つれづれ読書日記

SENとLINN、二人で更新中の書評ブログです。小説、漫画、新書などの感想を独断と偏見でつれづれと書いていきます。

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私小説でGO!

2006-08-11 19:21:48 | 小説全般
さて、やってしまった……と思ったの第619回は、

タイトル:菊籬
著者:宮尾登美子
出版社:文藝春秋 文春文庫

であります。

表題作を含む7つの短編と、3つの連作をひとつの短編とする作品が収録された短編集。
恒例の各話ごとに。

「彫物」
芸妓をしている幸代は、毛深いことや色黒なことにコンプレックスを持っていた。そのため、刺青に並々ならぬ興味を持っていたが商売柄半ば諦めていたところ、過去に刺青をし、祭りの顔でもあった芸妓がいたことを知り、背中に弁財天を彫り込む。
それを見た腹違いの妹昌代にせがまれ、最後の仕上げのときに同行させた幸代は、秘かに惹かれていた彫り師が昌代に興味を示したことから、父の後妻との関係などから妹への憎悪を深めていく。

最初の作品だが、全作品中、最も印象深く、おもしろかったもの。
濃密な描写は幸代の行動、思考を十二分に感じさせるし、ラストもおもしろい。

「金魚」
飲み屋に通いで奉公しているみちは、養子として入った家での家事や奉公とで忙しい毎日を送っていた。そんな養母はるのもとへ来ている大工の橋本は金魚が好きで、家の裏口の泉井で3匹の金魚を飼っていた。
きつい生活の中でも根が素直なみちは、はるが中風で倒れ、唯一の男手である橋本を引き留めるためにはるの代わりを務めたりするが、ある日の地震で橋本が飼っていた金魚がいなくなったことで、ついに橋本を引き留めることが出来なくなるだろうと慨嘆する。

「自害」
江戸末期、麻布山内家に奉公に出ていた経験のある老女萩原琴の語りと言う体裁で進む。
麻布山内の8代豊福の妻典子かねこに仕えていた琴が、明治維新に至る動乱の中で主人夫妻が自害したことについて語る作品の中心部分と、関東大震災を機に山内の墓を移すための法要に参加する冒頭部分に分かれる。

「水の城」
これもある老女の語りで構成されている。
ある事情で世話をすることになった伯爵家の娘瑞子ずいこが嫁ぎ先から戻ったが、瑞子は妊娠していた。知的障害があり、両親からも見捨てられた瑞子を育て上げた老女は、またもや不遇を受けた瑞子の子が生まれたとき、あることをしようと決心をしていた。

昭和初期から戦後にかけての物語で、えぐいところは「彫物」よりも酷いかも。

「村芝居」
ある農村で行われることとなった芝居の稽古など、芝居が行われるまでの日常の中で諏訪と言う女性の、夫や姑、芝居を行う役者たちとの関わりや、諏訪の心を描いた作品。

様々な出来事などに気持ちや考えが揺れ動く諏訪が緻密に描かれているが、個人的には「あ、そう」くらいにしか思えない。

「千代丸」
夫と別れ、ひとりに家財道具を質に入れながら暮らしていた悦子は、とうとう最後に残った三味線の千代丸を手放さざるを得なくなる。そんな中、敗戦で満州から引き揚げたことや、戻った実家で肺結核にかかったこと、千代丸のおかげで快癒したことなど、過去のことを思い出しながら千代丸を失うにふさわしい場所を求めて歩いていく。

「菊籬」
高知で芸妓娼妓紹介業をしている家に引き取られた菊と言う女性の物語で、粗野でお転婆な菊と主人公との関わりを描いたもの。

「宿毛にて」
~つつがき
3部作の連作の最初の物語で、主人公の悦子が宿毛市から沖の島へ渡り、その島の寺で住職から様々な貝を見せてもらうまでを描いている。
~猫
夕食を取るために入った店が飲み屋で、そこで偶然出会った店の女が芸妓紹介業をしていた悦子の実家に仕込みっ子で入ってきた田所八重子だった。八重子が菊とは違うキャラだが菊籬とは話はおなじにしか見えない。
~山川よ
子供のころ聞いた北見志保子の歌碑が建った記事を見てそこを訪れる話。

以上だが、「村芝居」以下、私小説。
まぁ、まだ「村芝居」はいいのだが、千代丸からは芸妓紹介業をしている家の娘が主人公で、完全に私小説の匂いがぷんぷんして、読むがかな~りきつい。
だから主人公の名前がいくら変わろうとも、登場人物が変わろうとも、どれも似た、もしくはおんなじ話にしか見えない。

ただ文章、描写は濃密、且つ緻密で「彫物」のようにぐっと引きつけるだけの力があり、いい作品がないわけではないのだが、総じていまいちなのが多く、さらに私小説と来れば、私小説嫌いにいい評価を下せ、と言うのは無理な話。
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