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京都精華大学人文学部・住友剛のブログ。
関西圏に関することを中心に、教育や子ども・若者に関する情報発信を主に行います。

大阪市の公立保育所職員対象の事故防止研修をやってみて思ったこと

2018-05-13 09:35:11 | 私の「仲間」たちへ

これから書くことは、おととい金曜日(5月11日)のことで、実はフェイスブックにも書いたことでもあるのですが。でも、大事なことだと思うので、ブログにも書いておきます。

さて、おとといの午後から、私は大阪市保育・幼児教育センターで公立保育所の職員対象の事故防止研修で講師を務めてきました。

まあ、例の保育事故防止や発生時の対応に関するマニュアルができたので、これを周知徹底する第一歩ですね(あらためて画像を貼りつけておきます)。ちなみに、5月は公立保育所職員対象(といっても全員ではなく、まずは所長さん・主任さんあたりが来るわけですが)、6月は民間施設の職員対象で、まずは「こんなマニュアルができたから、ちゃんと読んでね」(=「知らんかったとは、言わせないぞ」という意味でもありますが)という研修をやる予定になっています。

それで実際にどんな研修をしたかというと…。

まあ、1時間程度私の方から「こんな趣旨のマニュアルですよ」という説明をして、そのあと30分くらい4~5人でのグループ討論。そして残り時間で3つくらいのグループからどんな意見がでたか報告してもらって、その意見をもとに私がまとめの話をするという流れですね。

ただ、こちらとしては、できるだけ保育現場の職員のみなさんの気持ちをつかみながら、事故防止の取り組みに意欲・関心を高めていただくことを念頭において話をしました。

なので、たとえば…。

(1)「毎日朝から晩まで子どもや保護者と向き合って、ヘトヘトになっているときに、こんな難しいことばばっかりのマニュアル渡されたら読む気起こらんわ、なんていう人、いるでしょ?」とか、「文字を学ぶ前の子どもたちの世界にどっぷりとつかりこんで仕事しているから、そこからおとなの文字の世界に戻るのにハードルがいくつもあるでしょ?」という話を織り交ぜたり…。

(2)「マニュアル読めとか、マニュアルにもとづいて保育現場で職員間の事故防止についての話し合いをしろとか言われても、いったいどこにそんな時間があるの?って思うでしょ」という話を入れてみたり…。

(3)グループ討論の時間についても、「忖度とか飾りごととかいらないから、今の各保育所の事故防止の取り組みのありのまんまを話そう。できてないことは、できてない。やる気もおきないなら、やる気でない。まずは、それでいいです」というところから話をしていただくとか…。

まあ、そんな感じで、こちらは運営を心がけました。

また、折にふれて、うちの妻の民間保育園での調理場(妻=管理栄養士+調理員)と保育室(保育士)さんとの誤嚥やアレルギー事故防止をめぐるバトルの話も織り交ぜておきました。

そして、こういう話をひととおりした上で…。

(4)「マニュアル読めとか話し合いしろとかいわれても、もう、そんなの忙しくて無理…って思うかもしれない。でも、保育という営みが本来、養護・福祉、つまり子どもの命を守り育むという営みと、教育、つまり子どもが新たなことにチャレンジし、いろんなことを学び成長することを助ける営みとの両立によって成り立つのであれば、この事故防止の取り組みはまさに保育の本質である「子どもの命を守り育む」という部分にかかわる話です。だから、事故防止の話をすればするほど保育への理解も深まるはずです。そう考えたら、マニュアル読むなんて忙しいから無理…と思う時ほど、何が保育の本質かわからなくなってるときかもしれない。なので、仕事の優先順位を考えて、まずは事故防止の方に目が向けられるようにしてくださいね」

という形で、私からの話をしめくくりました。

要するに、保育現場に居る人たちの「良心」というか「矜持」というか、そこに訴えかけることを意識した終わり方にしたわけです。

すると、小グループ討論がめちゃくちゃ盛り上がりまして…。研修終わってからも保育・幼児教育センターのあちこちで続きやってる方見かけましたね。続きの話し合いが保育現場でできるような「サロン」がほしいと言って帰った人もいました。

なので、「ああ、いかに普段、この保育現場の人たち、ホンネで事故防止について話せる機会が持てていなかったのか」とか、あらためて実感した次第です。

ちなみに、上記(1)~(3)はそのまんま、今の保育事故防止に関する研究の抱えている課題であり、同時に学校事故防止に関する研究にもあてはまることです。すなわち…。

(1)事故防止のマニュアルつくったり解説本を書いたりしている研究者・専門職+保育・教育行政関係者は、「保育や教育の現場に届くことば」がなんなのかにあまり意識が向いていなかったのではないかと。だから、何も考えずにいると、研究者・専門職+保育・教育行政関係者は自分たちの専門領域のことば(あるいは行政のことば)をそのまんま、こうしたマニュアル類に書きこもうとする。なので、なかなか伝わらない。「これを理解するのには高度な知識が必要…」と、保育・教育の現場にいる人々に思わせてしまう。でも、実際はそうではなくて、保育や教育の現場で働く人々の感性、発想、思考のパターンに沿うように事故防止のメッセージを発信するということが、むしろ研究者・専門職+保育・教育行政関係者に求められているということでは?

(2)(1)と同様に、研究者・専門職+保育・教育行政の関係者は、事故防止のメッセージを発するときに、それを受け取る側の置かれている状態を考慮していない。いくらまじめに事故防止について考えようと思っている人でも、他の仕事に追われてクタクタになっていたら、考える気力すら起きない。また、事故防止についてまじめに保育・教育の現場で話し合おうとしても、その時間すらとれないくらいカリキュラムが過密化していれば、やはり話し合いは促されない。事故防止の取り組みを行うための「条件整備」として、こうした課題の解消が必要不可欠。

(3)「事故防止はかくあるべき」という理念、たてまえ、規範意識はとても大事。でも、それが強すぎると、「でも、それがなかなかできていない」という現状から出発する議論に、なかなかつながらない。「お前らかくあるべきなのに、できていないやないか!」と怒鳴られて、「はい、申し訳ありません、改善します」というだけのコミュニケーションに終わりがち。でも、ほんとうに大事にしなくちゃいけないのは、「かくあるべき」と思いながらも「なかなかできていない」現状を見つめて、「どこからだったら手がつけられるか?」を考え、地道にこつこつ改善していくこと。だとしたら、時には「かくあるべき」という話をいったん脇において、「いま、どうなっているの? できていないことはできていないでいいし、怒鳴ったりしないから、まずは正直に話をしてほしい」というところから議論をすすめたほうがいいのでは? でも、研究者・専門職+保育・教育行政の関係者は、「かくあるべき」の話をこれまで中心的にしてきたのではないか?(しかも、場合によれば「お前ら、こんなこともわからんのか!」みたいな怒りも込めながら…)

(4)そして、その研究者・専門職+保育・教育行政からの「かくあるべき」の話も、保育や教育の現場で働く人々の「誇り」とか「矜持」「良心」に訴えかけるような語り方ができていたのかどうか。「よし、現場は毎日いろいろあってしんどいけど、それでも自分はこの仕事に携わっている以上、この方向を大事にしてもう一度、がんばってみよう」と思えるような、そんな語り方になっていたのかどうか。

…というようなかたちで、「やっぱり、これまでの保育事故や学校事故研究の領域で語られてきた『ことば』の点検、吟味って大事だよなあ」ということ。そのことをあらためて今回の大阪市の公立保育所職員研修では思ったのでした。

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