ブログ 「ごまめの歯軋り」

読書子のための、政治・経済・社会・文化・科学・生命の議論の場

ねじれ国会のいいところは、与野党で合意できる事だけをやる事だ

2008年02月19日 | 時事問題
asahi.com 2008年02月17日18時11分
武藤氏昇格「賛成の理由ない」 日銀人事で民主・野田氏
 民主党の野田佳彦広報委員長は17日、日銀総裁人事で政府・与党が最終調整している武藤敏郎副総裁の昇格について「副総裁になる時に反対しているので、民主党として積極的に賛成する理由が見あたらない。この人以外にも人材がいると思う」と述べ、否定的な考えを示した。フジテレビの報道番組で語った。

アメリカでは分権主義なのでねじれはいつもある。大統領法案の通過率は90-60%である。
 アメリカの制度では選挙の結果、大統領の所属政党と議会の多数派が必ずしも一致しない。これを「分割政府」という。いつもねじれ現象が起きているので全面的な政権交代自体がアメリカでは起き難い。行政府の長である大統領には法案の提出権はないが、連邦議会を動かして自己の政策課題を立法化して実現する力が大統領の権力である。日本では内閣立法と議員立法があって、殆どが内閣立法である。これを官僚内閣制といって官僚の権力の源泉である。アメリカは権力分立制で、合衆国憲法は立法権を議会に、行政権を大統領にゆだねて相互の抑制によって均衡をとっている。クリントン大統領の初期には上院・下院とも民主党が与党であったので法案通過率は95%に上がったが、中間選挙で共和党が議院の与党になると法案通過率は60%に低下した。これがアメリカの分権制なのである。日本の議院内閣制とは根本的に違い、イギリスの議院内閣制に近いとされる。日本では与党の法案が否決された事は55体制では殆どなかった。
アメリカ:大統領制での権力分立論
 アメリカは独立に際しモンテスキューの権力分立論を導入した。連邦制は州政府を基本とした国家体制で、連邦政府の権限は憲法で定めら得た範囲に限定された。立法権は権限の対等な二院制に分けられ両院が賛成したときのみ法が成立するが、大統領に拒否権を与えられるという抑制的な制度であった。外交や軍事に関して大統領に権力が集中している。19世紀南北戦争後共和党、民主党の二大政党体制になった。1930年代ルーズベルト大統領は行政国家化して大統領権限を強化した。ホワイトハウスは大統領官邸ではなく巨大な行政組織として機能するようになった。そうして次第に三権分立の原則が崩れていった。
イギリス:議院内閣制
 イギリスは議院内閣制の発祥地である。歴史的には絶対君主制から議会が次第に実権を奪っていったという側面が重要である。1742年二大政党政の成立で議会の多数となった政党が行政権を手に入れ議院内閣制が成立した。19世紀には二大政党制を前提に次第に選挙が拡大し、議会は民主政治の舞台として機能するようになった。1910年下院は上院に対する優位を確立した。同時に総選挙で政党と首相候補、政策プログラム(マニフェスト)の三者が選択されるというイギリス型の選挙制度が定着した。イギリスでは議会の多数派政党が組織する内閣の強力な権力集中を認める政治的緊張を持った仕組みである。政府提出法案は多数決で成立することが当たり前である。このモデルの議院内閣制はオーストラリア、カナダ、ニュージランドなどのかっての英連邦諸国で広まった。
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霞ケ浦導水事業 時代遅れの遺物事業  

2008年02月19日 | 時事問題
asahi.com 2008年02月19日06時31分
「那珂川取水口、アユ漁に打撃」 漁協、中止求め提訴へ
 国土交通省が進めている茨城県の霞ケ浦と那珂川などを結ぶ「導水事業」をめぐり、那珂川漁業協同組合は18日、「事業はアユに壊滅的な打撃を与える」などとして、那珂川の取水口部分の建設差し止めを求める訴訟を起こす方針を固めた。那珂川のアユの年間漁獲量は日本一。同漁協は那珂川周辺の他の漁協と共同で訴訟の中身を詰めていくとしている。
 これに対し、那珂川を漁場とする茨城、栃木両県の漁協は(1)孵化(ふか)したばかりのアユの稚魚が取水口に吸い込まれる(2)霞ケ浦から流れ込む汚れた水で那珂川の生態が崩れる、などと反発し、国に建設中止を求めていた。

穢い霞ヶ浦の水を使う事業所はない。霞ヶ浦の汚濁原因の浄化対策を急げ!
導水事業とは、霞ケ浦の水質浄化のほか、茨城県や東京都などの水道・工業用水の確保を目的に84年に着工したものである。茨城県南西部の事業所(工場)では1990年ごろよりこの用水を強制的に契約させられている。しかし余りに穢いため浄化設備を必要とし、却って用水コストが高くなるため、霞ヶ浦用水の取水契約だけして基本料金を払いながら霞ヶ浦用水は使用していない。従来どおりの鬼怒川などの工場用水を使用している。霞ヶ浦の水が穢い理由は周辺の養豚農家の排水流入と下水道事業の遅れから生活排水の流入が原因である。今回那珂川の漁民が立ち上がったのは、霞ヶ浦の浄化のため那珂川の水を入れることや入れ替える事に反対しているのである。霞ヶ浦の浄化のためならば、周辺の下水道事業前倒しと農水省管轄の農業排水処理事業の拡大のほうが効果ある。霞ヶ浦の汚濁原因をそのままにして、那珂川の水を入れて霞ヶ浦の汚れを薄める方法はどう考えても時代錯誤である。そして企業はもう工場用水を大量に使う業種はなく、電子産業などでは用水クローズドシステムを完成しているのである。
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読書ノート  上田篤著 「都市と日本人」ーカミサマを旅するー 岩波新書

2008年02月19日 | 書評
都市とはカミサマがいる場所である。カミサマとは国つくりに貢献した人 第7回

京都の町衆と氏神さん
京都の町は中世以来、大体商人が道路の両側に住んだ、これが町家の始まりである。間口が狭くいわゆる「うなぎの寝床」の町家が密集した。夏は案外風通しのいい家である。町家の特徴は数奇屋風(茶室)である。京町家にはさまざまなカミサンが祭られている。竈には「三宝荒神(おくどさん)」、店の壁には「大黒さん」、台所の神棚には「鬼子母神」、「歳徳さん」、座敷には仏壇、離れ座敷には「弁天さん」、茶室には「達磨さん」、祭りの時には表に祭礼札や注連飾り、正月には門松といった按配にカミサンが平然と雑居している。中世の京都の町は自治町でいわば「祭礼共同体」で、近くの氏神さんを中心に結束した。その典型が祇園神社の祇園祭である。そのほか伏見稲荷祭、松尾大社祭などの神輿の常設お旅所が町内に設けられる。かくて庶民の暮らしと氏神さんの結びつきはつよい。送り盆が過ぎて地蔵盆がやってくると地蔵さんのまえで盆踊りが盛大に行われた。私の子供時代は地蔵盆と盆踊りが楽しみの一つであった。今はどうなっているのだろう。地蔵盆はやっているようだが。
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読書ノート 中西正司・上野千鶴子著 「当事者主権」 岩波新書

2008年02月19日 | 書評
「自分のことは自分で決める」という声が、次世代型福祉を生んだ  第7回

2:介護保険(高齢者)と支援費制度(障害者) (2)
支援費制度と介護保険制度には大きな違いが存在する。
1)介護保険には1割の自己負担がある。
障害者支援費制度では応能負担で、年金のみの収入では自己負担はゼロである。2)自立の理念が異なる
介護保険では自立とはサービスを利用しないことで、支援費制度ではサービス利用を前提とした自立である。介護保険では排泄の自立というADLレベルでの自立と定義される。
3)アセスメント方法が異なる
介護保険では介助に一動作の標準化による点数がつけられるが、支援費制度では自由で制約のないサービスを受けられる。散歩でも買い物支援でも出来る。
4)介助者の資格制度が異なる
介護保険も支援費制度も身体介助/家事介助については1-3級ヘルパー資格が義務つけられるが。支援費制度では障害者のニーズに応じた20-30時間の研修で取得できる新たな資格制度が作られた。
5)ケアマネジメント制度が異なる
介護保険ではケアマネジャーは都道府県認定資格であるが、支援費制度ではセルフマネジャーケアが基本である。支援費制度では行政に申告するだけでサービスが受けられる。
6)介護保険では介護サービスに上限がある。
介護保険では要介護度5で月額35万円の上限が設定されている。これは単身高齢者、無年金者、低年金受給者の在宅生活を満たす水準ではない。家族介護の負担軽減を目的である。支援費制度は上限を撤廃した。
7)社会参加の意味が異なる。
介護保険の社会参加とはデイケアセンターに通うことである。地域の会合や催し物に参加することはサービスの対象ではない。

障害は人格ではなく属性のひとつに過ぎない。当事者の、当事者による、当事者のための運動として自立生活センターが育つことが理想である。当事者はサービスの利用者である。これまでの福祉サービスは何が適切なサービスかについて公的機関が判定するという第三者基準を持っていた。当事者主権はこれを180度転換しようとするのである。障害者支援費制度では全国で一万人いる全身性障害者にかかる費用は500億円にすぎない。介護保険では5.4兆円である。これだけ費用に違いが有れば、両制度は統合する必要はない。支援費制度ではサービス提供者はNPO、市民事業体や障害者事業体である。介護保険では利用料金が公定価格であり市場原理は働かない。介護の市場化は高額の老人ホームという商品を生んだが、誰が利用するのだろうか。また介護保険制度は家族への支援(家族負担の軽減)という意味合いが強かったが、障害支援費制度は家族ではなく当事者に与えられるのである。家族といえども権力関係の一つであり、家族の中で障害者は自己決定権がない。当事者のセルフマネジメントケアやパーソナルアシスタント制度が望ましい。
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文芸散歩 「今昔物語 」 福永武彦訳 ちくま文庫

2008年02月19日 | 書評
平安末期の説話文学の宝庫 さあー都大路へタイムスリップ  第7回


二十一話 「無学の男がわからぬ歌に怒る話」
播磨の守高階の為家朝臣の佐太という侍がいた。年貢取立てに行った郡司の家にいた美しい哀れな下女に懸想をいたし、強引に口どいたが、女は和歌を詠ってやんわり断った。佐太はこの歌の意味が理解できず怒り狂って郡司に当り散らしたので、為家守は事情を知ってこの佐太を追い出した。女には着物などをやった。人情を知らぬ男の末路の話。前段に同じ。

二十二話 「東国の武士が一騎打ちをする話」
源の宛と平の良文と云う二人の武士がいた。互いに武勇を競っていたが、ついに一騎打ちで雌雄を決めようではないかと云うことになった。何度も矢を射たが決着が付かず、互いの手並みを認めて親友の付き合いとなったと云う話。武士と云うものはこういうものだ。

二十三話 「親の敵と知って討ちとめる話」
上総の守平の兼忠がその子余呉将軍維茂を招いて宴を張った時、維茂の従者太朗介と云う男が、兼忠の侍の親の敵である事がわかり、この侍は太朗介を闇に紛れて討ち取った。この話は親子の信頼関係と侍の敵討ちが絡んだ複雑な展開となるが、敵討ちをした侍は尊敬されたということで終わる。

二十四話 「大盗袴垂にねらわれる話」
大盗賊袴垂が付けねらった相手が、肝大きく強力無比の摂津の国司藤原保昌で、結局威圧されて襲うことが出来ず降参した盗人の話。保昌は武家の家柄並みに扱われた。

二十五話 「約束を信じて人質を許す話」
河内の守源頼信朝臣とその乳兄弟藤原の親孝が上野の国に赴任していた比、盗人が親孝の家に入り見つかって、その子を人質にとり刃を突きつけて物置へ逃げ込んだ。親孝は醜態したが、頼信は盗人に問いただし、殺すつもりはなく逃げたいだけに人質を取ったのなら、逃亡を許すから人質を離せと云う説得した。盗人は同意したので、道理に従って、盗人に食糧と馬を与えて放免したという話。信が置ける頼信の武士としての威信は揺ぎ無いものになった。

二十六話 「親子で馬盗人を追いかける話」
前段と同じ河内国司源の頼信朝臣と云う武士の話。東国から名馬が届いたのを聞いて息子の頼義が頂戴しようと来たが、その夜馬盗人馬を盗まれ、親子で盗人を追跡し、逢坂山の麓で盗人を息子の頼義が討ち取り馬を取り返した。そして頼信はこの馬に立派な鞍をつけて息子に褒美としてあげた。武士は誠にこうした心構えを持つべきだ。
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