ときどき通る道路沿いの小さな田圃に今年も案山子が
立った。
だが、この手作りの案山子も虚心では見れない心境である。
先日、故郷(福島県南相馬市)の知人Sさんから便りが
あった。
Sさん夫婦は娘さんの嫁ぎ先の埼玉県にしばらく避難し
ていたのだが、昨年秋に故郷の奥さんの実家に一時戻ら
れた。
その間、月に2回ほど、埼玉の病院に入院したままの
義母(奥さんのお母さん)を見舞うため600㌔を車で
往復。何度も道を間違え、限度だったとか。
そのため今年の2月に思いきってつくば市に転居、幸い、
お義母さんも同じ市内の病院に転院できたのだという。
Sさんご夫婦にとって、これで8回目の転居となる。
故郷の自宅は現在、警戒区域から避難解除準備区域と
なり、掃除などで入ることはできるが、寝泊まりはでき
ない状態にある。
(これまではいちいち申請を出して許可をもらって
1~2時間の滞在のみ可能だった)
現在は60坪の畑を借りて秋野菜から冬支度の準備に
汗を流している。
妹さんのところに預けていた、しば犬のゴンを引きとり
ようやく落ち着いたといわれるが、これまで一日たりと
安穏な日はなかったであろう。
晴れた日には掃除を兼ねて家屋に風を入れるために自宅
に向かう。
唯一の鉄路であった常磐線は茶色に錆び、場所によっては
丈高い草におおわれ、小鳥やカラスのいない住宅付近は
野生のサルやイノシシが出没、見たことのない不気味な
沈黙の光景に化しているとか。
それでも故郷の空は今日も澄みきって、イワシ雲がたな
びいている。
だが、田畑にはかつてのような秋の実りのいろはないと
結んでいる。
Sさんは書を愛し、なかなかの読書家でもある。
故郷の田畑が秋の色に染まる日は、いつになるであろう。
近くの小さな田圃が色づくのを見るたびにSさん夫婦を
思い、故郷の空に思いを馳せるしかできないでいる。