ブログ 「ごまめの歯軋り」

読書子のための、政治・経済・社会・文化・科学・生命の議論の場

読書ノート 森岡孝二著 「雇用身分社会」 (岩波新書 2015年10月)

2016年11月23日 | 書評
労働条件の底が抜け、企業の最も都合のいい奴隷的労働市場となり、格差が身分に固定される時代にしていいのか 第6回

2) 派遣とパート労働による戦前の雇用の復活 (その1)

前章で明治時代から昭和初期にかけての紡績工場の女工の雇用問題を見てきたが、その雇用形態が今日の派遣社員のそれに酷似している。つまり雇用関係は、工場主と女工との契約関係である前に、工場主と募集人の契約関係がある。派遣社員の間接雇用関係と同じである。現場作業者の「寄せ場」を、全国的ン労働市場に広げたのが今日の労働派遣制度であろうか。「女工哀史」の募集人も、「蟹工船」の周旋屋も今日風に言うと人材派遣会社であり、人材ビジネスである。今日人材ビジネスは派遣業だけを営んでいるわけではなく、正規学卒者の就職支援から正社員の再就職支援、一般事業者の「首切り相談」から「ヘッドハンティング」さらには「追い出し部屋」支援まで仕事を広げている。非正規社員も正社員も生涯職探しを免れず、人材ビジネスが大いに繁盛する時代になった。戦前までは組頭、親方、周旋屋、募集人、紹介屋、口入レ屋、手配師など多様な名称の労働市場の仲介業者がいて、有料の労働者供給事業が営まれていた。強制労働、奴隷的な人身売買、賃金の中間搾取、労働争議への暴力団の介入なども広く行われた。戦後の労働改革のなかで、1947年4月労働基準法、続いて職業安定法が制定された。労働者供給業を営むことや、供給される労働者を自分の指揮命令下で働かせることも禁止された。請負契約についても、労働者は常用も臨時も直接契約とする原則が定められた。しかし1952年請負の要件が緩和されたことがあって、社外工や業務請負の間接雇用が広がった。1960年代後半には早くも人材派遣会社が登場する。マンパワージャパンが66年に、テンプスタッフが73年に、パソナが76年に設立された。これら労働者派遣の既成事実化の動きに呼応するかのように1985年に「労働者派遣法」が成立した。専門26業務を派遣許可とするポジティブリスト方式であるがこれがもっともらしい嘘であることは続いて派遣法改正による工場とサービス関係の単純業務が許可されたことにより、爆発的に派遣業務が拡大されたことで明らかである。これをきれいごとと嘘で固めてスタートし、すぐさま内容を拡大するという「小さく生んで大きく育てる」というペテン的法制化である。2014年サービス産業動向調査によると、サービス産業従事者2847万人のうち、非正規比率44%出非常に高いことになった。なかでも宿泊業や飲食業の従業員は76%が非正規労働者である。労働者派遣業は専門業種に携わる労働者を外部から受け入れるつより、むしろ単純業務に従事するs田内の常用労働者を派遣に置き換えることを意図していた。労働者派遣法の提案者は「規制緩和という時代の流れを背景として、事業規制は原則撤廃すべきであり、とりわけ許可制、覇権対象業務、派遣期間の諸規制については、至急見直すべきである」(中央職業安定審議会)と言っていた。バブル崩壊後経済企画庁総合計画局の「21世紀のサラリーマン社会」では、内部労働市場は正社員、外部労働市場は派遣・パート・臨時・アルバイトなどに分け、外部ソーシングに求めることが謳われている。総務省「就業構造基本調査」2012年では非正規労働者の総数は2040万人で全労働者の38%に達したことを確認した。1995年日経連の「新時代の日本的経営」では、雇用形態のポートフォーリオとして、A長期蓄積能力活用グループ、B高度専門能力活用グループ、C雇用柔軟型グループにわけ、正社員から契約社員、派遣労働者の3層構造を提案した。2004年には派遣は原則自由化というネガティブリスト方式に変わった。そして受け入れ期間の限度を1年から3年に延長し、同一派遣労働者の受け入れを3年までとし、「専門26業種」で邪機関御制限はなくなった。そして2015年の労働者派遣法改正案でゃ専門26種の枠組みを撤廃し、企業は人さえ変えれば派遣使用期間はいくらでも延長できることになった。2008年のリーマンショック金融危機では派遣労働者の首切り(雇止め)で派遣労働者の数は減った。最高時の400万人から2012年では245万人に減少した。これこそが雇用者が求めてきた事業内容に応じた迅速で自由な雇い方である。雇用関係から派遣社員を見ると、雇用関係と使用関係が分離され戦前の労働者供給制度と同じ雇用関係になった。派遣法は労働基準法を無残に破壊した(安倍の集団的自衛権容認に伴う安保法制が憲法9条を破壊したのと同じである)ところは、第1に事業主は労働者を直接雇用し賃金を払うという雇用の第1原則を否定したことである。第2に雇用と使用関係を分離し、職安法で禁じられてきた労働市場仲介者の中間搾取(ピンハネ)を合法化した。第3に派遣先事業所が派遣元に派遣料金を払い、一部が派遣元に入りのこりが「賃金」として労働者に支払う形式になって、労働契約の根本原則を破壊した。また労働者の労働条件の決定から労働者を排除し、派遣先と派遣元が勝手に契約していることになる。最後に企業の福利厚生の利用と社会保険の適用の権利を事実上派遣労働者から奪った。また労働基準法に定められた団結権や団体交渉権の場が無くなった。派遣には「登録型」と「常用型」があるが、労働者派遣法の本質的特徴は、つよく「登録型」に当てはまる。テンポラリ雇用形態で、最悪は「日雇い雇用」が待っている。これは奴隷労働市場に拡張され、戦前回帰の改悪である。

(つづく)

コメント