世川行介放浪日記

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久世光彦『マイ・ラスト・ソング』最終章

2018年01月14日 12時41分36秒 | 自選 歌が呼ぶ思い出


  久世光彦『マイ・ラスト・ソング』最終章




 しばし休憩の友に、
 久世光彦の『マイ・ラスト・ソング』最終章の単行本を流し読みした。


 エッセイ集『マイ・ラスト・ソング』は、
 月刊誌『諸君!』に連載されていたエッセイを一冊にしたもので、
 全4巻くらいのシリーズで、
 沢山の歌謡曲についてのエッセイが書かれている。


 その中で、僕が一番好きだったのは、


     昔、なかにし礼という不良少年がいた。


 こんな一行で始まる、
 「さくらの唄」というタイトルの、
 なかにし礼と三木たかし、美空ひばり、
 この三人の合作「さくらの唄」に関する思い出を書いた小文だった。
 久世光彦のなかにし礼への愛情が、ひしひしと伝わって来る、いい文章だった。


 今日は、『黒の舟唄』のエッセイを読んだ。


 『黒の舟唄』は、能吉利人(桜井順と同一人物)作詞作曲で、
 たしか、僕が高校一年生の時(昭和43年)に、
 野坂昭如の歌唱でレコードが出された。

    
     あれからいくとせ漕ぎつづけ
     大波小波 揺れ揺られ
     極楽見えたこともある
     地獄が見えたころもある
     Row&Row Row&Row
     振り返るな Row Row


 この歌は、大勢の歌手がうたったが、
 久世光彦は、僕と同意見で、


    「黒の舟唄」は野坂さんしか歌えない歌かもしれない。
     そして<あの時代>にしか生まれてこなかった歌
     かもしれない。


 こう記し、
 さらに続ける。


    忘れられない歌というのは、
    爽やかで明るい歌ばかりとは限らない。
    いくら棄てようと思っても、
    いつの間にか胸の底に沈んで積もる、
    <澱(おり)>のような歌もある。
    そして、たとえ歌は棄てられても、
    息を詰めて通り過ぎた<時代>を、
    私たちは棄て去るわけにはいかない。
    あの時代を生きたから、いま私たちは生きている。


 久世光彦という人は、職業柄もあっただろうが、
 大衆芸能や時代の庶民大衆に向ける視線がそこはかとなく優しく、
 歌謡曲や作詞家などの大衆芸能についての文章を書くと、
 その良質が一番いい形で出てきて、
 読む者の心を打った。
 僕は、彼の小説には魅力を感じなかったので、良い読者ではなかったが、
 このエッセイ集は愛した。


 若い頃は、この『黒の舟唄』は男女の恋情の唄だ、と思って愛唱していたが、
 最近は、
 死までの距離が短くなってきたからか、
 この歌は、売れない物書きである自分と<文学>との関係の歌ではなかろうか、
 と思うようになってきた。


      お前と俺との間には 
      深くて暗い河がある
      それでもやっぱり会いたくて
      エンヤコラ今夜も舟を出す
      Row&Row Row&Row
      振り返るな Row Row


 きっと、
 世川行介には、
 たどり着く岸は、ないままだな。





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