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悦山人の“モノ”がたり

人間として生まれてきた限りにおいて、その目的、意味、価値、そして生死去来、これらと向かい合う悦山人の小説を紹介します

大丈夫だよ、心配するな。その十六

2024-12-31 | 日記

 

 

大丈夫だよ、心配するな。その十六

 

 

「積みてや」

もはや考えは過ぎ去っても、積み重ねることが大事だ。そこから新しい価値が生まれる。たとえば、物事のつやはそれで、何よりも変えがたい。だから、こつこつと考えることである。そうすると、考えたあとから追っかけてくるものがあって、それが熟考であった。

 

(ドラフト①)

 

 

「渋みあり」

考えすぎると無駄がやってくる。なぜなら、考える過程において、余計な邪念が入ってにごるのだ。にごった状態では明らかなものがない。つまり、何度も繰り返すことによって、そのにごりを渋くするのである。渋みの中にこそ真実があって、それが論考であった。

 

(ドラフト②)

 

 

「古びても」

無心のままに考えてみると、考えること自体がよそ行きになる。そのよそ行きが夢の中になったときに激しく働いて、今までにないものが見えるのだ。これはまったく否定できない。古びたところから、俄然、真新しい考えが現れるのであって、それが勘考であった。

 

(ドラフト③)

 

 

 

追記:以前、考えても仕方ないものについて掲載した。参考にしてください。

暮れなずむ影の音 - 悦山人の“モノ”がたり

 

 

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