さんたろう日記

 91歳、会津坂下町に住む「山太郎」さんたろうです。コンデジ持って残りの日々を楽しもうと思っている爺いです。

静かな初冬の空の夕暮れに

2017-12-07 | 日記
遠い日の思いがよみがえる。




三歳の頃かと思うんです
父の肩車に乗って、当時は山の村には珍しい亀と言うものが来たと言うので見に行きました。そのときの父の肩の温かさと、そのときに見た大きくて明るく丸い月が思い浮かびます。これが私の一番古い原初の思い出なんですよ。

同じ頃のことなんでしょうけど父は何度か私にこんな事を言っていました。

「お前をおんぶしてお母さんと一緒にお母さんの実家に行く時のことなんだけど、広い野原のすすきが風に揺れて波打っているのを見て背中のお前は「あれ、すすきが、てっててってと駆けってる」といったんだ。俺はおまえが面白いことをいうのでこれは大きくなったら詩人になるんじゃないかと思ったんだ」と・・

私は少しも記憶にありませんけど私は幼い私への父の期待に添えずこんな凡俗んな爺いになっています。詩人にはなれませんでした、ごめんさい。

四歳の頃のことでした。
私の家の隣には同い年の可愛い女の子がいました。私たちはいつも二人でで遊んでいました。初秋のことでしょうか、私たちはお手々つないで西の空の夕焼けを見ていました。
ほかにも男の子も女の子もいたように思うんですけど、何故か懐かしい幼なじみはその子だけなんですよ。

五歳になると父の仕事で別な場所に移り別れてそれっきり会ってはいないんですけど、あるとき偶然に家内が電話でよく話し合う友人が私の幼なじみの女の人だと分かったのです。

私は懐かしくなって密かにその人に電話しました。ちょっとときめいていました。だって五歳になった時別れてからなんの接触もなかった人への初めての電話なんですから。でもその人も覚えていてくれました。「二人で手をつないで夕日を見たことがあるんですよね」というとその人は明るく笑って「あれって二人の初恋だったんでしょうか、でも結婚の約束はしませんでしたよね」といってからからと笑っていました。それっきりでそれ以来二人にはなんの接触もありません。でも家内はあの人はあなたのこと懐かしいと言っていたよと言っていました。秘密のつもりの電話はばれていたんです。

五歳になった新しい土地でで同い年の男の子の友達が出来ました。
背は大きくて元気で優しい友でいつも二人で遊んでいました。彼の家の裏の沢でカワガニを捕ったり、山で紫に熟れたアケビを採ったりして楽しんでいました。でもいつもリーダーは彼でした。

私の住んでいた家の裏には大きな流れの只見川がありました。そしてそこには対岸の山道に行くための鉄索と言うものがありました。只見川をはさんでこちら側とあちら側にしっかりとした櫓が組まれその間に太い鋼鉄のワイヤーが張られそのワイヤーに滑車のついた籠がつけられていて山の柴木など荷物を積んだ人が籠に乗って往来していたんです。ワイヤーには太いロープがつけられていてそのロープをたぐって籠を動かしていたんです。

あるとき二人はこちら側の櫓に止められていた籠に乗って遊んでいました。ところが突然籠の止めが外れて籠は二人を乗せて滑りだし両側の櫓の真ん中あたりで止まりました。下はとうとうと流れる只見川の急流です。私は怖くなって大声で泣きました。すると友はなにも言わず立ち上がってロープをつかみ籠を動かそうとしたんです。ロープは大人の腰のあたりに張ってありました。五歳の子供のちょうど頭の上あたりです。友は泣いている私などかまわず少しずつ少しずつけなげにも籠を動かしました。随分時間がたちました、しばらくするとそのことに気づいた人たちが櫓の近くに集まってきました。「動くな座ていろ」大人たちの大声に友はロープをたぐるのを止めて籠に座りました。ロープがたぐられ櫓に着くと私は大声で泣いて母の腰に抱きつきました。友は大きな兄さんにつかまって「このばか野郎」と激しくげんこつで頭を打たれました。でも友は決して泣き声など上げませんでした。

20数年後私はその地を訪れて友に会いました。友は大きな建設会社の社長さんになっていました。鉄索の思い出を話すと彼はそんなこともあったねとおかしそうに笑いました。

幼い頃の思い出ってほんとに楽しく懐かしいですよね。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
« 寒い初冬の散歩道 | トップ | 澄みきった空に飯豊連峰が輝... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

日記」カテゴリの最新記事