旋律はいつもドリン系

高校時代のマンドリンクラブの話です。
若干、ほんとのことをベースのフィクションです。

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(25)『クラブ公認日曜練習』byワシ。なのじゃ。

2008年12月02日 01時49分43秒 | 3章-ワシと江本の八福(ハチフク)代理戦争
目次
〈1章-はじまりは、こんなもん〉の最初から
〈2章-D線の切れる音〉の最初から
〈3 章-ワシと江本の八福(ハチフク)代理戦争〉の最初から
〈4章-スターウォーズと夏の日の恋〉の最初から

クラブ公認の日曜練習が始まった。

大阪での全国大会まで1ヶ月を切っているせいもあるが、
この日、広島から尾崎先生という、このクラブの創始者が来る。

尾崎先生は先代のクラブ顧問で10年前に新市商業に赴任して来て、
このクラブを作ったそうだ。
先生は、1年前に広島市の高校へ転任して行った。
音楽の素人だった、古森先生にクラブを託して転任したため、
何かあると必ず広島市から福山へ面倒を見に来てるくれのだ。

皆は日曜練習なんか嫌かもしれないが、ワシにとってはかえって楽ちんだった。
ゴールデンウイーク前から福田先輩と、たった2人で日曜日を過ごしていたからだ。

日曜練習は9時半から始まった。尾崎先生はまだ来ていない。

広島から尾崎先生が来られるというので、OBも2人学校に来ていた。
マンドリンの松山さんと、ギターの海野さんだ。
2人とも、卒業後もマンドリン合奏を続けている。
福山市内の社会人クラブの中心メンバーだ。

この2人がそれぞれ、マンドリンパートとギターを教えてくれた。
パート練習だ。

ワシは、福田先輩に「先輩と海野さんはどちらが上手いのですか?」と聞いたら、
「バカ。俺なんかと比べるな。恥ずかしくなるわ!」と言われた。
海野さんは、社会人クラブのギターのトップだそうだ。

OBによる指導と言っても、特別変わったことはしない。
ギターパートで難易度の高い所や、重要な部分を繰り返し練習した。

11時過ぎに尾崎先生が広島から着いた。早速、合奏の準備に入る。

尾崎先生は、黒ぶち眼鏡。
特に威厳も感じない普通の痩せた『おじさん』だった。
クラブの創始者であり、最年長だが、当時まだ32歳。けっこう若いのじゃ。
ワシの目には偉く感じないが、顧問の古森先生やOBの2人。
そして、3年生は見ていてもわかるくらいに先生に気をつかっていた。

遠方から来てくれた事もあるのだろうが、
その態度から痛いほど先生に対する尊敬の念が感じられた。

最初に顧問の古森先生の指揮で『ローマトリノ』を演奏した。
古森先生の指揮は一生懸命だ。力一杯、一生懸命だ。
しかも、合奏の入りを何度も何度も予行演習する。それだけで、疲れないか?

合奏が始まる。もちろん一生懸命、指揮をする。
先輩たちは、古森先生の指揮を見てると、それだけで自分も疲れると言う。
さいわい、ワシは指揮などほとんど見ないので関係ないのだが、
この時、尾崎先生がワシの真後ろで合奏を聴いていた。

別にワシのギターを聴いているわけではないのだが、すっかり緊張してしまった。
練習している『集中して弾く』が全くできなかった。

古森先生の合奏が終わると尾崎先生に指揮が変わった。

「ほいじゃあ、もう1回やるけーの」

ワシは、この時初めて福山(備後)の広島弁と、
広島(安芸)の広島弁のイントネーションの違いに気付いて、なんだか感動した。

先生は指揮棒の先で指揮台のスコアを軽く数回『ポン、ポン』と叩いてリズムを確認した。
黒ぶち眼鏡の痩せた指揮者は力みのない自然な構えから、
あっさりと『ローマトリノ』の門を開いた。

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