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(90年代のパチンコ・パチスロ情報がメイン)

レッツ(メーシー、4号機)

2012-11-14 20:41:00 | パチスロ4号機

(池袋「サードステージ」にて撮影)

 

1997年(平成9年)にメーシーから登場した4号機「レッツ」(Lets)

 

(ボーナス確率)

      BIG   REG   

設定1 1/293 1/512

設定2 1/278 1/482

設定3 1/264 1/443

設定4 1/256 1/410

設定5 1/248 1/381

設定6 1/241 1/364


 

マメと「ててて」(赤&白)が特徴的な、90年代後半の名機。メルヘンチックなモチーフとは対照的に、技術介入性の高さで人気を博した。

  

 

当時、ホールに貼られた「リーチ目表シール」には、主要なリーチ目の他、機種名「Lets」の由来LEGACY OF TINY SEED」(=下パネルにも書かれたキーワード…「小さな種が遺したもの」=豆の木)や、ビッグボーナス中の「マメ」と「BAR・BAR・7」(15枚役)に関する情報などが書かれていた。

特に後者は、シールに書かれた「Lets try」の文言から「レッツトライ機能」とも呼ばれた。ビッグ中の15枚役出現率で設定判別できる事を暗示したものだが(シールにも「お宝の在処はどこだ?」とあった)、実際には微差であり(設定6…1/3.79⇔設定1…1/4.22)、ビッグ中の小役判別にはかなりのプレイ数を要した。むしろ、小役減算値を利用した設定判別法の方が、遥かに有効だった。

 

本機のリーチ目は、シンプルでいて奥が深い。赤7・白7・BAR(ボーナス絵柄)の一直線系(鉄板)の他、V字型、山型、L字型、逆L字型とパターンは判り易いが、小役こぼし目やガセ目も多く含まれる。

また、中リールの「オレンジ・プラム・チェリー」「チェリー・豆・チェリー」や、右リールの「中段チェリー」(ゲチェナ含む)は、左リールの絵柄次第で強力な出目になる。

なお、「左7付きの中段マメ揃い」や「左枠上マメ⇒中段プラム揃い」など、成立後のリーチ目にも味がある(これを頻繁に出すのは素人だがw)。

 

また、通常時、ビッグ中とも技術介入性が高く、コンドル等で鳴らした目押しの猛者にも好評だった。

通常時の取りこぼしを防ぐには、左上段BAR(BAR・プラム・マメ)狙いが判り易い。ここからは「枠上BAR⇒上段プラムテンパイハズレ」や「中リールマメのスベリテンパイハズレ」など、アツイ目も存在する。

一方、ビッグ中は、逆押し小役狙い(8枚役・15枚役とも取りこぼす可能性あり)とリプレイハズシにより、適当打ち比プラス60枚以上の効果があった。但し、リプレイの下段受けはビタ押しハズシが要求される。レッツで最も緊張する場面である。

なお、目押しの達人として名高い必勝G誌・ドラゴン広石氏は、本機が対戦機種となった「91時間バトル」(98年6月)において、「7絵柄などルックスの悪さ」と「相性の悪さ」を短所に挙げている。「目押しスト」のすべてが、レッツを好んでいた訳ではない事を物語っている。但し、この対戦において、ドラ広氏はプラス3万オーバーの勝利を収めている(設定判別シートを持参し忘れたハンディをも克服)。


 

(個人的回想)

東京・四ツ谷の「エース」という小さなスロ屋で良く打った(新宿通り沿い、「コメット」近く)。仕事終りに、丸の内から四ッ谷までタクシーで乗り付けるという「愚行」を犯していた時期だ。会社でのストレスが、相当溜まっていたんだろうな…。ノーマルのA400にしてはやけに波が荒く、ビッグをポンポンと連打で引くこともあれば、バケ→ハマリのループでコインを一気に減らす事も多かった。

「エスプ」(瑞穂)や「サハラ」(ネット)も、この店でのお気に入り機種だった。純粋な技術介入を楽しみたいときはレッツやエスプ、ボーナス告知や簡単ハズシでマッタリしたいなら「サハラ」と、その時々の気分に合わせて台選択をしていた。仕事で疲れている時にレッツを打ったりすると、要所でビタ押しを失敗してへこんだものだ。

       

「エスプ」(瑞穂)…アルゼ(現・ユニバ)系初のCT機として話題に。Bタイプなので出玉は少ない。レギュラーボーナスがあり、CT中も何かと面倒だったが、「オマエダ星人」は好きだった…。                

 

「サハラ」(NET)…エジプトのサハラ砂漠をモチーフにしたマイナー機。「B-MAX」より前に出た新基準機(大量獲得タイプ)だが、それ程枚数は抜けなかった。完全告知タイプ。

 

四ツ谷「エース」はその後一旦閉店し、「オアシス」「沖すろ屋」→完全閉店となる。両店とも、21世紀を挟んだ一時期、都内スロッターの間で評判となった名物ホールである。

(当時の四ツ谷「オアシス」のロゴ)

(当時の四ツ谷「沖すろ屋」のロゴ…最期は、不幸な結果により閉店となった)

 

新宿の「緑豆」本店でも、ちょくちょくレッツを打った記憶がある。「豆」をウリにする店が、本機をないがしろにする筈はないと、高設定を拾いに行ったものだ。まぁ、仕事帰りにフラッと寄っても、良さげな台はしっかり常連に抑えられていたが…。

(当時のグリンピース・新宿本店の開店前風景)

 

★★追記★★

レッツ…1997年9月導入

サンダーV(アルゼ)…1997年11月導入

ドラキュラEX(ネット)…1997年3月導入

ファニーサンタ(タイヨー)…1998年7月導入



2 コメント

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Unknown (あなろぐ)
2012-11-14 21:14:51
当時行ってたホールには導入されず一度だけ他店で触りましたが高等技術を要するので諦めました‥
確かサンダーと同時期すよね?

ファニーサンタとかドラキュラもこの時期かなあ???
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Unknown (マサルちゃん)
2012-11-17 05:58:07
オマエダ星人は、G紙の企画が名付け親でしたよね? あれ違うかな
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