ご飯を食べたら、しばし「満腹」を感じてすぐに終わる。 2015-11-28 08:03:55 | 明け方の箴言 ご飯を食べたら、しばし「満腹」を感じてすぐに終わる。これと同じく、<肉の世界のこと>は「よいこと」を感じても、すぐに終わる。 <世の中の肉の愛>は快楽も感じも一瞬だ。
<霊的なこと>も「感じ」、<肉的なこと>も「感じ」だ。 2015-11-28 08:02:30 | 明け方の箴言 <霊的なこと>も「感じ」、<肉的なこと>も「感じ」だ。その<感じ>は「幸せと喜びと甲斐」を与える。神様は人々に「感じる祝福」をくださった。 <よいもの>を見て聞いて行なう中で感じるべきであって、<悪いもの>を見て聞いて行なう中で感じたら、体も脳も心も考えも悪くなる。
よいと感じれば、喜びと幸せが爆発する。 2015-11-28 08:00:37 | 明け方の箴言 よいと感じれば、喜びと幸せが爆発する。 ご飯を食べても「感じ」、お茶を飲んでも「感じ」だ。 御言葉を聞いても「感じ」だ。感じてこそ恵みがあるし、悟るようになる。 御言葉を行なうときも「感じ」だ。行なう中で来る甲斐・喜び・幸せ・達成感などの感じだ。 財物を得ようとするときは「希望の感じ」で、得た後は「使用の感じ」だ。 <環境>も「喜びと甲斐」と「よいこと」を感じるために、よりよく作り、よりよい所に行って住む。 <感じられない人>は「死んだ人」だ。「植物人間」だ。
人々は感じようとする。 2015-11-28 07:59:04 | 明け方の箴言 人々は感じようとする。愛する人たちも体と心で「愛」を感じようとするし、登山やロッククライミングをする人たちも体と心で「スリル」を感じようとする。
人は年をとるにつれて「細胞」が死に、「脳の感覚」が鈍くなる。 2015-11-28 07:56:32 | 明け方の箴言 人は年をとるにつれて「細胞」が死に、「脳の感覚」が鈍くなる。だから見て聞いて行なっても、<感じること>が弱くなる。