ブログに更新するのは最近家庭菜園のことばかりですが、ちゃんと仕事もしています。
もうすぐお盆。13日のお墓参りに続いて14、15日は棚経に回ります。
最近はあまり朝早いのも困ると言われるし、都合があるので日にち指定、時間指定をされることもあります。
そんな中でなんとかスケジュールを組んで各家庭を回るのですが、なんと今回棚経の時に買い忘れたお供えのお餅(このあたりではお供えに安倍川餅をお供えすることがある)を買ってきてほしいというリクエストがありました。
本人としてみれば本当にこまっているので頼んで来るのですが、タイトなスケジュールの中ではかなり厄介なお願いです。
その方は一人暮らしで足も痛いのでいつも買い物はヘルパーさんに頼んでいるそうです。しかし、今回頼み忘れたので買ってきてほしいということなのです。
そういえば、この間お盆にお参りに行けないのでお布施を今すぐ取りに来て欲しい、ついでにまだお昼を食べていないのでパンを買ってきてほしいというお年寄りのリクエストもあったっけ。
ほかにも霊園墓地でお経を上げて欲しいので霊園まできて欲しい、その際途中に家があるのでそこまで迎えに来て欲しいということもありました。ほとんどタクシー替わりです。送迎までしてもお布施はタクシー代にも満たないということも。
そういう話を聞くとさぞかし孤独で体の悪いかわいそうなお年寄りなのではと想像しがちですが、こういう方には特徴があって、まずお金には困っていないのでヘルパーさんやらなんやらたくさんの人に色々なことを頼むのが当たり前の生活になっている一人暮らしのお年寄りで同居はしていないものの子供も孫もいるという方です。足腰が悪くひとりで外出するのが難しいというのも特徴の一つです。
おそらくお子さんたちは自分の親がそういう状態になっていることに気がつかないんでしょうね。それとも気がついていても見て見ぬふりをしているのかもしれません。親子といえば一番強い絆で結ばれているはずなのにその絆がぼろぼろに崩れている寒々しさを感じます。
逆に本当に生活に困っている方はそんなリクエストをすることもなく遠慮がちというのが定説です。
お寺のお坊さんというと偉そうに威張っているというイメージを持たれている方もあるかもしれませんが、こんなこともあるんですよ。
それともこういう経験をするのは私だけでしょうか?威厳がないからなんですかね。
困っている方の手助けをさせていただけること、気軽に頼っていただけることはそれはそれでありがたいことではあるのですが、こういう形のお手伝いで良いのか、本来はもっと違う形でお手伝いすることがあるのではないかという思いもあります。
あまりにも時代の変化が激しくて価値観の変化に対応していかれないだけかもしれませんが。
どう考えるべきなのか・・・悩むところです。