ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 野坂昭如著 「絶 筆」 (新潮社 2016年1月)

2016年04月06日 | 書評
焼跡闇市(無頼)派を自任する小説家・マルチタレントが、脳梗塞で倒れてから2015年に急逝するまでの12年間の日記 第5回

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2007年
* ぼくはあらかた嘘でかためた世を過ごしてきた。半分はでまかせ、半分は世渡りの術。全部合わせるとすべて嘘。うそつきは物書きに向いている。それはなぜか、それは僕の出自による。空襲で養父が死んだ。生活苦もあわせ一層、嘘で固めざるを得なかった。あることないこと嘘を並べたて、相手を困惑させる。こういう時根っからの小説家だと思う。(本当にしてはいけないが、なんと調子のいい文章だ、太宰治が聞いたら、それは俺のセリフだというだろう)
* 黒川紀章さんが都知事選に立候補するらしい。石原都知事は何かやりそうに見えたが、これは裏切られた。ありきたりに変わって、しゃべる言葉が尊大になっただけ。黒川さんは都知事になりたいだけ。
* 花の幻想は時間を逆行させる。神戸正徳小学校入学式の日の思い出、養母と食堂で食べたランチの味。
* 能登で震度6強の地震。日本は地震国である。国は何もしてくれない。何故なら国は組織を守るためにある。地震の一番の特徴は組織を崩すことである。
* 最近の原発事故隠し。原子力発電は原爆の次にあたりを荒廃させる危険を含む施設。(原発の必要を認めながら)原発に関する事故隠し、未来に対する犯罪だ。
* 白内障手術のため入院。手術は数分で終わった。見舞いに訪れた娘に「男って大体気が小さいけど、パパは小心者」とからかわれた。結局両眼とも白内障の手術をうけ、視力は1.0に回復。
* 昭和20年6月5日 (空襲で)神戸の家が失われた、好きだった養父が死んだ。僕だけが残った。6月になるとあの朝に引き戻されてしまうのだ。
* 7月新潟が再び地震に見舞われた。そして今回は柏崎刈羽原発で火災『が起きた。日本は被爆国である。関係者の緊張感がみじんも感じられない。原発側は最初から住民に理解なぞは求めていない。昔から密閉社会なのだ。刈羽原発の事故は天災ではない。活断層の上に原子力施設を建てるなど世界にこんな杜撰な例はない。
* 本日は防災の日らしい。僕は根っからの小心者。どこに出かけてもまず逃げ道を探していた。地震は天災、起ってからは人災が加わる。寝室にはタンスの類は置かない、防災袋完備、乾パン、ペットの水、マッチ、ローソク、軍手、浄水器、食料は猫の分も含めて妻が備蓄
* 世の移ろいは早い。安倍晋三が辞任、福田康夫が登場。戦後の平均では首相は1年やれば御の字だそうだ。
* 台風が怖いのは、今も昔も変わらない。農業が主体だったころ、我々にとって脅威と恩恵は一つのものと教えてきた。
* 二か月に一度の通院診察日。病院は患者の多いのに驚かされる。長い時間待たされて診察は異常なし。薬をもらうのにまた1時間。結局一日がかりとなる。いまの日本では病気にもなれない。
* このところ嚥下障害がでてむせやすい。とろみのついた食物が多くなった。どうしたわけかパン食が具合がいいのが不思議だ。

(つづく)