ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート ホーキング著 佐藤勝彦訳 「ホーキング、未来を語る」 ソフトバンク文庫(2006年7月)

2017年01月12日 | 書評
統一物理理論の展開と宇宙の未来を語る 第1回



ホーキングの最初の本である、ホーキング著 林一訳「ホーキング、宇宙を語る」(早川書房 1989年)は当時爆発的に進み始めた宇宙論の研究成果を広める上で大きな寄与したといわれる。国内においても100万部をこえるベストセラーとなった。この本は高度な内容を系統的に論じたものであったが、図や式もなくかなり思弁的で物理学科の学生でも理解が困難であったという。本書「ホーキング、未来を語る」は2001年に刊行され、宇宙論の第2弾となった。ホーキングは本書の序文に書いているように、この書を二番煎じにしたくなかったのでさまざまな工夫をしたという。コンピュータグラフィックの250枚の図版を用い、目に訴えて理解を促すだけではなく、内容に関しては「ホーキング、宇宙を語る」と同じくレベルは依然高踏的で、内容的には前の書と重なるところが多いので分かりやすく読める書である。しかし本当に理解できたかどうかは読む本人いかんにかかっている。本書は前書にくらべて写真印刷のため紙の質も良く豪華本となっている。これが750円で買えるとは文庫本ならではの企画である。第1章「相対論」、第2章「時間の形」はアインシュタインに一般性相対論の復習になっている。第3章「クルミの殻の中の宇宙」は宇宙の創成を説く量子宇宙論、第4章「未来を予測する」はブラックホールの蒸発と未来の予測性、第5章「過去を守る」はタイムマシーンの可能性、第6章「私たちの未来は」は生物学生命の誕生と進化について、第7章「ブレーン新世界」はホーキングの最近の研究対象であるM理論についてを系統的に並べて述べている。ホーキングは私より1歳年上である。ホーキングの業績については、一般相対性理論と関わる分野で理論的研究を前進させ、1963年にブラックホールの特異点定理を発表し世界的に名を知られた。1971年には「宇宙創成直後に小さなブラックホールが多数発生する」とする理論を提唱、1974年には「ブラックホールは素粒子を放出することによってその勢力を弱め、やがて爆発により消滅する」とする理論(ホーキング放射)を発表、量子宇宙論という分野を形作ることになった。現代宇宙論に多大な影響を与えている人物の一人であることは周知のことと思われるので繰り返さない。このブラックホールの蒸発は宇宙物理学の研究というより、曲がった時空の量子論であり、物理学の根幹にかわものであった。1980年代はインフレーション理論(宇宙膨張理論)が口火になりビッグバン宇宙の起源について大きな成果を収めた。インフレーションを起す量子宇宙はいかに創成されたという問題であった。宇宙は時間・空間・物質的存在のすべてである。1993年ホーキングとハートルは「無境界仮説」を提唱した。宇宙は時間と空間において涯がないという。つまりスイッチを押す人(神)がなくても宇宙は始まるということである。ホーキングの本はどこまで理解しているかは別にして、知の世界の面白さを存分に味わっていけばよろしいと理解しておこう。なお本書の本文や章の題名などにはイギリス文学の香りがいくつも埋め込まれている。これも本書の魅力のひとつである。

(つづく)