世川行介放浪日記

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「父の日」とかいう記念日に思う。

2018年06月17日 22時00分10秒 | 自選 父と子


   「父の日」とかいう記念日に思う。




 本日は、「父の日」とかいうものであったそうな。

 父親の役割を放棄してから、早20年。
 そういう記念日がこの世にあることをすっかり忘れていたが、
 大阪の次姉が、

「お前。
 今年あたり、
 どこかの女がお前に内緒で産んだ子供が、
 「お父さん。父の日おめでとう!」って、
 名乗りをあげに来るんじゃないの?」

 などと、馬鹿なことを言うので、
 「父の日」というものを意識した次第。


 そう言えば、
 20数年前、
 今は他人の長女と次女が、
 二人とも、まだ10代であったが、
「お父さん。
 今日はちょっと真面目な話があるの。
 ここに来て、私たちに答えて。」
 僕を食卓に座らせて、
 睨みつけるような眼で見た。

「何だ?」
 何のことやらわからず、訊くと、
「あのね。
 絶対に隠さずに答えてよ。」
「何も隠すことなんかないから、何でも訊けよ。」


「あのね。お父さん。
 お父さんには、
 私たち3人以外に、何人子供がいるの?」
「えっ?!」


 これには、僕も驚き返り、
「何をバカなことを言ってるんだ。
 子供はお前たち3人しかいないよ。」
 即座に否定したのだが、


「あれだけ女の人を転々として、
 子供が一人もできないわけがないでしょう。
 私たちも覚悟していて、
 何人隠し子がいても、お父さんを許そう、ということになったの。
 私たちは事実を知りたいだけで、
 何を聞いても絶対に怒らないから、
 正直に答えてよ。」


 この「放浪日記」の男性読者で、
 年端もいかない実の娘から、こんな質問をされた男は、何人いるのだろう?


 まあ、この時点から、家族に棄てられる将来を保証された男であったわけだ。


 家庭の平和と円満を願う男性読者諸氏におかれては、
 こういう父親失格者にならないよう、
 酒の酔いや急性乱視で気を緩めず、
 身を慎んで生きてくれ。


 「父の日」とかいうつまらない記念日の到来にあたって、
 つまらない記憶を書いてしまった僕である。





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カジノ法案について

2018年06月17日 14時00分05秒 | 日々のニュースに


    カジノ法案について

 


 僕はそんなものに行く気もないが、
 衆院内閣委で、「カジノ法案」が可決されたらしい。
 今まで、闇に潜っていたカジノが、合法化されて、堂々とやれる。
 闇の中での惨劇がなくなって、
 結構な事ではないか。


 ただ、
 どうせ強行採決をやるのなら、
 一緒に、
「マージャン屋での賭けマージャンも合法とする。」との法案も出して欲しかったな。
 カジノもパチンコも、競輪も、競馬も、
 全部合法とされているのに、賭けマージャンだけが違法だなんて、
 これは、差別だ!
 と、世川行介は思っている。


 賭け事はすべて悪だと、庶民の心理を理解できない阿呆野党が、
 旧社会党時代から続く、相変わらずの馬鹿戦術をやっていたが、
 ホント、こいつらの低級行動も、もう、見飽きたな。


 「ギャンブル依存症対策」という言葉が流行っているそうだが、
 そんな言葉が流行る平成社会が、僕には、異常社会に思えてならない。

 ギャンブル依存症というのなら、
 マージャンがなければ生きてゆけなかった僕なんぞ、
 もう20数年間、ギャンブル依存症の病原菌の海を泳いでいるわけで、 
 それも、かなりの重症患者なわけだが、
 「ギャンブル依存症対策!」なんぞ、考えたことがない。


 ギャンブルに向かう人間は、
 これに敗けたら大変なことになる、と承知していながら、
 そのギャンブルで一山当てようと、助平心いっぱいでやるのだから、
 当てが外れて敗けて、スッテンテンになったら、
 自分で落とし前をつけるのが、当然の話だ。
 同情の余地などない。
 破産なり、一家離散なり、自殺なり、
 自分のできることをやって、落とし前をつけるのが、筋というものだ。
 
 成人大人を幼稚園児扱いしたような阿呆な対策を口にする連中には、
 侮蔑感しか覚えない。


 この「清廉潔癖こそがまともな人間だ。」とする阿呆連中は、
 いまに、
「株式売買もギャンブルだから、規制すべきだ。
 信用取引システムを禁止せよ!」
 そんなことを言い出すかもしれないな。


 資本主義自由主義社会においては、
 人は、ギャンブルに狂う権利と自由を持っている。 
 そして、
 その落とし前をつけるための手段を自分で選ぶ権利と自由を持っている。 
 この権利と自由は、非常に大切なものなのに、
 それを人間社会の負性としてしか理解できない連中が、反自民人間の中には、掃いて捨てるほどいる。

 こんな連中にだけは、国家運営を任せたくないね。





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岡本おさみ『いつか夜の雨が』

2018年06月17日 10時41分35秒 | 自選 生活思想篇


    岡本おさみ『いつか夜の雨が』



 僕はいま、65歳だが、
 65歳の今から、やがて間もなく訪れる死の時まで、
 どのような自分であり続けたいか、
 と考える時、
 浮かんで来るのは、
 岡本おさみの『いつか夜の雨が』という、
 30数年前、吉田拓郎にうたわせた歌だ。


    いつか夜の雨が 走りはじめたね
    過ぎ去る者たちよ そんなに急ぐな



 岡本おさみと吉田拓郎が最後に組んでつくったこの作品は、
 そんな歌詞で始まる。

 若い日、
 <文学>とは何なのかを知りたくて、知の上昇を渇望し、
 しかし、42歳で、その昇りかけの階段から引き返し、
 階段の足置き場よりもまだ低い場所に下りようと決意した時、
 歌謡曲の歌詞で言うならば、
 小林旭の『さすらい』の一節、


    知らぬ他国を流れ流れて
    過ぎてゆくのさ 夜風のように


 この歌で言うところの「夜風」のような存在であり続けたい、
 と思った。


 自分がこの世に生きた証しを、文章以外には極力残さず、
 放浪の途上で出逢う他者との関係は希薄に流し、
 僕という男の記憶が、誰の脳裏にも刻み込まれず、
 写真の一枚も残さず、
 東京のビルの谷間を寡黙に流れ、
 多くを凝視し、多くを考え、
 そしていつか黙って野垂れ死にを死ぬ。
 そんな自分でありたい。
 と思った。
 事実、
 小沢一郎支援運動のために一般社会に戻るまでの10余年間は、
 ずっとそうやって流れ続けた。


 そんな僕だったのに、
 最近、少し変わって来た。

 今回、小冊子「世川流株式講座」を書き、
 それが縁で、
 「凡人」さん、「奇人」さん、「変人」さんや、10人ほどの新しい<未知の読者>諸氏と交信するようになってから、
 僕の中で、変化が起きた。


     僕の愛の歌は子守歌になったろうか
     つらく長い日々に
     僕の愛の歌は慰めになったろうか
     色褪せやすい日々に


 岡本おさみが書くところの「僕の愛の歌」のように、
 こうした<未知の読者>諸氏に、
 ささやきに似た「子守歌」、
 あるいは、ちっぽけな、「慰め」になる何か、
 それを与えることのために、これから先を生きたいな。
 そう思うようになった。


 事の振り出しは、「株式」というカネがらみのものであったにもかかわらず、
 この10数人の<未知の読者>がくれる「コメント」や「メール」からにじみ出て来る「人としての品格」、
 僕の好きな言葉で言うと、<精神の紳士>ぶりが、
 僕をそんな気持ちにさせた。


 ずっと、人は努力して自分を変えるものだと思っていたが、
 こんな風に、ごく自然な形でも変わることもあるものなのだな、と知った時、
 少し驚いた。






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