ブログ 「ごまめの歯軋り」

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文芸散歩 柳田国男著 「昔話と文学」(角川ソフィア文庫 2013年8月)

2018年01月18日 | 書評
昔話と説話文学の接点から、物語の変遷を読む 第12回

10) 笑われ婿

昔話はまず三種類に分類される。本格説話、動物説話、笑話であり、これらの先後関係が説かれる。動物譚や笑話は簡単であるからと言って一番最初という事ではなく、昔話の発展順序は話の変遷からから考察するのが正道である。日本は島国で地形が山林が主であることから話の伝搬、混合が起こりにくく話の内容が保存されやすいという特徴を持っている。昔話が本格説話が最初でそこから動物譚や笑話が分かれた。本格説話は土地ごとに根差して少しづつ異なっている。本格説話と笑話の相違は笑話が全国を通じて数が最も多く、内容がほとんど同じである点である。都市では昔話といえば笑話のことであった。TVタレントというとお笑いタレントが最も多いのと同じ現象である。笑話の方が話が簡単で変化のしようがなかったことにもよるが、話の運搬車の果たした役割が大きかった。笑話を聞かせる職業者が存在し、師匠の系列にそって全国へ普及した。聴衆の好みに応じて、笑話の内容は多様化してゆく。趣向の上からは次の四つに分類される。①悪者の失敗談、②大話、法螺話、誇張談、③術比べ、知恵比べ、④婿入り話である。婿はそもそも笑われ嘲られやすい側面があるので、婿入り話は次第に馬鹿らしいものになった。炭焼長者のような金の価値に気づかなかった例もある。話の自由区域で、語り手が婿殿の愚行の数々を加えるにしたがって、愚か婿の笑い話になっていった。そしてそれ近世になって印刷技術の進歩とともに記録され書物化されると、膝栗毛のような滑稽文学が生まれた。しかし丹念に見ると笑話(滑稽譚)にも本格説話との連絡が取れ、昔話の規範が守られているのもある。語られる説話であれば自ずと聞き手の制約が入ってくるのである。かってな創作をしても聴衆が承知しないし、昔話とは認めなかったのであろう。昔は国民の99%は昔話の笑話によってしか、外部を笑うことを許されなかった時代は、江戸時代の膝栗毛の類を通しても国民の笑いを拘束していたのである。人は闘争や憎悪の危険を犯さない限り、そう自由には笑えなかったのである。刑死を覚悟しなければ直訴という形で意見・要望を表明しえなかった時代のなせる社会的制約であった。日本人がユーモアのセンスに欠けていたのではなく、長い間こんな狭苦しい道を通って昔話が伝えられてきた。支配者にとって痛くもかゆくもない笑い話は許された社会の窓であった。昔話の主人公(婿入りの若者)が、若いころは微賎で、控えめであるため鈍と見えて軽蔑されたが、予期せざる天禄によって美しく賢い妻を娶り、一躍して富貴円満の長者になるという事は、世界のあらゆる民族に行き渡った昔話の原型であった。いやしくも本格的昔話の語り語との原型である。だから愚かな婿殿の笑い話にも、本格的昔話との連絡が付くのである。これを無意識の連絡という。バカ婿といえば必ず馬の話を伴うのも一つの伝統である。武家時代の現実であったがゆえに、笑い話として独立する前からもう欠くべからざる婿入り話の叙法となっていた。これに愚かさの語り口の巧みさが加わると、話の根幹とは縁の切れた別個の存在である笑い話になってしまうのである。「結い付け枕」、「首掛け素麺」、「飛び込み蚊帳」の話が飛騨、陸中、甲州、因幡にほぼ同じ話が伝わっている。嫁の弁疏というべき嫁のフォローがあってバカな婿を守る話も多い。関西の「隣の寝太郎」、奥羽の「せやみ太郎兵衛」、「蕪焼き笹四朗」といった能無しの怠け者の成功譚がある。旧来の伝承から笑いの部分を拡大した「曽呂利新左エ門」、「野間藤六輩の新案」がある。笑い話の分類の①悪爺の強欲譚、②大話、③術比べなどがまだめでたしの昔話の中にあって独立していない話もある。婿と舅の会話が妙にぎこちなく、間が持たないで中断といった笑い話が「醒睡笑」に収録されている。②大話〈誇張譚)では「兎と山芋」、「まの良い猟師」、「鴨取り権兵衛」、奥州陸前桃生郡の「三人婿」に見られる。笑話はなんといっても昔話の零落を意味している。嫁の役割を説く女子教育と考えられなくはない。バカな亭主をサポートする話は多い。「鉢かつぎ」草子が伝えている。西洋の灰かぶり娘シンデレラに相当する「姥皮」(その男ものである灰坊太郎もある)は「糠子米子」、「紅皿欠皿」という名であった。

(つづく)
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