ブログ 「ごまめの歯軋り」

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文芸散歩 泉鏡花著 「歌行灯」、「高野聖」、「眉かくしの霊」、「夜叉ケ池」、「天守物語」 岩波文庫

2018年05月29日 | 書評
浪漫詩人泉鏡花の世界に遊ぶ: 傑作小説二篇 と 傑作戯曲二篇  第6回 最終回

5) 『天守物語』(1917年、新小説)戯曲

 時は封建時代で、ある城の天守閣。自害し、死後何度も洪水を起こした妖しい夫人富姫は魔のものとなっている。白鷺城の最上階にある異界の主こと天守夫人の富姫が、侍女たちと語り合っているところへ、富姫を姉と慕う亀姫が現れ、宴を始めます。その夜、鷹匠の姫川図書之助(ずしょのすけ)は、藩主播磨守の鷹を逃した罪で切腹するところ、鷹を追って天守閣最上階に向かえば命を救うと言われ、天守の様子を窺いにやってきます。しかし富姫に二度と来るなと戒められて立ち去りますが、手燭の灯りを消してしまい、再び最上階へと戻り火を乞います。すると富姫は最上階に来た証として、藩主秘蔵の兜を図書之助に与えますが、この兜から図書之助は賊と疑われ、追われるままに三度最上階へ戻ってきます。いつしか図書之助に心奪われた富姫は、喜んで彼を匿いますが、異界の人々の象徴である獅子頭の目を追手に傷つけられ、二人は光を失ってしまいますが。
「天守物語」と「夜叉ヶ池」は極く近い関係にあることは明白である。天守夫人富姫は龍神白雪姫に似ている。舞台も天守と夜叉ヶ池が出てくる。天守物語には夜叉ヶ池にような大洪水のシーンは無いが、城の垂直的な空間があって、5層以上は人の入れない妖怪の空間、それより下層の空間は人間社会である。それが舞台の上に浮き上がるように工夫されている。この「天守物語」の幻想が、江戸期の随筆「老温茶話」のエピソードを核にして発展されたことは疑いようがない。地上と天守は一方が醜い人間の社会、他方が美しい妖怪の世界として対立する構図である。播州姫路の白鷺城の5層に住む富姫のもとに、猪苗代の姫君(むろん妖怪だが)亀姫が猪苗代亀城の主武田衛門介の生首を土産に持って富姫を訪問する。この光景はサロメの舞台と同じである。おどろおどろしい魔界の世界である。白鷺城の聖所に登ってきた圖書介を一目見るなり富姫は恋に落ちるのである。天守を囲んだ播磨守の軍勢が押し寄せ、妖怪のメタフィーとしての獅子頭の目を傷つけ、二人は失明し、もはやここまでかと思われたとき工人の近江之丞桃六が鑿で目を修復し、二人は目が見えるようになるという大団円を迎える。

映画化された作品も少なくない。最後の映画だけを記すと、「滝の白糸 」は1956年版(大映) 出演・若尾文子、菅原謙二、「婦系図 」は1962年版(大映) 出演・市川雷蔵、万里昌代、「歌行燈」は1960年版(大映) 出演・市川雷蔵、山本富士子、「日本橋 」は1956年版(大映)出演 淡島千景、山本富士子、若尾文子、「折鶴お千」は1935年(松竹) 出演・山田五十鈴、夏川大二郎、「白夜の妖女」は1957年(日活) 出演・月丘夢路、葉山良二、滝沢修、「みだれ髪」は1961年(大映) 出演・山本富士子、勝新太郎、「夜叉ヶ池」は1979年(松竹) 出演・坂東玉三郎、加藤剛、山崎努、「陽炎座」は1981年(日本ヘラルド映画)出演・松田優作、大楠道代、加賀まり子、「草迷宮」は1983年(東映) 出演・三上博史、伊丹十三、「外科室」は1992年(松竹) 出演・吉永小百合、加藤雅也、鰐淵晴子、「天守物語」は1995年(松竹)出演・坂東玉三郎、宍戸開、宮沢りえであった。 これだけ映画化(舞台化)されているのを見ると、泉鏡花の作品は筋書き展開の面白さ、舞台スペクタクルの華やかさに特徴があるようだ。これらの作品を読む人は、恐らく舞台背景やセリフや演技を想像して描きながら読んでいると思われます。舞台コンテが書きやすい作品ばかりです。その点心理描写はありません。心理描写は鏡花の嫌いだった自然主義小説に任せたらいいのでだろう。鏡花は小説家というより、脚本家、シナリオライターというべきかもしれない。

(完)
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