ブログ 「ごまめの歯軋り」

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文芸散歩 デカルト著 井上庄七・森啓・野田又夫訳 「省察 情念論」 (中公クラシック 2002年)

2019年01月28日 | 書評
近代哲学・科学思想の祖 デカルトの道徳論  第4回

序(その4)

「方法論序説」(谷川多佳子訳 岩波文庫1997年)
「方法序説」は1637年(デカルト41歳)のとき、無署名で出版した本「理性を正しく導き、学問において真理を探究するための方法序説、加えてその方法の試みである屈折光学、気象学、幾何学」という、全体で500頁を越える大著の最初の78頁(この岩波文庫本で約100頁)が「方法論序説」である。つまり3つの科学論文の短い序文という位置づけである。デカルトがなぜ著者名なしで出版したかというと、ガリレオが法王庁宗教裁判所で異端判決を受けたばかりで、ガリレオを尊敬していたデカルトは筆禍の難を遁れるため無署名で出版し、同じく「世界論」という書物を書き終えていたが、生前は出版を見送ったといういきさつがある。デカルトの「方法論序説」にはその第5部に「世界論」のエッセンスが示されているので、大きな危険性を孕んでいたというべきであろう。また本書はラテン語ではなくフランス語で書かれ、学術書ではなく一般教養書として出版した。本書の序にデカルトが内容の概要を語っている。100頁ほどの「方法序説」を6部に分けて、
第1部は、学校で学んだ人文学やスコラ学などの諸学問を検討し、それらが不確実で人生に役立つものではないことが確認されたという。学校を卒業後書物を捨て旅に出るまでのことを述べている。
第2部は、ドイツにおいて思索を重ね、学問あるいは自分お思想の改革の為の方法が4つの規則として提示される。すなわち、①明証、②分析、③総合、④演繹である。これらの規則は数学の難問を解く際に効力を発揮し、自然学の諸問題にも有効で、数世紀先のことかもしれないが諸学問の普遍的な方法になりうることが期待できる。
第3部は、真理の全体は把握できな状態でも人として守るべき行動の原理、すなわち道徳の諸問題についてである。3つの規則として述べられている。ストア派の道徳は暫定的な仮のものとして位置づけているが、デカルトは道徳の問題をこれ以上発展させることはしなかった。
第4部は、形而上学の基礎である。方法的懐疑をへて、「精神としての私」、「神」、「外界の存在」を示し、哲学史上有名な「コギトエルゴスム」、心身二元論といった重要な概念が語られ、誤りなき最終真理としての神の存在の証明が述べられる。
第5部は、公刊することができなかった「世界論」のエッセンスが述べられている。宇宙や自然の現象、機械的な人体論として心臓と循環器系の説明(今では間違いであるが)、動物と人間の本質的な違い(知性の存在)が論じられる。
第6部は、ガリレオ宗教裁判断罪事件に発するデカルトの心境がみられ、「世界論」の公刊を中止したいきさつとこの論文を後世に残す理由が語られる。学問の展望、人間を自然の支配者と見なす哲学、自然研究の意味を語る。
デカルトの歩みは慎重かつ確実である。学問の真理に至る道筋を、提示している。出発点は「私」であり、体系の基礎となる二元論、精神と神の形而上学、宇宙や自然、人体の見方が述べられた。当時例外的にフランス語で書かれたこの作品は、近代フランス精神の魁となった。普遍的な学問の方法、新しい科学や学問の基礎を示す広い意味での哲学の根本原理、自然学の展望と意味を述べた序説である。本書は、近代の意識や理性の原型、精神と物質(主体と客体)の二元論、数学を基礎とする自然研究の方法、科学研究の発展といったデカルト精神が近代合理主義の普遍的原理となった記念碑的作品である。

(つづく)


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