ブログ 「ごまめの歯軋り」

読書子のための、政治・経済・社会・文化・科学・生命の議論の場

読書ノート 田中素香著 「ユーロ ー危機の中の統一通貨」 岩波新書

2011年12月21日 | 書評
欧州の通貨ユーロの将来を展望する 第1回

序(1) 
 2007年秋以来の世界金融危機と2010年ギリシャ危機は容赦なく、自由主義経済圏(ドル、ユーロ、円)の経済をずたずたにした。自由主義経済圏に依存しながら自由主義をとらない(国家の金融規制が厳しい)中国だけが軽微な傷で済んだようだ。世界グローバル金融資本の過激な移動は20世紀末にアジア金融危機を引き起こしている。米国とBRICSの狭間に立つ欧州経済圏EUは1998年通貨統合に成功し、物価と経済の安定に成功したかのように見えたが、ユーロは21世紀の金融恐慌を前に今厳しく存在意義が問われている。政府の粉飾決算ともいえる数値のごまかしに端を発するギリシャの債務のデフォルトは、欧州の地方問題(格差問題)とみられていたが、世界金融危機を招きかねない「第2のリーマンショック」と見る人も多い。金融グローバル化で世界の一隅の国に世界中の資本が移動している。資本の流入と逃避の自由が保障されているからである。アメリカのオバマ大統領はドイツのメルケル首相に速やかな対処を要請し、ギリシャ向けに12兆円、南欧の金融安定化策として83兆円という巨額の支援プログラム(IMFが1/3を負担)が発動して6月には一応沈静化した。「通貨はひとつだが財政はバラバラ」という現状からはユーロの崩壊は当然視する意見もあるが、筆者はいまや欧州安定化はユーロ以外には解決の道はないという考えである。これが本書の結論である。フランスとオランダがEU憲法批准を拒否したため、欧州の政治的統一の熱は冷めた。しかし経済圏の統一なくしては欧州の生きる道は無いのである。支援プログラムのドイツの負担は20兆円、フランスの負担は15兆円である。これだけ膨大な負担をしてのなおかつユーロの連帯が強固なのである。
(つづく)

読書ノート 吉村武彦著 「ヤマト王権」  シリーズ日本古代史 ② 岩波新書

2011年12月21日 | 書評
日本初めての全国的統治政権「ヤマト王権」 第7回

2) ヤマト王権の成立ー謎の4世紀 (1)

 記紀(古事記と日本書紀)にはヤマト王権の由来と伝承が書かれているが、批判的に読み進めなればならない。第1代天皇は「神武天皇」であるが、「はつくにしらすスメラミコト」(はじめてこの国を統治する天皇)となずけらた天皇が二人存在する。第1代神武天皇と第10代崇神天皇である。日本書紀には39人の天皇が編年体で記されているが、第2代綏靖から第9代開化に至る天皇は事積という歴史的記述(旧辞)を欠く「闕史八代」と呼ばれ、実在した天皇とは考えられていない。天命が改まるという辛酉革命説に則り、601年の辛酉年から1260年遡った年に第1代天皇を即位したことにしたかったようだ。そのため天皇在位期間が人間の寿命からしてありえないほど長い(崇神が168歳、垂仁は153歳など)。またこの間の王位継承はすべて父子間の継承となっており単純極まる。天皇の実在性が高まる15代応神天皇以降の王位継承は兄弟継承が多くなるのである。事積という歴史的記述(旧辞)を欠くことが記紀の「帝紀」として不完全さを免れないという見解は、西暦417年の銘がある稲荷山古墳「金錯銘鉄剣(国宝)に記された銘文からもいえる。この銘文は「ワカタケル」(第21代雄略天皇)に仕えた四道将軍「オオヒコ」の族「オワケ」の9代の子孫の名前と官職名「杖刀人」(軍人)、仕えた天皇の名(ワカタケル)と地位(天下を治める補佐役)、都の所在地まで記されている。この時代に王の系譜が存在していたならば当然帝紀にもなくてはならない。それを欠く天皇は所詮実在しない架空の想像に過ぎないというわけである。すると初代のヤマト王権の王は崇神天皇となる。ところが崇神天皇が実在したという史料は無い。中国との外交は3世紀の魏志倭人伝から5世紀の倭の五王まで交流が途絶えていた。いまのところヤマト王権の成立時期をあらわす確実な証拠は無いのである。崇神天皇陵としては宮内庁は奈良盆地南の柳本古墳群の「行燈山古墳」が比定されている。「行燈山古墳」の築造年代は4世紀前半と見られ、ヤマト王権もそのころ成立していた事になる。
(つづく)

文芸散歩  池田亀鑑校訂 「枕草子」 岩波文庫

2011年12月21日 | 書評
藤原道隆と中宮定子の全盛時代を回想する清少納言 第79回

[220] 「賀茂の臨時の祭・・・」 第2類
11月末に行なわれる賀茂の臨時の祭りの日、空は曇り雪も少し降って挿頭の花や青摺りの袍にかかるのもよし。はっきりとした黒の斑の太刀の鞘に半臂の紐がかかり氷かと間違うような艶打ちが見えるのははっとするほどすばらしい。もう少し大勢の行列で渡らせたいのだが、使いの受領の見えが悪く、陪従らの品がなく柳や山吹の挿頭もつまらないものだが、藤の花に隠れているのはいいものだ。馬の泥障(あふり)を打ち鳴らして「賀茂の社の木綿だすき」と謳いながら行くのはいい。(ここに出てくる花は季節からしてすべて造花です)

[221] 「行幸にならぶものは・・・」 第2類
行幸に匹敵するものは何かあるだろうか。御輿に帝が乗られるのを見ると、日頃何くれとお仕えもうしあげているのだけれど、さらに神々しく見えるの。普通はどうってこない司の姫太夫でさえ魅力的に見えるのよ。御綱を執る中・小将も、近衛の大将、近衛司なども仰々しく見える。5月は本当に優雅なものだ。だけど今は行なわれなくなっているようだが、昔の事を知る人がいうのを思うと本当はどうなんでしょうね。その行幸の日は屋根に菖蒲を葺いて、行幸を見る桟敷にも菖蒲を葺きわたし、すべての人が菖蒲鬘して、美人の菖蒲女房を選り揃え、薬玉を賜って腰につけるのよ。お帰りの御輿の前で獅子・狛犬舞いを行い、そういうこともあるのかしらほととぎすが鳴いて季節柄に合わせるって絶対ね。行幸はめでたいので、公達らはぎゅうぎゅうに車に乗って、上下に車を走らせないとは残念な気がするが、車を割り込んで入れるのは本当にどきどきするの。(清小納言は年甲斐もなく、浮き浮きするのだ)
(つづく)

筑波子 月次絶句集 「南至黄昏」

2011年12月21日 | 漢詩・自由詩
日暮蒼山送夕暉     日暮れ蒼山に 夕暉を送り

天寒疎影晩依稀     天寒く疎影 晩に依稀たり

東村白屋飢鴉起     東村の白屋に 飢鴉起り

南至黄昏孤雁飛     南至黄昏に 孤雁飛ぶ


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(韻:五微 七言絶句仄起式  平音は○、仄音は●、韻は◎)
(平仄規則は2・4不同、2・6対、1・3・5不論、4字目孤平不許、下三連不許、同字相侵)