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グレーゾーンの世界-赤ちゃんポスト、LGBT、自衛隊の共通項-

2018-09-27 12:53:31 | 赤ちゃんポストと緊急下の女性

白か、黒か。

世の中には、白か黒かはっきりしないことはいっぱいある。

むしろ、白黒がはっきりしていることの方が少ないのではないか。

僕は、赤ちゃんポストの研究を通じて、「グレーゾーン」についてたくさん考えさせられた。

GRAY ZONE…

***

赤ちゃんポストは、「グレーゾーンにある」と言われている。

合法とは言えないが、かといって違法とも言えない。

グレーゾーンとは、そういう世界だ。

合法ではないが、違法でもない。

ここに、一つの「問い」が生まれる。

「赤ちゃんポストは、合法化された方がよいのか?」

赤ちゃんポストが合法化された国はあるにはある。

だけど、発祥の地であるドイツでは、未だに「合法化」はされていない。

日本も同様に、合法化はされていない。

黙認? 容認?

「合法」と「容認」は、異なるものである。

赤ちゃんポストは、合法化されていないけれど、容認されている。

どういうことか。

赤ちゃんポストは、法的に承認されていないけれど、社会的に承認されているということだ

行政と一部の「出自を知る権利主義者」を除けば、ほとんどの人が「承認」している。

11年前は、社会的にも承認されていなかったが、この11年間で「承認」されたと思う。

この承認を得るために、慈恵病院の関係者がどれだけ奮闘したことだろうか。

どれだけ攻撃されただろうか。どれだけ否定されただろうか。どれだけ傷ついただろうか。

けれど、慈恵病院の尽力のおかげで、また心あるメディア関係者のおかげで、

赤ちゃんポストは、多くの人に知られ、そして、社会的な承認を得ることができた。

ただ、法的な承認だけが得られていないだけとなった。

ここで、上に挙げた問いが再び浮上する。

「赤ちゃんポストは、合法化されるべきものなのか?」

つまり、合法化したほうがいいのか、しなくてよいのか。

社会的に承認されていれば、とりあえずは「存続」はできる。

はたして、赤ちゃんポストは、合法化されることがよいのかどうか。

***

この観点で、今話題のLGBTの問題を考えてみたい。

LGBTもまた、これまでグレーゾーンの領域に属してきた問題群だと思う。

ただ、赤ちゃんポストと違って、未だに社会的な承認も十分とは言えない。

赤ちゃんポスト以上に、まだまだタブーとなるテーマの一つであろう。

忘れられないのは、LGBTだとばれて自殺した大学生のことである。

一橋大学アウティング事件

ばれたから=アウティングされたから、自殺をする。

この事件を知った時は、途方もなく悲しい気持ちになった。

これは、赤ちゃんポストの領域でもよく聴く言葉である。

「妊娠がばれるくらいなら、死ぬ」…。

赤ちゃんポストもLGBTも、「性的なタブー」という共通点をもつ。

タブーは、個人の内にあるというよりは、社会の内で作られるものである。

タブーは、個人的な「嗜好」の問題ではなく、社会的な容認の欠如である。

でも、社会が認めれば、認めさえすれば、それはタブーではなくなる。

逆に言えば、社会が認めなくなるときに、タブーとなる。

(その例の一つに、もしかしたら「タバコ」が挙げられるかもしれない…)

LGBTの問題は、法的な承認の問題以前に、社会的な容認の問題である(と言えるかもしれない)

社会がLGBTを容認する時、LGBTはタブーではなくなる。

今、LGBT問題にとって最も大事なのは、そこではないか。

このことを踏まえて、杉田水脈さんの「生産性」問題について語ってみたい。

杉田さんは「政治家」である。

政治家の主たる仕事の一つに、「立法」がある。

法を作るのは、政治家の大きな仕事だ。

杉田さんは、政治家である以上、立法にかかわる存在者である。

彼女が政治家として発言する以上、それは、法的な承認に関わっていることになる。

彼女がLGBTを認めないということは、畢竟、法的な承認を認めない、ということになる。

否、法的な承認に限っては認めない、ということになるし、それ以上の意味はない。

彼女をかばう気は1%もないが、彼女を批判する意義はどれだけあるのか、僕は疑問がある。

(「新潮45」も情状酌量の余地もないが、休刊(事実上の廃刊?)なのでスルーする)

シンプルに言えば、政治家である彼女がどう言おうが、それはどうでもいいのでは?、と。

彼女のブログを読む限り、普通の家庭の普通の人なのだろう(推測にすぎないが)

普通の善良な人が、「善良」な人かどうかは不問とする。

彼女の意見は、この国の中にいる一定の人間の意見の一つだとは思う。

彼女を叩いても、彼女と同じような考えを持つ人はまだ多くいるとも思う。

また、彼女を叩いても、その人たちの考えが変わるわけでもないだろう。

新潮45の10月号の著者(小川氏)は、反省することなく、YouTubeで好きなことを言っている。

彼には、何を言っても響かないだろうし、最後まで何も伝わらないのだろうと思う。

LGBTの人にとって今、最も大事なのは、社会的な承認ではないだろうか?

今や、(一部の原理主義者を除き)赤ちゃんポストを否定する人がいないように、

LGBTを否定する人や偏見の目を向ける人がいなくなることこそが、

まずもって大事なのでは?と思うのだが…

恐らく、何年経っても、LGBTの存在を認めない人は残るだろう。

それはそれで仕方のないことだと思う。

(赤ちゃんポストも、認めない人は何を言っても認めない…)

ただ、社会が、(日本的に言えば)世間が、LGBTの存在を認めさえすれば、

もう、誰にも恥じることはないし、ばれることを恐れないですむことになる。

社会的な承認が得られるだけで、当事者はずいぶんと肩の荷が下りるのでは?、と。

ここで、また先の問いに似た問いに直面する。

「LGBTは、合法化された方がよいのだろうか」

という問いである。

この問いに、僕は確固たる「答え」をもっているわけではない。

ただ、「合法化される方が望ましい」と思えるだけの「根拠」は見えていない。

赤ちゃんポストも、僕自身、合法化されない方がよいのではないか、と思っている。

グレーゾーンに留まっていることの方がよい、ということもあるのでは?、と。

グレーゾーンに立ちつつも、社会的に承認される。

そこで止まっていた方がいいこともあるのではないか?、と。

伝わりにくい話かもしれないけれど、、、

グレーゾーンにあることで、守られることもあるのではないか?

もちろん、社会的な承認を得ることはその前提だが、、、

***

この問題は、これから本格的に議論されることになる「自衛隊」の問題とも直結する。

自衛隊の存在は、安倍さん的には、「法的に認められていない」となる。

安倍さんは、自衛隊を憲法に明記して、合法化しようとしている。

彼は、きっと自身の政治家生命をかけることになるだろう。

ただ、、、…

自衛隊は、赤ちゃんポスト以上に、社会的には既に承認されている。

ほんのごく一部の人を除けば、ほぼ全ての人が、自衛隊の存在を認めている。

つまり、社会的には既に承認されているのだ

赤ちゃんポストも、自衛隊も、グレーゾーンにあるかもしれないが、

既に、社会的な承認は十分に得ている、と言える。

かつての「日本軍」と今の「自衛隊」を同列視する人はもういないだろう。

自衛隊の父をもつ子が肩身の狭い思いをすることも、ほぼないと言える。

問題は、赤ちゃんポストおよびLGBTと同様なのだ。

「自衛隊は、合法化された方がよいのか?」

安倍さんは、自衛隊の合法化の意義をあまり説明していない。

「自衛隊が違憲かもしれないという議論の余地をなくすべきだ。自衛隊の明文化は国民的な議論に値する」

とは言っている。

ただ、自衛隊が憲法に明記されることの意義(メリット)やその問題点についてはあまり多くを語らない。

(もし自衛隊の合法化=憲法の明記によって得られる恩恵が何かを語っていたら教えて頂きたい)

かつては、彼が言うように、「心ない批判にさらされ、悔しい思いをしたこと」もあったかもしれない。

けれど、日本国民の人命のために尽力する自衛隊の人たちの努力や貢献によって、尊敬されるようになった。

憲法に明記しなくても、十分に自衛隊は社会的に承認されている。

赤ちゃんポストやLGBT以上に、自衛隊は社会的な承認を得ている。

親が自衛隊員だということを打ち明けられないで悩む子どもが今、どれだけいるだろうか?

妊娠を打ち明けられないほど、また、LGBTを打ち明けられないほどに、打ち明けられないことだろうか。

もしそうだとしたら、いや、もしそうだとしても、

必要なのは、法による承認の前に、社会的な承認なのではないか?

承認論の代表的論者のホネット風に言うと、

愛(Liebe)や(法)Rechtの前に、連帯(Solidarität)の承認ではないか?、と。

連帯とは、社会的な価値評価(Soziale Wertschätzung)である。

社会的にその価値が正当に評価されることこそが、最も重要なのでは?、と。

赤ちゃんポストも、LGBTも、この社会的な価値評価という点での「承認」を求めてきた。

自衛隊は、長年にわたる努力により、社会的な評価を得るようになった。

とすると、なんのために、憲法に自衛隊を明記するのか?

その意味はなにか。

憲法の中に自衛隊が明記されることで、何がどう変わるのか?

安倍さんは、この憲法への明記によって、何をしたいのか。

そこを是非聞いてみたいし、教えてもらいたいと思う。

推測の域を出ないが、この明記は、「自衛隊」の人々のためではなく、

別の何かのために、必要な気がする。

その別の何かは、ぼんやりと見えるが、よく分からない。

社会的な承認を得ている以上、そこはもう問題ではない。

憲法に自衛隊を明記することで、何がどう動くのか。

もしかしたら、その明記により、別の産業が飛躍的に成長するかもしれないし、

合法化されることで、自衛隊への予算や人件費や人材育成もさらに活発化できるかもしれない。

なんのための合法化なのだろうか?

***

赤ちゃんポストとLGBTと自衛隊。

全く異なるものだが、そこに共通点がある。

①どれも、グレーゾーンにあるものである。

②どれも、法的な根拠を持ち合わせていない。

③どれも、社会的な承認を必要としている。

④どれも、グレーゾーンのままでいいのか、合法化すべきか、分からない。

グレーゾーンに置いておく方がいいこともあるかもしれない。

グレーゾーンにあるからこそ、ヘタに手を出せないというブレーキ的な意味もあるかもしれない。

グレーゾーンにあるからこそ、国家権力から身を守ることができる、と言えるかもしれない。

グレーゾーンでなくなった時、それらはいったいどういうものになるのだろうか。

 

合法化=制度化されると、「義務」が生じることになる。

この「義務」がやっかいだ。

お金は出るようにはなる。税金の投入の根拠が得られるようになる。

ただ、その代わりに、「義務」が発生し、「書類」が増え、そして「形式化」する。

また、国家権力が口を出すようになり、その制度は都度変更され、振り回されるようになる。

制度化されることで、守られるようにはなるが、その自律性や自由は失われる。

赤ちゃんポストは、制度化=法制化を望んでいるのか。

LGBTは、制度化=法制化を望んでいるのか。

そして、自衛隊は、制度化=法制化を望んでいるのか。

***

そうしたことも、議論していくといいだろうなと思って、書いてみました。

特に「グレーゾーン」の意味は、もう少し深く考えてみたいですね。

ちょっと難しい話になりすぎたかな、、、(・_・;)

あくまでも、「メモ」ということで。。。

ご勘弁を。

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1 Comments

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Unknown (言えばいいってもんじゃない)
2018-10-17 07:51:41
自衛隊話し出す必要がどこにあるの?
性的問題記事をダシに自衛隊叩きたいだけでしょ?
自衛隊を語り出す前と語り出した後の文章入れ替えて読んで見ろって繋がりのなさよくわかるからw

性的弱者ネタを用いて本来のアンチ思想を語り出すクズ行為です

海外でトランスジェンダー申告した男性体女性意識の囚人が女性刑務所に入ったところ連続ゴーカンしたひどいニュースが話題ですが語らないのですか?

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