世川行介放浪日記

日々の雑感。
昔話。
時事問題への言及。
歌謡曲篇。文学篇。
漫談。
たまに女篇。
2年に1度は愛欲篇

柴田翔『されどわれらが日々――』2017

2017年01月30日 19時12分44秒 | 自選 文学篇


   柴田翔『されどわれらが日々――』 2017




 たった22人の、僕の『世川行介備忘録』世界は、
 半数を占める女性読者は、60歳以上が9割だけれど、
 男性は、40代の青年が数人いる。

 40代男性を「青年」と呼ぶことが妥当なのかどうかは知らないが、
 僕には、彼らが「青年」のように感じられるので、
 「彼らは青年だ。」と思って、つき合っている。


 そうした彼らと向かい合う時、
 僕が一番自分自身に言い聞かせていることは何かというと、
 少し長い引用になるが、
 次の文章に書かれているようなことだ。


    私たちが本当に年老いた時、
    若い人たちがきくかもしれない、
    あなたたちの頃はどうだったのかと。
    その時私たちは答えるだろう。
    私たちの頃にも同じような困難があった。
    もちろん時代が違うから違う困難であったけれども、
    困難という点では同じだった。
    そして、私たちはそれと馴れ合って、
    こうして老いてきた。
    だが、私たちの中にも、時代の困難から抜け出し、
    新しい生活へ勇敢に進み出そうとした人がいたのだと。
    そして、
    その答えをきいた若い人たちの中の誰か一人が、
    そういうことが昔あった以上、 
    今われわれにもそうした勇気をもつことは
    許されていると考えたとしたら、
    そこまで老いて行った私たちの生にも、
    それなりの意味があったと言えるかも知れない。


 僕は、
 それは、自分のようなガラクタな男には、到底無理な話だとは、
 重々に知っているけれども、
 しかし、
 自分の小さな領域でだけは、
 上の文章の奥に柴田翔が籠めた思い、
 それを大切にした「青年との向き合い方」をしたい、と、
 いつも思って来た。


 或る時期、いろいろ考えて、
 老人予備軍になった僕が、彼ら青年に見せてあげることが出来るのは、
 たった一つ、
 自分がこうだと決めたら、
 相手がどこの誰であろうとも、臆することなく進み続ける姿、
 それだけだな、と思うに至った。

 もう少し丁寧に書くと、

 青山敏夫や包山春吉との裁判闘争なんか、
 そんなものは、僕の中では羽毛の如きチャチな争いにすぎないが、
 <時代の困難>という空恐ろしい障害物に対して、
 臆することなく屈することなく、一歩を前に進ませようとした前世代もいたということを、
 自分の生き様で見せる「義務」がある、
 と思って来た。
 少なくとも、
 自分自身をそう戒め続けなくては、と思って来た。

 そうした僕の自戒のスローガンが、
 いつも書いて来た、


     群れない。媚びない。イジケない。


 だった。


 幸いにして、
 現在の『~備忘録』世界には、
 北上の平野さん、残九郎さん、両国のUさん、研一郎と、
 キャラクターはそれぞれに異なるが、
 紳士と真摯を生きようと心がけている「40代青年」が多く、
 僕を嬉しがらせている。


 どの彼とも、もう、7年8年のつき合いになってきて、
 よく考えたら、知り合った頃は、みな30代であったわけで、
 それこそ、まごうことない「青年」だったわけで、
 そうした30代青年だった彼らに、
 僕は何か一つでも残すことが出来たのだろうか?と、
 久しぶりに開いた『されどわれらが日々――』を流し読みしながら思ったのだった。


 と、
 ここまで偉そうに書いて、
「うん?」
 

 僕は、放浪の時期、
 この「今は40代青年」たちに、
「おい。夕方までにお金を送ってくれ。」
 その日を生き延びるためのお金を、
 薄給の彼らであるにもかかわらず、送金させていたのだった。

 彼らに何か与えるどころか、
 彼らから与えられるばっかりの僕だった。

 偉そうなことなんか、何も言えねーや。





『本』 ジャンルのランキング
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« やっと日記を書く時間が出来た。 | トップ | いくつかのニュースに 1・31 »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

自選 文学篇」カテゴリの最新記事