とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

あちこち「SYOWA」 2  蘇鉄

2016-02-10 00:03:51 | 日記


 ソテツにまつわる思い出です。Aは父親が入院していたある地元の病院に母と見舞いに行きました。本当は当時何歳であったのか定かに記憶していませんが、恐らく2、3歳だったのではとAは思い返しています。
 2階の病室に父は寝ていました。父は喜んでくれました。しかし、その父の瞳はAを見ていまんせんでした。それもそのはず父は視神経が委縮していて全盲だったのです。軍隊から帰ると食糧営団に勤務していました。食料はほとんどが配給だったので、そういうところに勤務していても食べ物は自由に手に入れることは難しかったと聞いています。まして酒などというものはどこにも売っていなかったと聞いています。戦後のどうにもならないもどかしさを晴らすために密造酒を作ったりして飲んでいたそうです。ところへ、誰かがいい酒を手に入れたので一杯やろうということになり、父親の友人数名がAの家に集まりました。水で薄めて飲んで、まずい、まずいと言いながら、それでもその場が盛り上がったといいます。
 翌日、父親は異変に気付きました。朝の気配が感じられるころになっても光が部屋にもれて来なかったのです。
「まだ夜が明けないのか」
 父親は大声でそう言いました。台所にいた母親は驚いて祖母を呼んで父親の枕元に駆けて行きました。
「父さん、どうしたの、とっくに明けているよ」
 母親はそう言いました。祖母は咄嗟に気付いたようです。
「だから止めなさいと言ったのに。なんということだ。目をとられてしまった」祖母は一晩で暗闇の世界に突き落とされてしまった我が子を抱いて泣きました。
 Aはそのときどうしていたか。記憶は定かではありません。父親は緊急入院して診察して貰いましたが、治療方法はありませんと医師は困惑しながらそう言ったそうです。
 それから父親の長い病院での生活が始まりました。Aたち家族はときどき見舞いに行きました。Aは父親が今どういう状況にあるのかきちんとした認識がなかったようです。だから暗い顔をした父をびっくりさせようと、その日は庭に出てソテツの葉を1枚千切って階段を昇りました。父はこんな葉っぱは見たこともないだろうと思いながらウキウキして病室に入り、その葉を見せました。・・・Aの記憶はそこで途絶えています。

 田端義夫 島育ち


島育ち/大山結奈_スマイリー園田のLiveAlive


 それからAの頭には「島育ち」の最初の歌詞「赤い蘇鉄の実も熟れる頃・・・」という部分が焼き付いて離れませんでした。

 
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