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日本政策投資銀行職員の送迎に従事していた運転手が偽装請負の改善を要求後強制異動させられ雇止めされた事件を社会に公表する。

No.13 仙台地裁 高取真理子裁判官の誤判(6) 名取閖上津波訴訟

2018-04-09 14:46:06 | 日記
 平成30年3月30日仙台地裁で高取真理子裁判長によって言い渡された被害者原告の請求を棄却した判決は不当というよりも、血も涙もない非人道的判決と言うべきものである。

 どのような判決内容が記載されているか分からないが、同じ高取真理子裁判官によって判決を受け、その判決文の内容に憤慨した者としては認定事実や判決に大きな間違いがあり、自由心証を濫用した恣意的に正当化した内容であることは想像できる。少しでも納得いくような判決文と内容ならば控訴に躊躇するだろうが、自分は躊躇せず控訴した。本人訴訟をした身だからこそ認定事実に誤りがあることが明らかであり、これを認めることはできるはずはない。認定事実の理由も記載されず、立証されていない被告の主張が認定事実されることは容認するものではない。

 証人尋問では弁護士が付かない原告の代理としての役目を果たすどころか反対尋問のごとく行われ、すべての準備書面でも証人尋問でも「長く(定年まで)勤める意思を明らかにしたもとに契約した」と述べているのにも拘わらず「1年で終了する認識があったのですよね」「1年で終了すると言われたのですよね」と誘導する誤導質問を繰り返した。被告証人に対する反対尋問では、被告証人が言葉に詰まると、高取真理子裁判官は口を挟んで原告の質問を静止させた。逆に原告に対する被告代理人弁護士の反対尋問では、配転や雇止めに直接関係ない配転後の勤務場所である日本総合サービス仙台支店の空調に関し長く質問時間を費やしたのにも拘わらず被告代理人弁護士の質問を静止することはなかった。

 法廷の四面楚歌の中でやり抜き、尋問調書を読み返し勝訴すると確信したのであるが結果は原告の主張、証拠が一切無視され、立証されていない被告の主張が認定事実されたのである。当然、立証されていないものを認定事実とし、それを正当化するためには無理に理由をつけなければならないため、理由にならない理由になるものである。それが「原告は銀行から課せられた付帯作業に対し不満を述べ改善を求めていることからも異動させる業務上の必要性があると認められる」という判断内容になるのだ。民法第623条の偽装請負の改善要求が異動を正当化するという判決を平然と記載したのである。このような判断をする者が東日本大震災名取津波訴訟を審理し判決していたのである。

 先のブログにも記載したが自分は名取市閖上に近い場所で暮らしたことがあるので多少地理が理解できる。被害者家族の御遺体は閖上小学校近くで発見されたようであるが名取川河口から直線で約2km。小学校、中学校は閖上の西端にあたり、ここまで流された。被告名取市長は避難指示誘導させる車両を出すことは自ら災害にあうと判断して出さなかったが、名取市役所は海外から内陸に直接で5km以上あり、閖上小学校までは約4km、ほぼ直線の片側1車線の道路が走っている。名取市役所が海の側にあるのならば多少理解はできるが、5km離れた内陸から避難指示の車両を出さない理由が自ら津波に巻き込まれかねないというのは理由にならない。裏を返せば、あえて沿岸部の住民が津波に巻き込まれることを認識した上で見殺しにしたと言わんばかりの理由である。

 津波で亡くなられた方は701名。避難指示の車両を出していれば助かった命はあったはずである。高取真理子裁判官は被告名取市の主張を認め、車両を出しても津波から巻き込まれないという保障はないと判断したが、それは、原告の家族の居住場所や亡くなられた場所だけで判断した結果論でしかない。車両が出され避難指示をよびかけていれば、車両が被害を避け途中で引き返したとしても、それまで避難指示を耳にした住民の行動や叫び声から避難を躊躇していた住民も避難し初めるものではないか。

 防災無線の故障も理由にならない。防災無線から避難指示が発せられなかった為に津波が来ることはないと判断して避難しなかったのならば、むしろ防災無線がなかったほうが自らの判断と、近所からの声かけで避難し多くの人命が救われたに違いない。2時46分に発生した地震によって直ぐに津波が襲いかかったのではない。時間はあったのである。

 藩制時代からの港町である閖上だからこそ住民の繋がりが深く、避難を呼びかければ多くの住民が一緒に避難したことだろう。それでも被害を避けられなかった方がいたとしても行政が避難誘導の行動を起こした上での結果とそうではない結果とは違うのである。

 裁判官がAIであったならと思う。膨大な法律や判例をもとに多くの案件を抱えている裁判官にとって、ひとつの案件を時間をかけて審理することは不可能である。いまや、早く処理できることが人事査定で良い評価を受けると聞く。その為に理由にならない判決内容が罷り通ることがあることは自ら実感している。しかし、AIは膨大な法律や判例を分析し、的確な判決を下す反面、状況に応じた判断はできないだろう。数学的な思考はあっても国語的な思考はない。1+1=2である判断はできても2になる要因や背景を分析はできない。裁判官が人間なのはAIでは不可能な血が通った判断ができるからだ。今般の東日本大震災名取津波訴訟にしても単に1+1=2であったと判断しただけで2を回避するために何をしたのか?1でなければ2にならなかったはずだという判断はされていない。こうした判断は人間ができるものであり、そうしたことが今や裁判官ができないのならば裁判官が人間でないほうがよい。裁判官にとって多くの案件のうちの1つであっても、本人にとっては下された判決によって人生が変わってくるのである。高取真理子のような裁判官は無用である。















 
 



















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