ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 森岡孝二著 「雇用身分社会」 (岩波新書 2015年10月)

2016年11月22日 | 書評
労働条件の底が抜け、企業の最も都合のいい奴隷的労働市場となり、格差が身分に固定される時代にしていいのか 第5回

1) 戦前の雇用身分制

戦後70年が経過したといえども、日本は戦前と完全には断絶できていない。むしろ昨今は自民党政府内において「集団的自衛権」、「憲法改正」など戦前回帰の動きが強まっている。雇用についても同じようなことが言える。川人博は著書「過労自殺」のなかで、「バブル経済崩壊後の1990年代後半以降、日本の労使関係、資本・労働関係は、戦前のいわばむき出しの凶暴な資本主義へと後戻りしつつあり、過労自殺はその象徴的な犠牲のように思われる。」と書いている。第2次世界大戦後の1947年に労働基準法が制定され、法定労働時間は一日8時間、週48時間となった。さらに1987年の労基法改正によって週40時間の労働時間に短縮された。しかし実態はどうであろうか。総務省の2011年「社会生活基本調査」によると、正規労働者の平均労働時間は、週53時間、月228時間、年2756時間であった。しかし3人に一人は週60時間、年3000時間以上という。年休を一日も取っていない人は16%もいるという。1903年に出た農商務省の向上調査報告「職工事情」によると、紡績工場での一日の労働時間は12時間を超え、女子の製糸業では一日14時間、織物業では16時間であったという。2014年牛丼チェーン店「すき屋」の「労働環境改善第3者委員会」報告によると、24時間連続勤務、恒常的に月500時間勤務が指摘された。このような過重労働は、労働者を過労で倒れさせ、またはうつ病に追い込むなど健康に深刻な影響を与えている。明治期の日本の代表産業は繊維産業とりわけ綿糸紡績業と製糸業であり、当時の労働力の主体は女工であった。過酷な長時間労働で労働問題が噴出し、女工を始めとする工場労働者保護のために、工場法を制定する動きが政府内にあった。明治期の「職工事情」(岩波文庫)において、各地の募集人は甘言をもって勧誘するだけでなく、前貸金を渡して人身売買を行ったと書いてある。あたかも遊女を買い入れる「女衒」の様であった。ある大阪の紡績会社の職工の1年間の出入り数ン記録では、新規雇い入れ1538人、離職者2162人、継続雇用者1246人でかろうじて減数維持の状態であったという。短期労働での入れ替えだけでなく、酷使に堪えかねて逃亡する者も多かった。病気(結核)になって帰郷する者もいた。大正時代の雇用状態は「女工哀史」に見ることができる。1911年(明治44年)に工場法ができたが、女性と15歳以下の年少者の労働時間は一日12時間に規制し、1923年の改正で年少者を16歳以下とし、労働時間を11時間とわずかに短縮した。低賃金と長時間労働と無権利を特徴とする雇用形態であった。工場組織と従業員の階級については、社員と職工の間に越えられない身分差があった。雇用身分間の賃金格差は男性で部長で400-700円、末端の職工では20円以下だった。差別は男工と女工の間にもあった。初等教育儲けていない少女を集めるために、紡績工場には文部省認定の小学校があった。明治期の終わりごろの職工の教育は尋常小学校を卒業した者は男工で21%、女工で8%にすぎなかった。女工は寄宿舎に寝泊まりし、外出制限や読書制限や風紀制限で自由を拘束されていた。工場法で労働時間移規制があったが、「夜堯」という強制深夜勤務があって、実質労働時間は一日14-18時間であったという。長時間労働に併せて紡績工場の労働環境・衛生環境が極めて劣悪で、栄養不足や疲労ストレス、結核などが蔓延し、精神に異常をきたす者や結核で倒れる者がいて、今でいうブラック工場が常態化していた。職工虐待事件が各地で発生した。当時は過労死110番がなく、正確な過労死・病死データが把握されていないが、1901年の東芝過労死事件では「今や労働問題は賃金問題でも権利問題でもなく、生命問題である」という声が広がった。女工の疾病の第1番は結核で、女工の死亡率は1000人のうち23人であった(2.3%)。世間の3倍の死亡率である。結核は職業病ではなく過労死ではなかろうか。栄養と休養で防げるからである。過労自殺も過労死に含まれる過労死には、脳・心臓疾患だけでなく呼吸器疾患と消火器疾患や精神障害も含まれる。諏訪湖畔の無縁墓地には故郷に帰れずに自殺した女工の墓がある。1927年の新聞記事には半年で47人の女工が自殺したと書いている。女工の悲惨な状況は、「ああ野麦峠」にも描かれている。本書がなぜ過去の悲惨な労働の歴史を描いてきたかというと、1980年以降、雇用・労働分野の規制緩和が進み、労働基準法による保護と権利が次々に剥ぎ取られてゆくにつれ、戦前の暗黒工場を思わせる酷い働かせ方が息を吹き返してきて、社会全体においても差別された雇用身分がひろがってきているからである。人々の社会的地位と労働・生活実態が雇用身分によって引き裂かれた社会、すなわち雇用身分社会になってきたと言える。

(つづく)
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