ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート D・ヒルベルト著 中村幸四郎訳 「幾何学基礎論」 ちくま学芸文庫(2005年12月) 

2015年10月24日 | 書評
20世紀現代数学の夜明けを告げる公理論主義の記念碑的著書  第1回

序(その1)

個人的なことで恐縮であるが、私は本書を2010年10月から読み始め、第1章(58頁)でギブアップした。全文200頁ほどの数学論文(本書は一般人向けの啓蒙書ではない)であるが、幾何学ということで直感的にわかる図形という感覚で甘く見たのが間違いだった。初等幾何学をどうしてこんなに回りくどく展開するのだろうという疑問から始まり、途中で本書の意図が見えなくなったことがギブアップの原因であったと反省している。そこで最近になって思い出したように、C・リード著 彌永健一訳 「ヒルベルトー現代数学の巨峰」(岩波現代文庫)や、小平邦彦著 「幾何への誘い」(岩波現代文庫)と言った、一般啓蒙書を読んでヒルベルトの「幾何学基礎論」の周りから攻めることにした。本書全文をしっかり読むと、ようやく本書の意図は分かり本書の図形に関する展開はフォローできるようになったが、やはり数学は得意でなかったという負け惜しみからか、他の数学分野との関連や数学史上の意義についてはよくわからない。幾何学を図形なしで表現することが現代数学のやり方だと聞いて、またびっくりした。まさに抽象数学の入り口に立った感がする。補助線一つで楽しめる(苦しめる)図形の科学ではなくなっていた。その辺を小平邦彦氏は嘆いて、「幾何学基礎論」の平面幾何の公理的構成はあまりにも厳しくかつ難しいので、もう少し易しくて一応厳密な平面幾何の公理的構成を試みて、1985年岩波書店より「幾何のおもしろさ」という本を出版した。「幾何のおもしろさ」の公理的構成は、基礎的な部分のみならず円論から比例や面積にいたるまで平面幾何全般に及んでいる。公理は理由を述べないまでも真と認める命題であるとする。形式主義とは反対の立場である。C・リード著 彌永健一訳 「ヒルベルトー現代数学の巨峰」によると、1898年ハルレで行われたH・ヴィーナーの幾何学の基礎と構造という講義を聞いて、「点、直線、平面という言葉の代わりに、テーブル、椅子、そしてビール・ジョッキと言い換えることができなくてはね」という意味ありげな言葉を吐いたという。そして1898年~1899年にかけてヒルベルトは「幾何学の基礎」と題する講義を行った。ヒルベルトが幾何学へのアプローチを始めるとき、幾何学は一見して自明な命題と、論理学的な方法で得られた命題が混在している有様であった。紀元前3世紀にユークリッドがほぼ1ダースの公理と定義のみを用いて500以上に上る数の幾何学的命題または定理を導いた。自明とは言えない公理もあるがユークリッドの「原論」という体系は2000年以上人々から疑われることもなく存在したということが驚異的である。あいまいな点というのは、ある特定の作図において2つの直線が交わるというたぐいの視覚的認識に基づく仮定である。平行線の公理も自明かどうか確かめようがないが、ヒルベルトは背理法によって無矛盾性という概念を導入した。ガウスは1800年ごろユークリッドの平行線の公理の否定は必ずしも矛盾を導くものではないとかんがえ、ユークリッド幾何学以外の幾何学も可能であると感じていた。1830年代に直線外の1点を通って平行線は無数に引くことができるという、ロシアのロバチェフスキーとハンガリアのJ・ボヤイの2人の数学者が現れた。そして3直線がなす3角形の内角の和は2直角にはならなかったにもかかわらず新しい幾何学は論理的な矛盾を含まなかった。非ユークリッド幾何学の始まりである。球体幾何学はその端的な例である。1870年フリックス・クラインはユークリッド幾何学と非ユークリッド幾何学の関係と対象は同一であると示した。高度に抽象的な論理体系は並立するのである。モリッツ・パッシュは幾何学を純粋な論理的構文の操作の問題に帰着させた。ペアノは記号論理学の記法による翻訳を試みた。完全に抽象的なシンボル化に向かう幾何学の潮流が起った。ユークリッドによる点、線、面の定義は数学的には意味のないことで、それらと選ばれた公理との関係によって規定されるという。ヒルベルトは講義の中で、簡潔で完全で互いに独立した公理系を築こうとし、抽象的視点と具象的な旧来の語法の独創的な結合は成功した。そして公理系が次の論理学的要請を充たすものでなければならないとし、完全性、独立性、無矛盾性をあげた。ヒルベルトにおいては、最後の無矛盾性の証明のみが、理論の直感的真実性にとって代り得るものであった。ヒルべルトの「幾何学基礎論」は19世紀におけるガウス以来の非ユークリッド幾何学の形成と発展を受けて、射影幾何学(透視図法にみる平行線は無限に1点で交わる)の展開も射程に納めて、ユークリッド幾何学の位置づけを理論的に明確にしたものと考えられている。こうして幾何学理論の無矛盾性は算術(ヒルベルトは線分算という)の無矛盾性に帰着された。ヒルベルトの数学基礎論は古代ギリシャで誕生した公理主義を受け継いでる。この公理主義が現代物理学に適用できるかどうかにヒルベルトは心血を注いだといわれるが、発展型経験主義の物理学に完全無欠の公理論を持ち込むことの是非は今なお結論がでていない。本書はそう言う意味で、公理論的アプローチが最も効を奏した事例である。近代数学の画期をなす記念碑的著書とか、人類史上最高傑作のひとつとかという賛辞が本書に与えられている。パスカルが1657年に著した「幾何学的精神」に匹敵する絶賛である。

(つづく)

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