ブログ 「ごまめの歯軋り」

読書子のための、政治・経済・社会・文化・科学・生命の議論の場

日本の少数民族問題 (アイヌ、琉球) 中国のチベット、台湾問題に通じる

2008年03月24日 | 時事問題
2008年03月24日00時04分
「先住民族と認めて」 首都圏のアイヌの人々が署名集め
 アイヌ民族を日本の先住民族として認めるよう政府に要望するため、首都圏に暮らすアイヌの人びとでつくる「アイヌウタリ連絡会」(丸子美記子代表)のメンバー約30人が23日、手縫いの刺繍(ししゅう)を施した「アミップ」(民族衣装)を着て、東京・有楽町の街頭で署名集めをした。
 国連は昨年9月の総会で「先住民族の権利に関する宣言」を採択。だが、宣言に賛成した日本政府の動きが鈍いことから街頭活動にのり出した。

2008年03月23日20時39分
中国・甘粛省の騒乱で94人負傷、32億円損害 新華社
 新華社通信は23日、中国甘粛省甘南チベット族自治州で発生した騒乱で治安当局者ら計94人が負傷、2億3000万元(約32億円)の経済的被害が出たと報じた。すでに事態は沈静化したとしている。ただ、デモ隊側の被害には触れておらず、実際にはさらに負傷者が出ている可能性がある。

2008年03月23日02時25分
新華社「台湾独立は支持を得られず」 住民投票めぐり
 中国の新華社通信は22日、台湾総統選挙を「台湾地区指導者選挙」として馬英九氏の当選を簡潔に報じた。また、不成立に終わった台湾名での国連加盟の是非を問う住民投票について、「陳水扁当局は内外の強烈な反対を顧みずに強行したが成立せず、台湾独立が人々の支持を得られないことを示した」と伝えた。

沖縄と琉球問題の歴史
沖縄本島では、三山時代といわれる有力者の抗争を経て15世紀中頃に島内の統一を果たし、中国(明)皇帝の認証を得て、自らを琉球国と公称する国家となった(琉球王国は現在の一般名称)。この呼称は1429年(応永32)から1879年(明治12)までの約450年用いられた。朝鮮・中国・日本・東南アジア諸国・スペイン等の国との中継貿易によって栄えた。琉球国は建国の経緯から明(のちに清)を宗主国としていたが、1609年に薩摩藩の侵略を受けて日中両属となった後、1872~79年にかけての琉球処分により完全に日本に併合された。
しかし、その後も「琉球」は奄美諸島から八重山諸島にかけての南西諸島を中心とする島嶼群の総称(琉球弧とも呼ばれる)としても使用され続け、太平洋戦争時には唯一の本土決戦の場として使用され、住民には軍が関与して自殺を強要するなど民族蔑視の感情は拭い去れない。第二次大戦後、アメリカは上記の歴史的経緯と政治的理由から、沖縄県を中心とする旧琉球王国領を日本とは分離し、琉球政府を置いて軍政をしいた。アメリカ側には一時期、「琉球国」として日本からの分離独立をさせようとの意図もみられたが、住民の強い意向により、1953年に奄美諸島(鹿児島県へ)、次いで1972年には残る全域が「沖縄県」として日本帰属を回復し、現在に至っている。

少数民族問題はどこにもあり、日本がやってきた少数民族弾圧の歴史を見れば、中国の少数民族の問題は非難するに当たらない。まして人権問題として国際問題化するに及ばない。

『政治』 ジャンルのランキング
コメント (1)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 読書ノート 門倉貴史著 「... | トップ | 神戸の洋館  「明治館(旧... »
最近の画像もっと見る

1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
日本の場合は、後住(後に住み着いた民族)は、どこにいるのか?アイヌ側の言葉が、足りない (SUU)
2008-06-25 15:18:11
はじめまして
おしゃっている事は、確かにそうなんだが、
中国は、少なくとも人権が、叫ばれる21世紀現在も虐殺を行っている。
アイヌ問題が、あるからと言って 中国に何も言うな
は、おかしいでしょう。

アイヌが、こうむった被害は、理解できるが、
元々は、ロシアの南下政策が、大きな原因

現在、アイヌ側の言い分「アイヌ民族を日本の先住民族として認めるよう政府に要望」も
他の民族(琉球民族、大和民族、蝦夷など)に配慮に欠けた言葉である

先住民族なる言葉は、大航海時代の新大陸発見の
概念に 対して 出てきた言葉である。
先住をネイティブ アメリカン が、あれば
後住(後に住み着いた民族)は、白人黒人
と理解できるが、
日本の場合は、後住(後に住み着いた民族)は、どこにいるのか?
アイヌ側の気持ちは、理解できるが、
アイヌ側の言葉が、全く 足りない。






コメントを投稿

時事問題」カテゴリの最新記事

関連するみんなの記事