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今年の締めはまじめな話で。

2007年12月31日 | 
僕は、クレーは撃つが狩猟はしない。
理由は、ゲームでは殺せないから、
昔はゲームフィッシングと称して、トローリングやジギングをやっていた。
でも最近は時に惹かれる感じがない。
少なくとも【ゲーム】と呼ぶことに違和感を覚えてきたからだろう。

そういう類の釣りを『人と魚の知恵比べ』と表現する人たちがいるが、片や命がけ、片や失敗しても「残念っ」で済んでしまうわけで、かかっているものが違い過ぎはしないか?
『人は銃を持って初めて猛獣と対等』などという暴言もある。
1:初めから殺すつもりで
2:相手の攻撃が絶対に届かない距離から
3:致命傷を与える武器を装備している
何一つとっても対等ではない。

たとえば漁師なら、生きるため=食うために殺すのだから、
単純な食物連鎖の上位者にすぎない。
北海道の漁民が、網を食い破るトドを撃つのも仕方ない面もある。
外国の自然公園では、コントロールハンティングとして、増えすぎたゾウを撃ったりしているが、これも人の手を加えないと生態系を維持できないのだから、
やはり仕方ない面もあるだろう。
仮にそういうゾウの象牙が外貨獲得の手段として使われていたとしても、
そのお金が国立公園の維持管理に使われているのならば、
大局的には生態系のサイクルとして認めざるを得ない
・・・嫌な話だけど

必要だから殺すということは、自然な営みでしかない。
それは「かわいそう」などという偽善の対岸にある。


・・・とここまで書いた上で、
僕は狩猟はしない、でも一定のルール下において、ゲームとしての動物虐殺は
『あり』だと考える。

ルールは簡単【条件をそろえる】たったこれだけである。
人間側は武器としての爪も牙も無いのだから、サバイバルナイフ2本くらいは持っていいだろう、もちろん人間側は明確な殺意を持って臨むのだから、猛獣側も発情期とかのイケイケ状態でなければ精神的にイーブンとは言えまい、
その上で果てしなく勝算のない殺し合いに臨むのであれば、
「まぁがんばれよ」と生温かく応援する。

それでも生きてる動物を撃ちたいという人も沢山いるだろうから、

*****以下の文章は削除されました*******



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