ブログ 「ごまめの歯軋り」

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石母田正 著 「日本の古代国家」 岩波文庫

2019年05月25日 | 書評
睡 蓮

推古朝から大化の改新を経て律令国家の成立に至る過程を論じた7世紀日本古代国家論  第17回

第3章 「国家機構と古代官僚制の成立」(第2講)

3) 東洋的専制国家 天皇制と太政官:(その1)

 律令国家は大化改新前の支配形態とは明確に異なって、整備された国家の諸機関や官職が「官僚制」という機構によって運営されていることである。大宝令・養老令という法を通じて統治が行われ、一人の暴君の恣意を疎外する仕組みでなければならない。いうまでもなく唐制をモデルとして、「東洋的専制主義国家」の範疇に入るが、貴族合意制側面が強いか、専制君主的側面が強いかで日本の律令制国家の性格が決まってくる。対人民統治の関係と支配階級内部の問題では本節では後者の観点から考えてみよう。律令国家の中央機構をなす二官・八省・一台のうち、中心をなすのは太政官と八省であり、これが日本独自の太政官制である。太政官制とは、八省および諸国を統括し、大政を統理する機関で、「天下のこと悉くこの官に決す」と言われた国家の最高機関で、太政大臣と左右大臣、大納言(後には中納言、参議も加わる)という議政官によって構成され、その事務局である弁官局が太政官と左右大臣を媒介する。太政官は日本独自の官制であるが、唐の三省すなわち中書省・門下省・尚書省の官制を統括したものに相当する。日本は議政官による合議制を特徴とし、唐の場合は強力な皇帝の君主権が特徴的である。中書省は詔勅を起草し、天子の意思を文書化宣下する機関、門下省は中書省より下された詔を審査して輻輳する機関で天子の意思に対して同意を与える機関である。尚書省は六省を統括し、詔勅を執行する機関である。門下省という同意機関は貴族と君主との合議が必要であったことを意味する。日本のように政策の審議・決定・執行の機能が集中している体制の方が、官人貴族層の相対的地位がより強いと考えられる。この強い権限は渤海の官制にも見られる。令制において太政官が上奏して勅裁を仰ぐ国事の九項目は「公式令」に定められている。律令制国家を独占する官人支配層と王権からなる支配階級は抽象的な階級の共同利害のために結集しているというより、諸氏族・個人的私的利害によって動かされており、融和しがたい対立と矛盾が彼らの行動の原動力である。支配階級の共同利害は、令、法、または国家意思という形に落とし込まれた約束事には王権も臣下も従うことを要求する。支配階級の意思は圧倒的に法の形で示され、格として強制力を持つ詔で示される。詔は支配階級の意思が「国家意思」に転化される。その手続きは中務省が起草し天皇が自筆でしたためて中務卿に渡す。これに卿・大輔・少輔が署名し印を押して太政官に送付する。太政官では太政大臣・左右大臣・大納言が副署し、詔として宣下することを奏上する。天皇の裁可を得て施行が公布される。天皇の意思であっても非人格的な規範としての「法」という形をとらないと「国家意思」とは見なされない。これが日本における統治権の発動の仕方を規定している。太政官符はそれだけで下級機関に対する命令としての意義を有するもので、平安時代においても国政上の根幹として存在し、平安後期の摂関政治に見られるように、天皇が独自の政治権力を失い貴族層を代表する摂関家の従属物に転化する制度的拠点となった。太政官という機関を媒介として貴族官吏を指揮統率したからこそ、天皇を無力化させることができたのである。天皇は支配階級の王の中の王という政治的首長という面と、律令国家の総覧者としての地位があった。太政官と天皇の権力の相互関係について、天皇固有の大権として「官制大権」が存在した。太政官には自己の機関の構成を決定する権限がない、つまり天皇権限に依存する他律的な合議体であった。そこで新しい官職を太政官の審議を要することなく「令外の官」として設置する企てが始まった。律令制下の政治史はこの「令外の官」をめぐって展開するのである。

(つづく)
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