世川行介放浪日記

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父と息子  2017

2017年09月30日 16時44分08秒 | 自選 父と子
 

     父と息子 2017




 今日は、死んだ父親の誕生日だ。
 今日が死んだ父親の誕生日ということは、
 明日は僕の65歳の誕生日で、
 昨日、大阪の次姉が電話をくれて、
「私の誕生日にはもらわなかったけど、
 私は誕生祝を送金しておいたからね。1万円。」
 そう言っていた。


 死んだ父親が、生きていれば何歳になっていたかなどという算数は、
 僕の一番嫌いな事なので、
 考えたこともない。
 それに、
 僕は、20数年間、貧しい放浪者を生きたが、
 心の中で、いつも、「自分と父親は直結している。」という意識があって、
 いまも、父親が死んでしまっている、という気持ちが希薄だ。


 僕にとって幸福だったのは、
 僕が畏敬して来た文学者、
 それは、
 山本周五郎と、吉本隆明だったが、
 この二人と、父親が、非常に同じ匂いを発散させていたことだった。
 一介の庶民に過ぎなかった父親と、高名な文学者を同列に書くのは、
 二人には失敬な話だろうが、
 二人の書くことを読んでいると、
「親父と同じことを言ってるなあ。」
 とほほ笑んだものだ。
 三人とも、一般人から見たら、「偏屈者」だ。


 その三人ともが、
「男はグダグダ泣き言を言うな。
 女みたいに無駄口をたたかずに、
 自分のなすべきことを黙々とやれ。」
 そう言っていて、
 好きだった。


 父から特定郵便局長職を継いだのは、
 父親が63歳で、僕が29歳の時だった。
 その時、父親が、僕に言った言葉があった。


「お前の父親として、お前に言っておきたいことがある。
 正論を吐き続ける男を生きてくれ。
 組織や社会の中で正論を吐き続けることは、とても大変なことだ。
 人に煙たがられ、嫌われ、生きづらくなる。
 それでも、誰かひとり、がんとして正論を吐き続ける人間がいないと、
 組織も社会も進歩しない。

 いま、特定郵便局は、官僚に食い荒らされようとしている。
 特定郵便局長の多くも、そっちに媚びた方が楽だから、
 官僚になびき始めた。
 だから、お前だけは、官僚の支配に抵抗してくれ。
 そうでないと、特定局制度は滅びてしまう。

 大勢が一つの方向に向かおうとしている時、
 それでも正論を吐き続けることは、とても勇気のいることだが、
 わしは、お前の父親として、それをお前にやって欲しいと願っている。
 戦前、あの大きな流れに正論を吐ける人間がもっと沢山いたら、
 あんな馬鹿な戦争は起きなかった。
 あの愚を二度と踏まないためにも、
 お前には、そんな男であり続けてもらいたい。」

 そんなことを言った。


 その頃の僕は、父親に逆らったことなど一回もない素直な跡取り息子だったから、
「いいよ。
 お父さんの言うとおりに生きるよ。」 
 あっさり引き受けた。
 あの時断っておけば、もっと違った人生もあったろうにと、
 後で苦笑いしたけどね。


 僕は、
 家庭などというものとは、
 25年くらい前に実質的にグッバイしているので、
 今どきの父親と息子の関係というものに、まるで知識を持っていないが、
 たった一つ、
「子は親の鏡。親は子の鏡。」
 それだけを信じていて、
 たまに他人と接触すると、
 それを見る。
 そして、それがだいたい外れではないことを確認する。


 以前は、よく、ここの日記に<悪態幽霊>という連中が来たが、
 そいつらの落書きを読むと、
「こいつの親や子の顔が見てみたいよ。」
 と思った。
 親が聡明だからといっても、賢い子ばかりはできないが、
 馬鹿な親の子は、ほとんどが馬鹿だ。
 あれは不思議なものだ。
 
 
 父親が他界する直前、大阪の病院に行き、
 10年ぶりくらいに父親と会った。


「僕のためにみじめな思いをさせて、済まなかったね。」
 と詫びると、
「みじめか…、
 そうだなあ。たしかに惨めだったな。」
 小さく笑いながらそう言い、
「お前。
 頼むぞ。
 頼むから、代々の特定郵便局長たちを、こんなままで終わらせないでくれ。
 代々心血を注いで来た特定局制度がこんな終わり方じゃ、
 あの世に行って、死んだ親父やじいさんに顔向けができん。
 特定郵便局長の家の子として、いい本を書いて、
 世間に、特定郵便局長は馬鹿ばっかりじゃなかったことを見せてくれ。」
 死を前にしているのに、切々とした声でそう言った。
「お父さん。
 任せろ。
 僕が必ずやって見せてやるから。
 特定郵便局長が誇るに値する職業だったことを、僕が証明して見せてやるから。」
「頼むぞ。
 お前。頼むぞ。」

 それが僕たちの最後の会話だった。


 あれから10数年が過ぎ、
 僕は、特定郵便局や郵政事業がらみの本を三冊出し、
 今年は、
 彩雲出版の高山社長の厚情を得て、幾冊かの本を出版し、
 来年の出版も1~2冊予定されている。
 父親の願いを少しは果たしたな、と気の緩む時もあるが、
「なにを、それくらいで。」
 父親が鼻先で嗤っているのを感じる時、
 もうちょっとだけ。
 あと、もう一歩だけ。
 そう思う。


 死んだ父親の<無念>と自分の<無念>を重ね合わせて、
 書くことだけを自分に課して今日まで来たが、
 うだつの上がらぬまま20余年が流れ過ぎ、
 明日、僕は、65歳になる。





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