Senboうそ本当

広東省恵州市→宮崎県に転居。
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世界地図の中で考える   高坂正尭   1968年  新潮選書

2018年06月08日 | 毒書感想(宮崎)

著者の高坂正尭(こうさか・まさたか)さんは、かつてテレビ番組「サンデープロジェクト」にレギュラーで出演もしていた国際政治学者。すでに他界されてます。
番組出演者の中で、いちばんまっとうな発言をなさってたように記憶してます。前から気になっていたのですが、その著書に初めて目を通しました。1934年生まれ、ということは34歳のときに書かれた本です。

以下は本文からの抜粋

 

 たとえぱ 日本人のスイスに対する見方を例にとろう。 日本人の多くは スイスが古くからの「中立国家」であり、 ヨーロッパを見舞った戦火から免れて平和に過して来たと考えている。ひとつには、 日本人が戦争の惨めさを強く経験していたとき、「日本は極東のスイス」 たれとマッカーサーが述べたことは、「中立」で「平和」なスイスというイメージを植えつけるのに相当貢献した。また、スイスがアルプスの連峰や美しい湖を持っ有名な観光地であることも、そうしたイメージを育て、 維持するのに役立って来た。その結果、スイスは日本人の好きな国の髙位に位置しつづけて来たし 、ベトナム戦争でアジアの緊張がたかまると、アメリカを抜いて最高位につくようにさえなったのである。
 しかし、中立という地位の苦しさや、それを維持するためにいかに大きな努力をスイスがおこなって来たか、ということは ほとんど知られていない。 「中立」で「平和」なスイスの裏の面や、それを支える条件は無視されているのである。 まず、スイスは「中立」であることによって、完全に「平和」でありつづげて来たわけではない。 たしかにそれは、二十世紀にヨーロッパを見舞った二つの大戦争には巻き込まれずにすんだ。 中立であったことは、疑いもなくスイスに恩恵を与えた。 しかし、二十世紀においては、 戦争手段の移動性の増大のため、 スイスの戦略的重要性が限られたものであり、 そこを占領しても、余り役に立たなかったことも忘れられてはならないのである。 スイスは十七世紀から十九世紀の前半にかけては、 きわめて垂要な戦略的要点であった。 だから、 そこを各国の軍隊が通過し、スイスはしばしぱ大きな迷惑を蒙った。 スイスはそうした苦況を脱するため中立の地位を選んたのだが、しかし、スイスはそれによって完全に平和になったわけではなかった。 十八世紀に一回、十九世紀初期のナポレオン戦争の時代に二回、スイスはその戦略的重要性の故に外国軍隊の侵入を受け、内政に干渉を受けたのであった。

 

  途中略

 

 話をもとに戻そう。 スイスの 「中立」 の難かしい地位からして、 当然に、それを維持するためには大変な努力が必要となって来た。 そのなかで、スイスが国民皆兵の国であり、 相当な軍事的抵抗をおこなう能力を持っていることは割合に知られている。 ヒットラーが第二次世界大戦中にスイスを占領しなかったのは、スイスが中立を守るために抵抗する意思を示したからであり、 それによってスイスを占領して得る利益よりも、その過程でスイスの抵抗によって受ける損害の方が大きいとヒットラーが考えたからであった。たとえ限られたものであっても、軍事的に抵抗する能力がなけれぱ中立の地位は維持できないのである。
 しかし、より重要であり、それにもかかわらず余り知られていないのはスイスの外交的努力である。 スイスは国際政治の動きにつねに注意を払い、それに巧く対応するよう努力して来た。 また、スイスのなかでおこなわれる行動を賢明に規制することによって、国際社会の力の闘争にいつのまにか巻き込まれるのを避けるようにして来た。 さらに、スイスはスイスに干渉しようという国があるときには、その国に対抗するもうひとつの国に接近して、干渉しようとする国を牽制するよう努力した。 たとえぱ十九世紀の前半、自由主義を弾圧していたオーストリアのメッテルニッヒが、スイスに自由主義者が亡命し、スイスを根拠地として活動するのを怒って干渉しかけたとき、スイスはその国境の管理を厳重にして干渉のロ実を減らすと共に、イギリスに働きかけてオーストリアを牽制させた。 そして、 万一干渉された場合には、かなわぬまでも戦うという意思が秘められていた。
 スイスの中立は、こうした決意と努力のおかげで大体のところ守られて来たのである。 それを知らずスイスを「中立」で「平和」と考えていることは、なんと実情から遠い「イメージ」であることか、そのような「イメージ」にもとづくスイスの礼讃、中立の愛好は危険でさえある。「中立」を支えている条件を知らず、それを抜きにして「中立」を求めても成功しないからである。 逆に言えば、「中立」の難かしさと、そのための努力を曰本人がしっかり認識するとき、日本の中立論は真実になると言えるであろう。

  (第五章 世界化時代の危機 より)

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