とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

二代目仙女

2013-05-17 23:23:09 | 日記
二代目仙女



本多錦吉郎(ほんだ・きんきちろう)「羽衣天女」


 数日後、私は千恵子の夫三朗を呼んで、公演のこと等をいろいろと聞きました。
 

 忙しいところ来て貰って悪かった、ごめん、ごめん。

 いや、私もお話ししたいことがありましたので、構いません。

 志乃は学校旨くやってるだろうか。

 悩んでいた時期が長かったですが、最近はずいぶん溶け込んだみたいです。

 そりゃ嬉しい。難しい年頃だからまだまだ気が抜けないと思うけど・・・。

 担任の先生がしっかりしたお方ですから、安心しています。

 それから千恵子は今度の公演で体調管理をきちんとやっていたようで、古賀さんも褒めていた・・・。

 そうですか。劇団のお世話をするようなって、元気になったみたいです。

 そうか。

 郁子さんに逆に力を貰っているようです。

 そうか。公演を見ていてあの人は普通の人ではないと思うようになってきた、というか、演劇人以上の力を秘めているという感じ・・・。側で見ていてそんなことを感じることはないだろうか。

 そうですね、今度の公演では舞台装置の常識を超えたことも試みました。人物が消えてすぐ別の所に現れるという・・・。

 いや、その仕掛けということだけど、仕掛け以上のことをやってのけたということは・・・。

 それはたくさんありました。

 へえー、例えばどういう・・・。

 飛び上がるときには吊り下げということをやりますが、本番では、裏方の力が加わっていないところでも浮き上がっていました。

 ほおっ。

 スタッフの何人かが郁子さんには何かが乗り移っていると言っています。

 やっぱり。

 えっ、お義父さんも気づいておられたのですか。

 何度かそういうことが起こった。

 いいことじゃないですか。

 
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神となったか・・・

2013-05-15 11:16:42 | 日記
神となったか・・・




村上華岳「雲上散華之図」

 公演は無事終わりました。私は安堵するとともに湧き上がる不可思議な思いに捉われはじめました。そこで、古賀所長にそのことを打ち明けました。


 皆さんどう見ておられたか、私も気になっていました。それで、新聞や雑誌を注意して見ていました。まあ、概ね好評だったようですね。古賀所長は最初そう仰いました。

 
 悲恋ということですが、初めは里を邪険に扱っていた若侍の渡部新之助は、次第にひかれていくわけですね、最後には、里が現れるのを待ち焦がれている感じで・・・、そこへ里人たちが「山崩し」を唄いながら集団で新之助に圧力をかけようとする、その時、里が天上から舞い降りてくる。・・・みなさん、ここで諍いをしていては何事も解決しない、今は新川の完成に向けてまっしぐらに進むべきだ、と呼びかける、すると、神の、いや、菩薩の言葉のように里人はそれを聞いている、このことを契機に新之助は里に強い恋心を持つようになる、里も好意を持つようになる、かくして二人は一層近づいていく、・・・川の竣工を迎えて、里人たちがお祭りをする、もちろん「山崩し」の盆踊りを踊りながら、その踊りの輪の真ん中に里と新之助がいて、一緒に踊るわけですね、でも、踊りが終わると、光の環に包まれ里は天上に昇ってしまう。・・・そして、初めの現代の盆踊りの屋台にすっと現れて群衆とともに踊り出す・・・。

 畝本さん、よく覚えていらっしゃいましたね。ある雑誌には場面が目まぐるしく変わって混乱するとか書いてありました。

 しかし、過去と現代を行き来するという設定の演劇は初めて見ました。

 いや、他にもあると思います。しかし、何とか納まっていましたね。

 古賀さん、私はずっとその間に翼の音を聞いていました。天女の、いや、飛天の、いや、天使の、・・・火の鳥かも知れません。郁子さんは超常的な力を持っているのでは・・・。
 
 畝本さん、ある劇団の照明係りが特訓を受けてああいうレベルに到達したのは奇跡です。そういう意味ではそんな風に考えられないこともないと思います。しかし、畝本さんはいつも飛躍しますね。

 そうですかねえ。私は本当に翼の音を感じました。

 畝本さん、仙女二代目の力をつけました。そういう意味で私も嬉しいです。

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翼の音

2013-05-04 23:53:41 | 日記
翼の音




 手塚治虫「火の鳥」より


 「湖笛」の「悲恋の盆唄」公演の日、私は妻と小学校に出かけ、比較的後ろのゴザ席で見ていました。長柄さんも来ているようでした。その他の私の知り合いの方も来ているような感じがしました。何しろ中村仙女の娘の初公演とあって、満席でした。
 最初は現代の盆踊りの場面でした。櫓の上に歌い手と数人の囃子方が居ました。そして、郁子さんが踊り子として梯子を上ってくると、大きな拍手の音が会場から湧き上がりました。花笠のまま一礼すると、品よく踊りだしました。厳しい稽古を思わせるような優雅な舞いを披露しました。櫓の下では、たくさんの踊り子が輪になって踊っていました。すると、舞台の上からまぶしいほどの光が注がれ、郁子さんの姿が霞んで見えました。そしていつの間にか郁子さんは姿を消しました。
 そして、幕。・・・幕が開くと、暗い世界が広がっていました。真ん中に正座をし、心もち頭を下げた格好の郁子さんがスポットを浴びていました。すると、どこからともなく、威厳のある低い声が響きました。

 私は、根の国に住むスサノオだ。・・・そなたをここへ招いたのは、他でもない、新川開削のことで頼みたいことがあるからだ。・・・アシナヅチ・テナヅチの末裔たちが日夜川づくりに励んでいる。その民を救ってやって欲しいのだ。

 救うと仰いますと・・・。

 そのことだ、力を与えてやってほしい。

 力 ?

 そうだ、お前はオオクニヌシの妻八上姫の生まれ変わり、だから、霊力を内に秘めている。そのお前がすべきことは自ずと分かるはず・・・。

 えっ、・・・。

 そうか、そうか、・・・では教えよう。食べ物を与えて欲しいのだ。

 食べ物・・・。

 そうだ、お前は里娘となって現世に降り、村人に食べ物を恵んでやる。ただそれだけのことだ。

 仰ることがまだよく分かりませぬが、出来ることなら何でもいたします。

 そうか、それでは早速・・・。

 そう言うと声が途切れ、舞台は真っ暗になり、しばらく無音の世界となりました。しばらくすると、舞台が明るくなり、村娘が篭を持って現れました。周りにはたくさんの男たちが働いていました。

 餅は要らんかいの、・・・食べると元気百倍、疲れが吹っ飛びますよ。
  
 おいおい、娘、お前がそう言っても金がないものばかりだ、ここでは売れはしないぞ。

 いやいや、欲しいだけ只でご馳走いたします。

 何、只で・・・。それでは、一つだけいただこう。

 一つとは言わずにいくらでも・・・。そう言われると男は何個も貪るように食べました。ところが、食べても食べても籠の中の餅は減りません。

 こりゃ、不思議なことじゃ。・・・何時の間にか娘の周りにはたくさんの男たちが集まってきました。

 こらっ、お前たちは何をしている。突然、現場を監督している若侍が駆け寄ってきました。侍は娘を見ると、はっと驚いたような表情になりました。

 そちは何をしている。

 餅を売っております。

 餅 ?

 そうでございます。
 
 名前は何と・・・。

 里でございます。

 里。

 はい。

 どこのものじゃ。

 えっ、その・・・。

 はっきり言え。

 建部でございます。

 建部、すると、南筋だな。

 さようでございます。
 
 餅売りだとか、私も所望したい。

 お断りいたします。

 なにっ。

 これは、里人だけに売るもの、お武家様には・・・。

 そうか、では、ちとお前と話がしたい。こちらへ参れ。・・・若侍が里の手を掴もうとすると、里はそれを振り払って身を引きました。なおも掴もうとすると、里の体がふわっと宙に浮きあがりました。

 おっ、どこへ行く。・・・そう言う侍を残して里は翼が生えたように宙を飛びました。観客のどよめきの声が聞こえてきました。私は、そのとき、「仕掛け」という言葉を思いだしました。しかし、同時に私は翼の音を聞いたような気がしました。

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