」と訴え、障害者を安楽死させることを促したナチスの月刊誌の表紙。「T4作戦」は1939年から始められ、約20万人の障害者がガス室などで虐殺された。この手法はその後ユダヤ人の虐殺(ホロコースト)へと受け継がれた

 

私はこの事件は2つの観点から見る必要があると思います。
まず、植松聖容疑者なる者の際立った「異常さ」。重い障害者を標的にしたこと、衆議院議長への手紙の内容と実際に持参したこと、50分間で46人も刺し続けたこと。考えも行動も異常ずくめです。
反面、この事件には、彼個人の「異常さ」だけで片づけられない問題があります。彼が抱いていた「優生思想」です。彼は「障害者は不幸を作ることしかできません」と考えていた。残念ながら、こうした考えはいま社会全体を覆っているようにも思います。つまり、社会に根を下ろしている優生思想に後押しされた虐行とも言えるのです。
──どんなところに、優生思想が社会に根を下ろしていることを感じますか。
私自身は前々から感じていました。政治や行政のリーダーが、くり返し露骨な発言をしています。
たとえば、石原慎太郎氏は東京都知事在職中の1999年9月、都立府中療育センターを視察した際、「ああいう人ってのは人格あるのかね」と発言しました。2009年には、鹿児島県阿久根市の竹原信一市長(当時)が、自身のブログにこう書きました。
〈高度医療のおかげで以前は自然に淘汰された機能障害を持ったのを生き残らせている。結果、擁護(※注「養護」)施設に行く子供が増えてしまった〉
つい最近では2015年の秋、茨城県の教育委員会の長谷川智恵子委員が特別支援学校を視察し、「妊娠初期段階で(障害の有無が)分かるようにできないか」「茨城県では(障害児の出産を)減らしていける方向になったらいい」と発言しました。
公的で、要職にある人間が平気で障害者への差別を語るのですから、優生思想はこの国に広く根深く潜んでいるのだろうと推察できます。
では、そうした思想がどこから出てくるのか。考えるに、「生産性」「効率」「速度」「経済性」といった言葉が人間の価値を決めるような風潮と関係しているような気がします。

 

「隔離」という異常事態


──確かに「役に立つかどうか」を重視する考え方は、いま広く世の中に広がっているのを感じます。一方、8月の声明では、施設の防犯策だけを高めようとするのはあまりに浅薄な対応と批判しました。
そうです。あの事件の際、大量殺人の衝撃に埋もれてしまった議論が3つあります。
第一に、あの津久井やまゆり園という大型施設をどう考えるか。高尾山のふもとに約150人、滞在は無期限。これは客観的に言えば「隔離」なんです。しかし、事件そのものがあまりに衝撃的だったためか、入所施設のありようについてはまったく論じられなかった。
第二に、匿名報道。今回は「家族の要望」で匿名となったというのですが、この判断に違和感を禁じえません。家族からは他の兄弟や姉妹の就職や結婚に影響するという声もあるそうです。亡くなった被害者はすべて成人に達していて、家族とは人格は別の存在です。匿名報道自体が、個々の尊重からは遠く、結果的には問題の隠ぺいにもつながりかねません。日本の障害問題の本質の一端を表しているのではないでしょうか(編集部注:12月19日、神奈川県警は家族の同意が得られたとして負傷者2人の実名を初めて公表した)。
第三に、あれだけ凄惨な事件があった現場に、事件後約3カ月を経ても60人ほどが住んでいるという事実。あのような事件があったら、ふつうは辛さや怖さから逃れたくなるのではないでしょうか。行政の言い分として「慣れた場所がいいのでは」などとありますが、詭弁としか聞こえません。障害者だから許されるのだと思います。
この3点は、いずれも異常なことです。言い方を変えれば、障害ゆえに許されるのであり、障害ゆえの異常と言っていいのではないでしょうか。150人も入所していなければ、19人が亡くなり、27人が重軽傷を負うこともなかったかもしれない。この環境自体が人権侵害なんです。しかし、このことについて国や神奈川県の検証は向き合っていません。基本的にはメディアも同様です。極めて残念です。

 

──植松容疑者の蛮行の裏に、障害者を地域がどう受け入れるかという問題があったわけですね。
むろん、彼の言動は絶対に容認できません。捜査当局、司法は厳しく真相を解明してほしい。同時に、今回の事件は、日本社会が積み残してきた障害者に関わる問題や課題を一気に噴出させました。それは、知的障害者の入所施設偏重政策、社会的入院の問題を含む精神医療のあり方、障害者個々の経済基盤の脆弱さ、家族の過剰な負担、根強い障害者差別……などです。これらの問題現象ですが、このこと自体が「障害者はかわいそう」とか「障害があればやむを得ないのでは」といった偏見を助長し、ひいては優生思想的な考え方を醸成するのではないでしょうか。

---

相模原市の殺傷事件 容疑者の男を「ヒーロー視」する声も - ライブドアニュース

【相模原19人刺殺】「サトクンの犯行だ!」 事件を聞いた同級生は瞬時に ...

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 「アマゾン多過ぎ」ヤマトド... | トップ | プリンス、2016年最も読まれ... »

コメントを投稿