Dr.keiの研究室2-Contemplation of the B.L.U.E-

『光ほのかなれども-二葉保育園と徳永恕』 野口幽香と徳永恕

最近になって、「徳永恕」という女性に興味が出てきた。

彼女は、日本初の保育園で有名な『二葉保育園』の二代目園長先生で、初代の野口幽香の後継者となった人物。

保育士の採用試験ではよく出てくる人物だけど、彼女がどういう人間か、知れば知るほどに惹かれる。

http://www6.plala.or.jp/guti/cemetery/PERSON/T/tokunaga_y.html

保育園黎明期の立役者としてではなく、民間の母子支援のパイオニアとして、徳永恕は学ぶところが多いように思う。

上の本、『光ほのかなれども』は、そんな徳永恕の生涯を追った稀有なノンフィクション作品。

この本を読むと、きっと「保育」がかなり楽しく、というか、深くなるように思えてならない。


例えば、保育士採用試験必須の知識である『野口幽香=二葉保育園』だけど、この野口という女性が、どれほど魅力的な女性だったか。

小学校の教材にもなっている。
http://www.hyogo-c.ed.jp/~gimu-bo/doutoku/tyu/tyu06.pdf 

引用してみよう。以下、野口の言葉である。

「森島さん(*森島美根)と私は、麹町の近くに住んで、いつも二人で永田町にあった華族女学校の幼稚園に通ってをりました。その途中、麹町六丁目のところを通りますと、往来で子供が地面に字を書いたり、駄菓子を食べたりして遊んでゐる姿を、よく見かけました。幼稚園の帰りに、夕方そこを通っても、やはり、往来で遊んでゐます。一方では、蝶よ花よと大切に育てられている貴族の子弟があるのに、一方では、かうして道端に捨てられてゐる子供があるかと思ふと、そのまま見過ごせないやうな気がしてきました」(p.38)

「華族女学校の幼稚園の経営は、大体のところ、保姆(ほぼ)である私どもの自由になって、大へん働きよい場所ではありましたが、ただお乳母日傘式に育てるだけで、信仰を中心として子供を導くことは許されてをりません。その点で、いくらか物足りないものを感じてゐた折でしたから、かうした道端の子供を集めて、フレーベルの理想通りにやって見たい、といふ希望が期せずして若い二人の胸に湧いてきたのであります」(同)


この二つの文章は、もう名文だと思う。国立大学の付属として始まった公的な(上流階級向けの)幼稚園に対して、保育園はそのはじまりにおいて、民間的というか、市民的というか、草の根的というか、そういうところから生まれた孤児救済の思想に基づきつつ、フレーベル(きっとその背後にあるペスタロッチ)の理想を実現しようとしていた。そして、幼稚園が公教育(=国民教育)の象徴となっていく一方で、保育園は信仰=キリスト教に基づく救済活動の文脈にあったということ、そこに現代の幼稚園と保育園の違いが現れているように思う。

ドイツの幼稚園は、そもそも孤児救済+母子支援という文脈で生まれてきて、国家との抵抗運動の中で発展してきた。日本の幼稚園は、上に書いてあるように、貴族の子弟のための教育施設として生まれている。

日本の保育園はそもそも、民間的で、信仰的で、孤児や貧困といった問題にかかわろうとするセツルメント運動的なものから始まった、というところに、僕は魅力を感じる。元来、保育園は野口のような精神によって生まれた、というところに、希望を感じるのだ。

左が野口幽香、右が森島美根。(p.37)


さて、徳永恕について。

彼女は、ほとんど文章を残していないという(p.185)。著者は、そんな彼女の貴重な文書を見つけ、それをそのまま引用している。「貧児保育の話」という文章で、「婦人と子ども」(大正6年=1917年6~7月号)に掲載されたものらしい。

孫びきになるけど、ここで、引用しておきたい。彼女の視点に注目したい。この話は、田中町というところのトンネル長屋なるところ(2畳~3畳ほどの部屋が集まる貧困層の集合住居)に徳永が入っていくシーンの描写らしい。(トンネル長屋トンネル長屋?)

「先ずトンネルの端から這入りこみますと、中はまっくら、人の居るのも下駄のあるのもさっぱり見分けはつきませぬ。そろりそろりと歩を進めまして、やうやう暗いのに慣れて来ますと、初めて両側の部屋に人間の居るのが見えて参ります。目を据ゑてよくみますと、男も女も、親も子も皆裸で、どの部屋にも、ごろごろと寝て居ります。二畳の間に四人も五人もが、からだとからだを相接し、足と頭とを相触れあっても、彼らは尚熟睡して居ります。南京虫のために眠ることが出来ぬと訴ふる者もあれば、足も手も一面に化膿して仰臥した儘ギャアギャアと泣いて居る子供もあります」(p.186)

「…」

「父親はと聞けば、日雇人夫で一日四十銭の収入、其内五銭は家賃、一日の日がけと申事、而かも雨が降れば彼等の収入は皆無となり、お天気のよい日も尚仕事の得られない日がいくらもあるとの事です。…勿論、収入のない日は、彼等は食べずに寝て居るさうです。絶食、きいてさへ恐ろしい此文字が事実に現れて、一日はおろか二日も三日も続く時などには、まあ、どんなでありませうか。大人は尚これを忍び得もしませうが、頑是ない子供に飢ゑて泣かれる時の親心、まあ、考へてみて下さいまし…」

徳永は、こうした貧困層の子どものみならず、その家族にも意識を向けていた。貧困層の人が暮らす場所に赴き、そこで彼らへの支援やその方法について真剣に考えた女性だった。

この時代は、今と違い、本当に多くの極貧の家庭やその子どもが多かった。ペスタロッチの時代もそうだったが、日本のこの時期の貧困層の子どもたちは、実にたくさんいたし、また、徳永のような慈善的精神をもった人間が自由に動ける時代でもあった。(それは、オーストリアのヘルマン・グマイナーも同様だった)

今の日本には、ストリートチルドレンや上のようなトンネル長屋に住む極貧家庭で学校にもいけず、食べるものもないという家庭はいないとはいわないまでも、ほんの極僅かとなっている。徳永の時代に比べると、上に描かれるような子どもは、何よりも「マイノリティー」であり、国民的関心になかなかならない。虐待問題こそ話題にはなるが、深刻な虐待はそう多くはない。捨て子にしても、児童殺害にしても、やはり「マイノリティー」であることには変わりなく、赤ちゃんポストも、多くの人に、「例外的な問題」と片づけられる。

つまり、徳永の時代と比べても、当時彼女たちが問題にしていた貧困児は、相対的に希少であり、「社会問題化」することが難しい。赤ちゃんポストは一時期話題にはなったけれど、「捨て子問題」がその後、大きく注目されたか、といえばそうではない。

けれど、問題がないかといえば、そうではない。数的には少なくとも、極めて深刻な状況下にある母子は存在し続けているし、そうした母子を救うための取り組みもないわけでもない。「望まない妊娠」の問題もなくなってはいないし、また中絶によって奪われる胎児の数はまだまだ多い。虐待によって命を落とす子どもも年間100人ほどいるし、「助けを必要としている人」は、少なくとも、存在する。

何が言いたいかというと、かつての時代よりも、こうした支援がしにくい時代にある、ということだ。徳永の時代のように、町のあちこちに浮浪児がいるわけではない。ゆえに、共感されにくい、というか、一般化されにくいというか、そういう部分がある。けれど、そういう数少ないマイノリティーである子どもやその母親を無視しないこと、それこそが、最も大切なことではないか。

(それから、もう一つ。こうした問題は、今や、そのほとんどが「国家」「地方行政」の仕事になってしまっている、という点だ。あるいは、補助金(税金)頼みの活動になってしまっているという点。NPO等の活動も増えてきているが、メインは児童相談所や児童福祉施設等の行政サービス等となっている。FREE-WILLに基づく自由な活動にはなかなかならない)

この本を通じて、過去と今の対話ができるような気がした。


本書の著者お二人も実に興味深い。

上と山崎は、夫婦で、共に著名な作家であり、また共に「女性解放運動」に強い関心を示す人であった。60年代の安保反対運動の時代の人でもあり、シュテルニパルクのモイズィッヒ夫妻同様、「新たな子どもの居場所づくり」に尽力しようとした夫婦であった。上は、「<保育の社会化>」と呼んでいたが、保育園の意義を認め、保育園を世に広め、働く女性=新たな女性のための基盤を作ろうとしていた。男女共に働ける社会の実現に、保育園は有益である、と。ゆえに、「わたしたちは、…いわゆる家庭保育よりは保育所・幼稚園における集団的な保育の方がすぐれていると教えられた」(p.24)、というのである。

「母親とふたりで密室に閉じこもっているような生活と、わんぱくもおとなしい子も含め同年齢の仲間のおおぜいいる保育所での生活と、どちらが子どもにとって真の幸福なのだろうか。その答えは、もはや改めて記すにおよぶまい」(p.26)。

ここに、幼稚園VS保育園の対立はない。家庭VS幼稚園・保育園という対立があり、前近代VS近代の対立があるのみである。時代は違うとはいえ、語り方に、保育園への迷いはない。保育園に未来を託していた、と思える。


 

続く(つもり)

名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「教育と保育と福祉」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事