とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

翼の音

2013-05-04 23:53:41 | 日記
翼の音




 手塚治虫「火の鳥」より


 「湖笛」の「悲恋の盆唄」公演の日、私は妻と小学校に出かけ、比較的後ろのゴザ席で見ていました。長柄さんも来ているようでした。その他の私の知り合いの方も来ているような感じがしました。何しろ中村仙女の娘の初公演とあって、満席でした。
 最初は現代の盆踊りの場面でした。櫓の上に歌い手と数人の囃子方が居ました。そして、郁子さんが踊り子として梯子を上ってくると、大きな拍手の音が会場から湧き上がりました。花笠のまま一礼すると、品よく踊りだしました。厳しい稽古を思わせるような優雅な舞いを披露しました。櫓の下では、たくさんの踊り子が輪になって踊っていました。すると、舞台の上からまぶしいほどの光が注がれ、郁子さんの姿が霞んで見えました。そしていつの間にか郁子さんは姿を消しました。
 そして、幕。・・・幕が開くと、暗い世界が広がっていました。真ん中に正座をし、心もち頭を下げた格好の郁子さんがスポットを浴びていました。すると、どこからともなく、威厳のある低い声が響きました。

 私は、根の国に住むスサノオだ。・・・そなたをここへ招いたのは、他でもない、新川開削のことで頼みたいことがあるからだ。・・・アシナヅチ・テナヅチの末裔たちが日夜川づくりに励んでいる。その民を救ってやって欲しいのだ。

 救うと仰いますと・・・。

 そのことだ、力を与えてやってほしい。

 力 ?

 そうだ、お前はオオクニヌシの妻八上姫の生まれ変わり、だから、霊力を内に秘めている。そのお前がすべきことは自ずと分かるはず・・・。

 えっ、・・・。

 そうか、そうか、・・・では教えよう。食べ物を与えて欲しいのだ。

 食べ物・・・。

 そうだ、お前は里娘となって現世に降り、村人に食べ物を恵んでやる。ただそれだけのことだ。

 仰ることがまだよく分かりませぬが、出来ることなら何でもいたします。

 そうか、それでは早速・・・。

 そう言うと声が途切れ、舞台は真っ暗になり、しばらく無音の世界となりました。しばらくすると、舞台が明るくなり、村娘が篭を持って現れました。周りにはたくさんの男たちが働いていました。

 餅は要らんかいの、・・・食べると元気百倍、疲れが吹っ飛びますよ。
  
 おいおい、娘、お前がそう言っても金がないものばかりだ、ここでは売れはしないぞ。

 いやいや、欲しいだけ只でご馳走いたします。

 何、只で・・・。それでは、一つだけいただこう。

 一つとは言わずにいくらでも・・・。そう言われると男は何個も貪るように食べました。ところが、食べても食べても籠の中の餅は減りません。

 こりゃ、不思議なことじゃ。・・・何時の間にか娘の周りにはたくさんの男たちが集まってきました。

 こらっ、お前たちは何をしている。突然、現場を監督している若侍が駆け寄ってきました。侍は娘を見ると、はっと驚いたような表情になりました。

 そちは何をしている。

 餅を売っております。

 餅 ?

 そうでございます。
 
 名前は何と・・・。

 里でございます。

 里。

 はい。

 どこのものじゃ。

 えっ、その・・・。

 はっきり言え。

 建部でございます。

 建部、すると、南筋だな。

 さようでございます。
 
 餅売りだとか、私も所望したい。

 お断りいたします。

 なにっ。

 これは、里人だけに売るもの、お武家様には・・・。

 そうか、では、ちとお前と話がしたい。こちらへ参れ。・・・若侍が里の手を掴もうとすると、里はそれを振り払って身を引きました。なおも掴もうとすると、里の体がふわっと宙に浮きあがりました。

 おっ、どこへ行く。・・・そう言う侍を残して里は翼が生えたように宙を飛びました。観客のどよめきの声が聞こえてきました。私は、そのとき、「仕掛け」という言葉を思いだしました。しかし、同時に私は翼の音を聞いたような気がしました。

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