ブログ 「ごまめの歯軋り」

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石母田正 著 「日本の古代国家」 岩波文庫(2017年)

2019年05月17日 | 書評
富士山 (2019年5月11日午前 新幹線車窓より)

推古朝から大化の改新を経て律令国家の成立に至る過程を論じた7世紀日本古代国家論  第11回

第2章 「大化改新の史的意義」(第1講)
1) 改新の課題 史料の問題: (その1)

日本の古代国家は、浄御原令(689年天武・草壁皇子)または大宝律令(701年刑部皇子・藤原不比等ら)の制定による律令国家という形において、7世紀末または8世紀初頭において完成される。しかしそれには半世紀にわたる前史がある。国内的には645年の大化の改新と、対外的には663年の白村江海戦での唐・新羅連合に敗戦したことを契機として律令制国家体制への転換を進めてきたことが先行していた。推古朝の国制とは異なる新しい国家が成立するための出発点であった。推古朝とは何がどのように転換したかが問題である。大化の改新は一般に私地・私民の停廃・収公とされ、あるいは唐の国制をモデルとする中央集権国家の樹立、または天皇絶対主義の確立、または律令制の起点と描かれてきた。それは日本書紀の孝徳紀に基づいている。日本書紀は奈良時代の初めに支配層の思想や意図から編纂された史書であり、第1次資料ではない。改新の史料批判は非常に困難で、石母田正氏は646年正月の「改新詔」(本書付録大化改新関連資料のより)の問題を指摘する。「改新詔」は以下の四条から構成されている。①改新の根本課題である私地・私民の停廃・収公または公地・公民制、②京師・畿内および郡司などについて、③戸籍・計帳・班田収授法について、④調・官馬・仕丁・采女などについて規定されている。もっとも重要な①については3つの部分からなる。ⅰ)昔より天皇の持つ、子代の民、屯倉ならびに臣・連・伴造・国造・村首の持つ部曲の民、田荘を罷めよ、ⅱ)食封を大夫以上に与える、それには差がある。布を官人や百姓に与えることにも差がある、ⅲ)大夫は民を治め信頼を得ること、よって禄を与える。この第1条は原詔か原史料を基礎としているか、または編者の著述(虚構では決してないが)かという史料批判がある。石母田氏は日本書紀がいう第1条の内容を第1次史料とはみなさず、次の資料を第1次史料とみている。
a)大化元年八月庚子の詔、
b)大化二年三月甲子および辛巳の詔、
c)大化二年三月甲申の詔、
d)大化二年八月癸酉の詔、
e)大化二年三月壬午の皇太子奏(a-eは本書付録に収録されている)である。
石母田氏は改新詔全体が後世の潤色や作文だというわけでなく、問題は第一条にあるとしても、第二条の畿内制、第四条の田調・戸調・調副物および官馬・兵器・仕丁・采女などの規定は第一次史料の可能性を持つと考える。

(つづく)
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