世川行介放浪日記

日々の雑感。
昔話。
時事問題への言及。
歌謡曲篇。文学篇。
漫談。
たまに女篇。
2年に1度は愛欲篇

久しぶりに氷川きよしの唄を聴いた。

2017年04月27日 13時43分41秒 | 歌謡曲篇


      久しぶりに氷川きよしの唄を聴いた。




 やっと原稿の構成文章が決定したが、
 今日からGWの終わりまでかけて、
 それらの文章の語句訂正や文字削除、行替え、といった作業を完了させなくてはいけない。
 少し風邪気味だが、そんなことで気を緩めているゆとりはない。
 風邪薬の効力だけを頼りに、朝からパソコンの打ちっ放しだ。


 いま僕が編集している時期というのは、
 僕が、東新宿から上野へ、さらに吾妻橋へ、と流れた時期の文章群で、
 さっき、氷川きよしの『浅草パラダイス』という、浅草に流れて覚えた歌を聴いて、
 あの時期を懐かしんだ。


 氷川きよしという演歌歌手は、
 それまでの自覚的な演歌歌手なら誰でも試みた、
「演歌のそれまでの壁を破る冒険」というのを、
 歌詞の面からもメロディの面からも、
 一回もやらずにスターを続けた稀有な演歌歌手だ。
 多くの人が、「これが演歌だ。」と軽くイメージする枠の中での作品ばかりを出し続けたので、
 それなりのヒットは出し続けたが、
 人がハッとするような新鮮な作品は、とうとう今日まで出さずじまいで来ている。

 僕は。けっこう歌謡曲に関心を持ってこの歳まで来て、
 ある時期までの歌謡曲の歌詞はほとんど記憶している自慢の男だったが、
 氷川きよしの代表曲は?
 と自分に問うと、
 曲名が出てこない。
 デビュー曲の何とかいうコミック演歌か、
 なかにし礼が作詞した『櫻』、
 わりかし好きだった『虹色のバイオン』、
 それに、この『浅草パラダイス』、
 それくらいだが、
 歌詞を覚えている作品が、一曲も、ない。
 これは演歌歌手にとっては悲劇のように思える。


 あと20年くらいしたら、
 日本国民の頭の中には、
 氷川きよしの唄は消えているのではないのか?


 きっと、
 この歌手のスタッフが、「演歌とは何か?」なんてことを全然考えない人たちで構成されているのだろう。
 そんなスタッフで、あれだけ長い間人気歌手が続くのだから、
 これも平成日本ならではの話だ。


 いつか、
 僕などがハッとするようなすごい歌詞の唄を出すといいな。





コメント (1)

舟木一夫の歌

2016年04月29日 12時51分33秒 | 歌謡曲篇


           舟木一夫の歌



 冬の間黙って身を縮こめていた鉢植えから、
 花を咲かせるものが増えて来て、
 とうとう、ベランダの花壇に、
 20を超える花咲く鉢植えが並んだ。


 今日の名古屋は風が相当にきついが、
 空は青い。
 春の陽射しを受けて、
 20の鉢植えが僕に微笑み、
 僕はちょいといい気分。


 この間東京台東区入谷の花屋さんで買って来たくちなしの花を眺めながら、
 舟木一夫の50年前の歌、
 『くちなしのバラード』
 それを聴いた。


     君のその手はとても冷たいけど
     何も言わずに僕にあずけて
     見つめていようよ
     白いくちなしの花


 この歌は、たしか、万里村ゆき子の作詞作曲だったように記憶している。


 それから、
 同じく50年前の彼の歌、
 『さんざしの花咲けば』
 それも聴いた。
 ついでに、
 『北風のビギン』も聴いてやった。


 どれもB面歌謡ばかりだが、
 学園ソングを卒業してからの舟木一夫の歌は、
 その声質と哀愁味のあるメロディがずっと好きで、
 この歳まで来た。


 舟木一夫のうたった歌謡曲群で一番好きだったのは、
 『その人は昔』
 という松山善三(作詞)と船村徹(作曲)による歌謡曲風組曲(LP二枚組)で、
 曲中の松本典子の台詞の声が好きで、
 LPを何十度も聴いた。

 その次に好きだったのは、
 50年近く前、強姦事件で逮捕された荒木一郎が、
 水木京子というペンネームで作詞作曲した
 『北国にひとり』、
 3番目が、西条八十が三木露風の詩をパクッて作詞した『夕笛』。
 これは、島根県松江市を思い出させ、放浪20年の途中、たまに聴いた。
 4番目が、『高原のお嬢さん』、 
 第5位は、『哀愁の夜』。

 これが、僕の中での、舟木一夫ベスト5だ。


 『高校三年生』だとか『学園広場』だとかいった学園ソングは、
 僕が一番苦手とする類の歌で
 歌詞を聴くだけで気恥ずかしくなり、
「勘弁してくれ!」
 高校生になって以降、
 ただの一回も聴いたことがないし、
 パソコンのどこを探しても、保存曲は一曲もない。


 わが国のシンガー&ソングライターの輝かしい先駆者である荒木一郎は、
 優れた歌謡詞を書く男で、
 『北国にひとり』の


     北国の空に太陽が揺れる
     見上げていなければ
     涙が落ちる


 この歌詞は、舟木一夫の作品群の中でも、
 最高の歌詞の一つだと評価し
 すっと愛誦してきた。


     北国を遠く離れてゆくとき
     並んだ山だけが
     私を見てた


 僕は、40代当初の自己史の記憶から、
 越後湯沢近辺の光景がどこよりも大好きで、
 放浪をやめて東京に腰を落ち着けてからも、
 少し暇と金が出来ると、
 春でも秋でも冬でも、あのあたりによく一泊旅行に行った。

 冬の日、
 越後湯沢駅を出てトンネルを抜けた帰りの汽車の中から後方をふり返り、
 そびえたつ越後の山並みを見ると、
「……、」
 決まってこの歌詞を思い出した。



 最後になるが、

 舟木一夫の歌の中に、
 『花咲く乙女たち』という、西条八十作詞の歌があって、
 長く、その歌詞の魅力に気づかなかったが、
 ここ数年、新日記の読者圏に「妙齢の美女」勢をあまた眼にするようになって、
 その歌詞の素晴らしさを認識するようになった。


    みんなみんな今はない
    街に花咲く乙女たちよ
    みんなみんな今はない
    街に花咲く乙女たちよ

    みんなみんな咲いて散る
    街に花咲く乙女たちよ
    みんなみんな咲いて散る
    街に花咲く乙女たちよ  


 舟木一夫の熱唱から、
 時は流れて、45年。

 なんだ。
 「瀧夜叉」さんの歌だったのか。



  
コメント

あさみちゆき『新橋二丁目七番地』

2016年02月26日 12時49分03秒 | 歌謡曲篇


       あさみちゆき『新橋二丁目七番地』



 最近、
 あさみちゆきの『新橋2丁目7番地』をしょっちゅう口ずさむようになった。
 さすがに、


     赤チン色の赤ちょうちん


 このフレーズだけは、
 50年近く歌謡詞を研究し愛してきた男として、
 あまりにも恥ずかしくて、
 死んでも口にはできないが、


     流されまいと 流されまいと
     小石のようにうずくまる
     靴を磨けば 心も晴れる
     今日も一日がんばって
     雨の日も風の日も
     新橋二丁目七番地


 星野哲郎とはまた違った人生応援歌で、
 なかなかに味わい深い歌詞に、
 すぎもとまさとのメロディがいかにも似合っていて、
 好きになってきた。
 ホント、すぎもとまさとの作るメロディは、
 スローなのも、アップテンポのものも、演歌も、
 何かもいいな。


 まあ、
 こんな人生応援歌を好きになるようになったってことは、
 ジジイになったという証拠なのだろう。
 現役の放浪者の頃は、
 こんな傍観者の応援歌なんか、「くそくらえ!」と軽蔑していた。


 人生応援歌みたいな歌で、たった一つ好きだったのは、
 星野哲郎の、


     人に好かれていい子になって
     堕ちていくときゃ 独りじゃないか
     おれの墓場は おいらが探す
     そうだその気で行こうじゃないか

     泣くな怒るな こらえて捨てろ
     明日も嵐が待ってるものを


 畠山みどりがうたった『出世街道』というつまらないタイトルの一節だけだった。

 だいたいが、
 誰に何と言われても、我を通してばかり生きて来たので、
 周囲の人たちからは嫌われっぱなしで、
 まあ、自分で自分を元気づける他になかった。
 何百回も、この歌で自分を励ましたものだから、
 この歌詞は実に、思い出深い。


 そういう厳しい冬の季節が終わって、
 今の僕は、
 「放浪」と言っても、「精神の放浪」をやっているだけで、
 肉体を酷使しているわけではない。
 そんなぬるま湯の中にいると、
 甘っちょろい人情本や優しい激励歌を好きになっていくのかもしれない。
 まあ、
 あいだみつを風に言うのなら、
 人間だもの、そんな時があったっていいじゃないか。
 って感じの名古屋暮らしだ。


      明日はきっと 明日はきっと
      いいことあるさ 大丈夫
      つらい気持ちは靴見りゃわかる
      今日もあなたはがんばった
      新橋二丁目七番地 


 きっと、このフレーズは、
 不本意にもマージャンに敗けて雀荘を出、
 寒い夜道を肩すぼめて歩いている自分自身にうたってやったら似合うだろうな、
 って気がする。 


 あさみちゆきは、美声だし、声に哀愁があって、
 それはとってもいいのだけれど、
 すぎもとまさとが、この歌手の音程の良さに惚れて、凝り過ぎるからだろうか、
 『青春のたまり場』以外は、節回しが難しすぎて、
 覚えてカラオケでうたえるようになるまでに時間がかかり過ぎるのが難点だ。 
 僕の大好きな『聖橋で』など、
 歌を知ってからもう7年くらい経つのに、
 いまだにカラオケで満足にうたえない。 
 困ったものだ。



コメント

つぼいのりお『名古屋はええよ』

2015年12月03日 19時22分06秒 | 歌謡曲篇


         つぼいのりお『名古屋はええよ』



 僕は、昨日、名古屋のゴミ統制システムと名古屋人の美意識に関して、
 少しばかりの驚きと違和感と疑問を口にしたが、
 だからといって、決して名古屋を嫌いなわけではなく、
 非常に親近感を覚えながら日々を過ごしている。


 それというのも、
 僕たちは、よく、数人で集って呑むのだが、
 二次会は、決まって、カラオケのある店か、カラオケボックスで、
 そこでのスタートの一曲は、
 これは、もう、不動で、
 ただの一度も変わったことがない。


 その曲名は、
 『名古屋はええよ  やっとかめ』
 というもので、
 原曲でうたっているのは、
 流石の僕もここに転載するのが恥ずかしい、
 あの世上名高い『金太の大冒険』で名を成した、
 つぼいのりお、
 という超一流(!)歌手だ。
 まあ、
 あれはあれ。これはこれ。
 こっちはまとな歌だ。


 歌詞は、
 少し長いが、紹介しておこう。


     東京は まあ あかん
     汚れとる とろくさい
     病気が流行っとる
     これからのパフォーマーは
     名古屋が主役
     さて
     世間じゃ名古屋を馬鹿にするけどよ
     信長も秀吉も名古屋だでよ
     隠れとるとか 隔離しろとか
     コケにするけどよ
     パスポートなくても入れるでよ
     名古屋人は貯金が好きだけどよ
     経済に明るい証拠だでよ
     鶴舞公園に集まってよ
     いきなりやったろみゃーか
     オリンピック 
      名古屋はええて 
      コアラがおるがね
      名古屋はええて
      道が広いがね  
        みそ煮込み えびフライ
        あわゆき ういろう
        ユニモール サカエチカ
        女子大小路
      GO!GO!名古屋
      未来の首都 名古屋
      見てりゃあよ
      待ってりゃあよ
      天下を取るでよ


 一番の歌詞だけで、これだけの長さだ。


 僕たちの呑み会には、
 何故か、いつも、
 猪上一生という40歳前の男が同席していて、
 どんなにメンバーが変わっても、
 不思議なことに、あいつだけは、いつもいる。


 この男は、生まれも育ちも名古屋市なのに、
「世川さん。
 この世に男と生まれた限りは、
 「名古屋美人」だけは相手にしちゃいけません。
 「名古屋美人」というのは、「名古屋なら美人」。の略。漢字で書くと「名古屋奈良美人」。
 あれだけは生涯避けて生きるべきです。
 女転々ラブラブ熟練の世川さんが、「名古屋美人」とねんごろになったりしたら、
 私、大声で笑っちゃいますからね。
 世界中に、「世川行介も地に堕ちたもんだ。」って言いふらしてやりますからね。」
 平気でそんな事をいう。
 郷土愛はないのか。郷土愛は!


 しかし、
 3年間つき合ってみてわかったが、
 この男が嫌いなのは、「名古屋美人」だけで、
 名古屋の他の部分は大好きみたいだ。
 きっと、若い頃に、「名古屋美人」に相当嫌な思い出を持っているのだろう。
 そうだね。モテない男にはよくある話だ。


 その猪上一生は、
 なかなかに気遣いの男で、
 カラオケに向かうと、
「皆さん。
 私が最初にうたったら、後がうたいやすいでしょう。
 猪上一生、うたいま~す。」
 と、
 まず最初にカラオケを握ってうたい出す。
 その一曲が、
 原曲歌手つぼいのりおの『名古屋はええよ やっとかめ』だ。


 それが積み重なったものだから、
 今では、僕たちの二次会は、
 この歌がオープニングナンバー!が暗黙の了解となっていて、
 こいつがうたい出さない限り、誰も選曲しない。
 まあ、それほどに権威のある曲だ。
 別の言い方をしたら、
 前座歌手の数少ない持ち歌。かな?


 しかし、
 猪上一生の歌唱によって、
 僕たちは、名古屋の一端を知ったのであるから、
 彼に、名古屋市観光親善大使の称号を与えてもおかしくない、
 と僕は思う。
 名古屋市長。それをよく覚えておいてくれ。

 現にこの僕も、
 猪上一生の歌唱効果によって、この歌の歌詞を丸暗記したため、
 名古屋移住に何の抵抗感もなかった。
 名古屋に着くなり、鶴舞公園を訪れた。
 何もない公園だったが。


 まあ、しかし、
 ユニークな歌詞を書かれたつぼいのりお大先生に一言注文をつけるならば、
 せめて、
 たったの一行でいいから、
 名古屋のゴミ分別現状について触れておいて欲しかった。
 そしたら、
 きっと、僕は、
 名古屋移住を思いとどまっていただろう。
 と思うよ。



コメント

野坂昭如『田んぼの力』

2015年09月18日 11時06分13秒 | 歌謡曲篇


        野坂昭如『田んぼの力』



 ついに僕は、
 悲願であった67キロ割れを達成した。
 さっき測ったら、
 66.5キロ。

 根拠は何もないけれど、
 665。
 なんて華麗な数字の配列なんだ。


 ということで、
 本日をもって、
 週一回の「美味鑑賞」を自分に許可することにした。
 まず最初は、飛騨牛のステーキ。
 「馬喰一代」という美味しいステーキ屋さんがあるのだという。
 そして、
 僕の大好物である、
 貝と甲殻類の、
 焼いたの。煮たの。お寿司にお刺身。
 もう一つ、
 美味しそうな美女も食べてみたい気もするが、
 ここは天下に名高い「岐阜」なので、
 食あたり注意、ということで、
 これは、遠慮しておこう。


 81キロくらいから始めた、 
 節食減量作戦だったが、
 これで、血糖値を下げる薬も飲まないで済むし、
 正常な肉体に戻る。
 精神は、元々、正常すぎるくらいに正常だったので、
 もう、「理想的な60代紳士です。」と自分で言っても、
 誰も笑ったりしないだろう。


 国会デモ隊賛成派にどんなに憎まれても、自説を主張し続けたように、
 どんな豪勢なご馳走にも、涎一つ、咽喉ゴックン一つ漏らさずに耐えて来た、
 その努力が、
 その意志の強靭さが、
 いま、やっと、実ったのである。
 褒めてやっておくんなさい。


 まだ午前の一人の部屋。
 誰も、「おめでとう!」の言葉をくれないので、
 僕はただ一人、
 この悲願達成の日を祝って、
 野坂昭如大先生の、
 『田んぼの力』という人生讃歌の名曲とかに、耳を傾けたのであった。


    田んぼの力 田んぼの力

    男という字をばらしてみれば
    力ない奴ぁ男じゃない
    腰の痛さよ 田んぼの広さ
    グッと植えましょ指三本
    馬っこピーチキチ どじょっこヌルヌル
    ヌルヌルの先から夜が明ける
    男働け 夜明けまで


    田んぼの力 田んぼの力

    男という字を男に刺せば
    柳ナヨナヨ帆も揺れる
    菊のご紋か 黄門さまか
    お蔭詣りはえじゃないか
    馬っこピーチキチ どしょっこヌルヌル
    ヌルヌルの先から月昇る
    男カマ惚れ 抜けるまで


 何だ?これ。





コメント (2)

岡本おさみ『きみの朝』

2015年08月31日 14時04分24秒 | 歌謡曲篇


         岡本おさみ『きみの朝』



 昨日、
 名古屋から岐阜への帰り道、
 電車の窓から、まだ見慣れぬ景色を見るとはなしに見ながら、
 フッと、


     この先いくら生きてゆくのか
     こんな暮らし仮の姿と
     生まれようとする魂と
     老いぼれてゆく魂と
     ああ人間のはしくれに
     生まれてきたというのに


 岡本おさみ作詞の『きみの朝』の歌詞の一部が、
 口からこぼれた。


「この歌を最初に聴いたのは、
 昭和55年頃、
 別れた細君と長女と鳥取市に住んでいた時だな。」
 そんなことを思い出し、
 すぐに忘れ、
 部屋に着いて、パソコンを開いて、「コメント欄」を見たら、
 鳥取県米子市の<未知の読者>氏から、
 岡本おさみに着いて書いた文章へのコメントが寄せられていて、
 ちょっとした偶然に、思わず微笑んだ。


 僕は、9か月ほど前に、胆石と糖尿を一緒にやってから、
 自分の<老い>というものを強く意識し始め、
「僕らしい<老い>とは、どんな<老い>の姿なのか。」
 それを結構突きつめて考え、
 自分なりの結論を出し、
 数か月前から、その<老い>の場所に向かって歩き始めた。


 そんな僕なので、
 岡本おさみの言う「老いぼれてゆく魂」が、
 まともなことを何もやれずに過ぎた来し方に、「ああ、人間のはしくれに生まれてきたというのに・・・」という後悔と慙愧の念に襲われる。
 そんな光景は理解できる。


 どんな青年にも、
 たとえ本人が悲観的であったとしても、
 基本的には、<明日>に光芒があるが、
 「老いぼれてゆく魂」には、
 それが決定的に欠如している。
 気分だけを励ましたところが、
 所詮は、どう終着駅に向かおうか、の場所から逃れることはできない。 
 <老い>を意識するとは、そういうことなのだろう。


 谷川俊太郎に『死んだ男の残したものは』という詩があって、
 反戦フォークソングとして、僕たちが若いころよくうたわれた。
 そこに、


     死んだ男の残したものは
     一人の妻と 一人の子供
     他には何も残さなかった
     墓石ひとつ残さなかった


 と書かれていたが、
 妻からも子からも遠い昔に背中を向けられた僕は、
「それだけ残せばたいしたもんだよ。」
 と思ってきた。
 それだけ残せれば、男、威張って死んでいいのだ。


「で、
 世川さん。
 あなた、
 62年生きて、
 この世に何を残したの?」

 なんだ。僕のことか。
 バ~カ。
 僕は、しっかり残したよ。

 何を?
 ってか?
 
 そんなもの、決まっているじゃないか。


 悪名。


 文句あるか?



コメント

野坂昭如『幸せのどん底』

2015年07月18日 08時45分14秒 | 歌謡曲篇


         野坂昭如『幸せのどん底』



 いつも書くが、
 野坂昭如の歌のほとんどを作詞作曲していた能吉利人=桜井順という人は、なかなかの異才で、
 特に、人を喰った歌を作らせたら達人で、
 それが、一時期の野坂昭如のイメージとうまく合致し、
 『バージンブルース』だとか、『ソクラテスの歌』とか、『マリリンモンロー・ノーリターン』、『終末のタンゴ』などを、
 若い日の僕は、笑い転げながら聴いたものだ。


 入谷に来てからの僕は、
 皆さますでにご承知のとおり、マージャンで勝ち続け、
 それを貯えに貯えたものだから、
 以前に比べると生活がずい分と楽になり、
 ビジネスホテルと年間滞在契約を交わし、
 それに加え、最近は毎日のように1円パチンコで勝つものだから、
 自分の眼から見ても、庶民経済的には、日々支障のない62歳を送っている。


 それは、確かに、あの地獄と隣り合わせの放浪時代に比較すると隔絶の感のある幸福な毎日ではあるけれど、
 しかし、
 僕は、20年間も「放浪の児」を生きてきたわけで、
 「幸福」や「平安」や「安逸」の湯に長くつかっていると、
 奇妙な違和感を覚え始め、
「自分の今いる場所は、とんでもない場違いの場所ではないのか? 」
 そんな気持ちになっていく。


 最近、その思いが昂じてきて、
 越後湯沢に一泊旅行などをして、自分の中の「荒ぶる血」を鎮めようとするのだが、
 一度騒ぎ出した血はなかなかおさまってくれず、
 結構苦労している。


 しかし、「今さら放浪ってのもなあ、」という気持ちも強くあって、
「ふ~む。」
 野坂昭如の歌を聴いた。
 おそらく、この歌も、能吉利人の作詞だろう。

 以下がその歌詞だが、
 これは、能吉利人が書いた歌詞で、
 僕には何の責任もないから、
 ということを、あらかじめ断っておく。


     酒はうまいし 戦争はないし
     俺は幸せのどん底よ
     歌をうたえば 涙も出るし
     俺は幸せのどん底よ

     何にも聞こえぬ 何も見えぬ
     俺は幸せのどん底よ
     遠くに行きたきゃ 国鉄あるさ
     俺は幸せのどん底よ


 『幸せのどん底』
 という歌だ。
 最近、やけにこの歌が口の端からこぼれる。
 若い人のために注釈を付けておくと、
 「国鉄」というのは、今の「JR」のことだ。


 たしかに、最近の僕、「幸せのどん底」みたいな気がする。
 経済的充足感の中での空虚。
 これは、時代のせいなのか。年齢のもたらすものなのか。
 そこはよくわからないが、
 経済的充足は、人が幸福になる手助けはするけれど、人を幸福にするものではない。
 この歌は、そんなことを僕にささやいてくれる数少ない歌だ。


 能吉利人はすぐれた作詞家で、
 こんな歌謡曲の中にも、鋭い政治認識をさしこんでいる。

     
     日本駄目なら アメリカあるさ
     俺は幸せのどん底よ
     アメリカ駄目なら 日本あるさ
     俺は幸せのどん底よ


 この一節は、日米安保関係の根本を実に的確に言い得て妙である。
 安倍晋三も、
 国会で官僚的答弁をするよりは、この一節をうたってみせれば、
 国民はすぐに納得して、内閣支持率は急回復することだろう。


     アメリカ駄目なら 中国あるさ


 誰だ。
 そんなくだらない替え歌を歌っているのは。
 なんだ。猿芝居の辻元清美か。


 それにしても、
 最近僕を悩ますこの空虚感は、いったい、何だろう? 何に起因するのだろう?
 パチンコを打っていて、後ろに並んだ箱を見て、
「今日も小遣いが出来たか。
 毎日よく勝たせてくれるもんだ。」
 と微笑んだその瞬間に、
 僕を駆け足で襲ってくる徒労感。
 この正体は、いったい何だ!
 教えてくれ。野坂昭如。
 

     女を立てれば この世は平和
     俺は幸せのどん底よ 
     腹も立たなきゃ ちんぽも立たず
     俺は幸せのどん底よ


 なんだ。
 糖尿のせいだったのか。



コメント

ピンキラ『おれと彼女』

2015年04月27日 22時36分16秒 | 歌謡曲篇


       ピンキラ『おれと彼女』



 今から45年ほど前、
 『オレと彼女』というテレビドラマがあり、
 そのドラマは、貧しい下宿生だった僕は見ることが出来なかったが、
 主題歌だけは、よく流行ったので、覚えている。
 うたっていたのは、当時大人気の、ピンキーとキラーズだった。


 先日、
 <小悪魔>へのお土産を買いに、越後湯沢の町を駆けまわっていた時、
 ふっと、その歌が、口から出てきた。


      おれと彼女は仲がいい
      だれかが噂立てている
      愛する心が燃えるから
      瞳の色ですぐわかる
      おれと彼女は愛してる
      叫びたいほど愛してる


 今の世川と<小悪魔>の愛の姿をうたっているみたいで、
 なかなかいいではないか。
 そうだ。確かに、入谷のホテルのフロントでは、
 ピーチク雀たちが噂を立てている。

「お似合いの二人よね。」
「19歳もの歳の差を超えた愛。
 見ているだけで感動的だわ。」
「世川さんもダンディだし、
 彼女の方も美人だし、
 もう、お似合いのカップルね。」
「ここのフロントが愛の接点ってのが、素敵じゃない?」
「違うわよ。
 愛の接点は、窓辺に並んだ鉢植えの花よ。」
「ロミオとジュリエットみたい!」


 僕は、越後湯沢の駅の構内を、
 町の土産物店の中で、
 実に気持ちよく、その歌を小声でうたい続けたのであった。

「で、
 なんで、2年間も会ってもらえないの?」


 ・・・・・、


 なんだ。
 その声は、
 また、安芸の残九郎か・・・・。
 呼ばない時にばっかり出て来る男だな。


 それはだなあ。
 それは、だな・・・・、

「今は、近くに住んでいるんでしょ?
 石を投げたら届くくらいの近さなんでしょ?
 それで、なんで、住所も教えてもらえないの?」


 う~ん。
 ゴホン。
 ゴ、ホンホン。
 まあ、そういったことはあっちに置いておいてだな、
 山上路夫作詞のこの歌、
 君もいい歌だと思うだろう?
 だから、今から、僕は、愛について・・・、


「もう、2年も、チュッしたことがないんでしょ?
 もう、2年も、ボインツンツンしたこともないんでしょ?
 もう、2年も、」

 うるさい!
 黙れ!



「・・・・、」
「・・・・。」
「・・・・。」
「・・・・。」



 なんか、書こうと思っていた愛についてのあれこれが、
 突然に書けなくなった。

 研一郎。

 あの男をけっ飛ばして追い出してくれ!


 以上、
 これまでで一番短い「歌謡曲篇」でした。



コメント

ヴィレッジシンガーズ『Xmasなんか来てほしくない』

2014年12月24日 15時52分43秒 | 歌謡曲篇


  ヴィレッジシンガーズ『Xmasなんか来てほしくない』



 この世に、クリスマスの歌は沢山あるが、
 僕が、まだ高校生の時に、
 『バラ色の雲』や『亜麻色の髪の乙女』をうたったヴィレッジ・シンガーズが、
 『Xmasなんか来てほしくない』という流行らない歌をうたった。
 作詞作曲は、新谷のり子の『フランシーヌの場合』や兼田みえ子の『私もあなたと泣いていい?』を作った郷伍朗だったように記憶しているが、
 手元に資料がないので、正確さには自信が持てない。


 この歌、
 清水道夫の柔らかい声だけが取り柄の、
 内容的には全然つまらない歌だったが、
 出だしのメロディは覚えやすかった。



    クリスマスが来るんだな
    街の灯りがきれいだな
    僕はクリスマスなんか来て欲しくない
   
    ・・・・、


    だけどいまは独りぼっち
    サンタクロースもいない
    僕はクリスマスなんか来て欲しくない 


 今日、
 その歌を、35年ぶりくらいに聴いた。

「うん?」

 これって、今年、本日12月24日、入谷にてクリスマスイヴを迎える僕そのものの歌ではないか。


 近年の世川行介、
 クリスマスになっても、
 女の肉体が空から降って来ない。
 サンタクロースのじいさんが、
「お~い。
 今から落とすから、しっかり受け止めろよ。」
 そんな言葉を天上から叫び、
 すっかりその気になって、
「は~い。どうぞ。」
 僕は身構えるのだが、
 ・・・・、
 いつになっても、両腕の中に若い女の肉体は落ちて来ない。
 常日頃、ネットの政治好きジジババ攻撃ばかりするものだから、
 ここぞとばかり仕返しをされているみたいだ。

 もう、僕には、サンタクロースは来ないんだな。



 で、
 独りぼっちの今日今夜、
 いかように過ごしましょうか?と周囲を見渡したが、
 下町入谷の空は、ただ色が青いだけで、
「ふ~む。」
 心を震わせる何ものもない。
 『砂漠のような東京で』、
 いしだあゆみもババアになったもんな。
 うん?
 これはジジババネタ。若い人はわからなくてもよろしい。


 さっき、浅草のスナックのばあさんから、
「メリークリスマス!」
 とメールが来ていた。
 バカヤロ~。
 ババアとクリスマスイヴを呑んで過ごすくらいなら、
 上野駅前の道路の溝に顔を突っ込んで死んだ方がマシだ。
 これ、本心。


 熟慮に熟慮を重ねた結果、
「やっぱり今年もこれしかないか。」
 ということで、
 本日は、通い慣れたる上野の「仕事場」に行くことにした。

 どうせ、おいらのクリスマスなんて、こんなものよ。



コメント (1)

平山みき『京都ようすてん』

2014年10月28日 21時03分57秒 | 歌謡曲篇


     平山みき『京都ようすてん』



 僕は、古い歌謡曲が好きで、
 30年前40年前の歌謡曲2000曲を、しゅっちゅう聴いて過ごしている。
 その代り、
 「希望」だとか、「明日」だとか、「優しさ」だとか、「夢」だとか、
 少女小説専用単語ばかりを並べた最近の歌は、
「冗談じゃないよ。」
 と遠慮させてもらってきた。


 だから、
 「新曲」を、「この歌、いいな。」と思ったのは、
 20年くらい前のポルノグラフティとかいうグループの『サウダージ』と『アゲハ蝶』が最後で、
 それから20年がすっ飛び、
 「これ、いいな。」と思って、覚えた「新曲」は、 
 去年の初冬の喜多条忠作詞の『その昔』(吉幾三歌唱)くらいのものだ。
 僕は、演歌はあまり好きではないが。
 これは、なかなかの名曲だった。


 その僕が、
 この数日、すっかりハマっている歌がある。
 僕が浪人生の夏に『真夏の出来事』で大ヒットを飛ばしたことのある平山三紀、
 あらため、平山みき、
 の、
 『京都ようすてん』
 という歌だ。

 ネットで調べたら、2010年11月の作品だそうだ。
 2年前なら、「新曲」ではないけど、
 まあ、僕には「新曲」だ。


 作詞も作曲も全然聞いたことのない名前だったので、
 どこの何者なのかわからないが、
 薄い哀愁味を含ませながらの軽快なメロディといい、
 京都弁を駆使したユニークな歌詞表現といい、
 この歌は、実に、僕好みの歌だ。
 そして、
 平山みきの、ババアとは思えないクセのあるうたい方も、
 最初は少し抵抗があったが、
 聴き慣れたら、実に味わい深い。
 このところ、一日に30回位くらいは聴いている。


 タイトルの「ようすてん」というのは、
 もちろん、西洋人の名前なんぞではなく、
 「よう捨てん」で、

 また、
 3番までのキーワードとなっている、


     かいらし女でいたいけど


 の「わいらし」は、「可愛らしい」だ。


 僕の周囲では、
 永く、
「京都の女は性が悪いから、
 女房にしちゃいけない。」
 と言われていて、
 京都産の女と情を交わしたことは、
 世川行介、この人生でただの一度もない。 
 それは一生守るのであろうけど、
 この歌に浮かんで来る「京都女」は、
 心底「かいらし女」で、結構である。


     京都の街に夏が来る
     コンコンチキチン
     祇園ばやし音がする
     四条通りを歩いたね
     ウチ、今もよい山大好きや
     ほんまはあんたといたいけど
     コンコンチキチンよう離れへん
     かいらし女でいたいけど

     京都ようすてん
     ア~ア~・・・・、ようすてん


 このアップテンポの歌を聴いていると、
 奇妙に、自分が20歳くらいの夏の日を思い出してしまう。

 その頃の僕は西日本の人間で、
 好きな女が京都に住んでいて、
 今は知っている人などいないだろうが、
 泉まり、という一発屋の女性歌手のうたった『京都特急』を口ずさみながら、
 阪急電車で京都に向かったものだった。
 思い出すと懐かしい。


 その当時は、だみ声平山三紀の絶頂期で、
 デビュー曲の『ビューティフル・ヨコハマ』から、
 『希望の旅』、『フレンズ』、『月曜日は泣かない』・・・、
 沢山の彼女の歌を聴いたものだ。

 どの歌も全部、橋本淳作詞、筒美京平作曲で、
 あの二人の秘蔵っ子、って感じだった。
 『ビューティフル・ヨコハマ』のどこかに、「ゼンタ」という男の名が出てきていて、
 橋本淳が、「あれは筒美京平の子供の誕生祝いだった。」と書いていて、
 なるほど。筒美京平の長男は、ゼンタという名前か。
 と知った。


 この日記を書きながらも、
 10回以上聴いた。
 それくらいに気に入ってしまった。

 たまには、ババアの若作りの声もいいな。




コメント

ベトナム歌謡『Diem xua』

2014年10月19日 11時49分38秒 | 歌謡曲篇


      ベトナム歌謡『Diem xua』



 今日も朝が来た。

 花たちをバスルームに運んで水を差し、
 鉢植えを一つ一つ窓辺に戻し、
 空を見上げた。
 雲の少ない秋の青空だ。

 それから、
 パソコンを開いて、僕だけの朝の歌を聴きながら、
 コーヒーを淹れた。


 『Diem xua』。
 ベトナムの歌で、
 日本では、高階真訳の『美しい昔』というタイトルだ。
 パソコンにいくつかの種類を持っているが、
 日本では、天童よしみがうたっている。
 演歌歌手だが、この歌をうたう時は、演歌臭さがなく、
 結構聴ける。


 意味もわからないベトナム語で流れるこの歌を、
 放浪の十余年の間、
 歌舞伎町で、
 千葉で、
 大阪で、
 新潟で、
 富山で、
 上野で、
 そこしか行き場のないネットカフェの個室の薄闇の中、
 何百回も聴いた。
 いや、もう、何千回になるのかもしれない。
 聴くと、心が、少し湿った。


 無数の歌謡曲を友として過ごした放浪だったが、
 何故か、この歌は、強く心惹かれる歌の一つになった。
 高階真の訳詞に、とりたてて気の利いた歌詞はない。

 僕は、
 過去を、「美しい。」と懐古賛美する感性が大嫌いで、
 遠い昔、森田公一とトップギャランが『過ぎてしまえば』という歌を出した時、
「なにが、過ぎてしまえばみな美しい、だ。
 その心性を拒絶するためにこそ、みな必死に苦闘しているんだ。
 馬鹿を書いてんじゃないよ。」
 と、作詞家の阿久悠を侮蔑したことがあった。
 だから、この歌の邦訳の『美しい昔』というタイトルには、拒絶反応しか、今も、ない。


 ベトナム戦争の頃の古い歌らしいが、
 歌詞表現としては、固くて平凡なつまらない歌詞だ。
 きっと、僕は、
 あの哀愁味あふれるメロディが、
 少し悲愴感をかかえて生きていたその当時、好きだったのだろう。

 秋から冬の僕の心によく似合ったメロディだった。
 心と躰が冷えている時に聴いた記憶ばかりが残っている。


 11時になった。
 空は雲のない青空だ。
 二日続けての陽光に、
 鉢植えの花たちが、次々と蕾を開かせている。
 白い撫子、
 紫の千日紅、
 橙色の百日草、
 ピンクのペチュニア・・・。

 こんな平安な秋を過ごすのは、何十年ぶりのことだろうか。
 過ぎた20年と照らし合わせると、嘘のように平安な光景だ。
 今となっては、
 あの過ぎた20年は、僕にとって「美しい昔」だったというのだろうか?
 そんなことを思うと、僕の頬が苦笑いでゆがむ。


 少しのどかで、
 多分に孤独で、
 どこまでも自由な生。
 もう十分に波乱を生きた。
 このままで或る日ぽっくり死ねたら文句はないな。
 秋の青空に、そんなことを思った。




 
コメント (1)

添田唖蝉坊の世界   新旧同時連載

2014年09月23日 22時39分05秒 | 歌謡曲篇


      添田唖蝉坊の世界



 いまは、午後10時。
 パソコンを見ないで過ごしたせいなのか、
 少し楽になってきた。
 それと、未明に温湿布を貼ったのが効き、
 肩の凝りがなくなった。
 つまり、かなり良くなってきた。
 明日からまた元気でやれそうで、喜んでいる。


 眼を使わないために、
 本日は、
 明治から大正期に風刺唄で人気を博したという添田唖蝉坊の作品をいくつか聴いて過ごした。
 この間、偶然に、『ああわからない』という風刺唄を聴いて大笑いしたからだ。
 土取利行という人が弾き語りでうたっているもので、
 この人のうたい方は、変な悲愴感や憤怒や力んだところがなく、
 ほどよく抑制されていて、
 僕の好みに合っている。

 
 添田の作品は、下層社会や下層労働者の貧困に関するものが多い。
 戦前の社会党のプロパガンダ、といった立場にあったみたいなので、それはそれでいいのだが、
 その表現法が、なかなかユーモアにあふれていて、
 平成の今聴いても、楽しめる。


 『現代節』というのがあって、


     金も欲しいが 女も欲しい
     欲しい欲しいで日を暮らす
     アラ本当に現代的だわね


 ネット産業で成り上がり、六本木ヒルズに事務所を構える青年実業家たちの顔が浮かび、
 思わず、笑った。


 『金金節』は、もっと直截で、


     金だ金金 金金金だ
     金だ金金 この世は金だ
     金だ金金
     誰が何と言おと 金だ金金 黄金万能


     泣くも金なら 笑うも金だ
     馬鹿が賢く見えるも金だ
     酒も金なら女も金だ
     神も仏も坊主も金だ

     坊主抱いてみりゃめっちゃめっちゃに可愛い
     尻か頭か頭か尻か
     尻か頭か見当がつかぬ
     金だ金金 医者っぽも金だ


 ホリエモンとかいう青年が昔いて、
 言葉は換えているが、同じようなことを言っていたなあ、と、懐かしく思い出した。

 それにしても、
 「坊主抱いてみりゃめっちゃめっちゃに可愛い
  尻か頭か頭か尻か 尻か頭か見当がつかぬ」とは、
 よくぞうたったものだ。
 今どきの作詞家は、こんな歌詞、とても書かないだろう。


 さらに、
 『ノンキ節』の一節には、


    お花売る貴婦人はお情け深うて   
    貧乏人を救うのがお好きなら
    河原乞食もお好きじゃそうな
    ほんに結構なお道楽 
    アハ ノンキだね。


 てなのがあって、
 これも笑った。
 河原乞食というのは、今の言葉で言うなら「芸能人」のことだ。


 野口雨情の『船頭小唄』の替え歌の『貧乏小唄』というのがあって、
 元歌は、


     俺は河原の枯れすすき
     同じお前も枯れすすき
     どうせ二人はこの世では
     花の咲かない枯れすすき

     死ぬも生きるもねえお前
     水の流れに何変わろ
     俺もお前も利根川の
     船の船頭で暮らそうよ


 という歌詞なのだが、
 これを、添田唖蝉坊がうたうと。


     俺はいつでも金がない
     同じお前も金がない
     どうせ二人はこの世では
     金の持てない貧乏人

     泣くも笑うもねえお前
     質の流れに何変わろう
     俺もお前もボロボロの 
     着物一つで暮らそうよ。


 こうなる。

 今頃の青年にはあまり理解できないだろうが、
 「水の流れ」を、質流れの「質の流れ」と書く茶目っ気ぶりには、
 正直、感嘆して、
 出だしから最後まで、大笑いさせてもらった。


 また、
 『新ああわからない』では、
 まるで、何年か先の東京オリンピック直前に訪れるであろう株価大暴落を予感させるように、


    ああわからない わからない
    相場師なんかもわからない
    暴落なんぞに腰抜かし
    首をくくるのがわからない


 とまあ、
 社会を茶化しきっていて、
 この小気味よさは好きだなあ。と思った。


 もう、この国に、この手の風刺唄は出て来ないだろうな、という気がする。
 国民から、洒落っ気がなくなってしまっているからだ。
 怒りも直線的、
 正義感も直線的、
 思考に「余裕」がありゃしない。
 大衆芸術が直線的になったら、「山田洋次」になるしかない。
 説教、啓蒙、道徳家。
 庶民の愚かさやいい加減さの入る余地がない。


 平成20年代を迎えたこの日本、
 そこいらの「馬鹿ママ」どもを鳥瞰すればわかるとおり、
 右も左も前後斜めも、
 「真面目のふり」が大通り。
 僕なんぞには、阿呆らしくって、つき合えない。


 添田唖蝉坊は、いいなあ。
 


コメント

武田鉄矢『あんたが大将』

2014年08月27日 12時47分36秒 | 歌謡曲篇

     武田鉄矢『あんたが大将』


 昨夜、飲み屋のカウンターで、
 1時間以上も、隣の青年に向かって、大声で自慢話ばかりしている50歳くらいの男の話を、聞くともなしに聞いていて、
 一つの歌を思い出した。


 僕は、
 映画『幸福の黄色いハンカチ』に出演してから、
 説教家山田洋次に感化されて、
 元来がいい加減なボンクラ青年だったくせに、
 道学者みたいな与太話を得々とするようになってからの武田鉄矢は、
 反吐が出そうになるほどに大嫌いだが、
 若い日、世に受けない歌ををうたっていた頃の武田鉄矢は、
 結構好きだった。
 彼ら(「海援隊」)がうたった、『あんたが大将』と『JODAN JODAN』は、レコードまで買った。


     黙っていればいいものを
     酒の席とはいいながら
     はじまりましたねあんたの話
     色々苦労もあったでしょうが
     自慢話が長すぎる
     泣かせた女の数ばかり
     意張ってみても男の値うち
     あがるもんじゃないんです
     あんたが大将 あんたが大将
     あんたが大将 あんたが大将
     あんたが大将


 この『あんたが大将』というタイトルの歌は、
 青年のジジイたちに対するおちょくり心が上手く表現されていて、 
 20代の僕は、結構愛唱した。


 実に、ジジイという種族は自慢話が大好きで、
 若い日の僕は、酒の飲めなかったこともあって、
 ジジイたちと酒を飲むのが大嫌いだった。
 昨夜、
「俺はさあ。」
「俺はさあ。」
 と、延々と自慢話をする男に呆れながら、
 それを、「ええ。ええ。」と聞いている青年を盗み見て、
「よく耐えてるなあ。」
 と感心した。


 昔々、名曲『あんたが大将』でジジイ族をおちょくった武田鉄矢が、
 40歳になるかならない歳から、
 自慢話男の方がまだマシな、説教垂れ男に変わった。
 酒の席でならまだしも、
 文字や映像の世界でシャーシャーとやり出した。
 あれには、本当にゲンナリした。


    この世は全てチャンスなんだ
    うまく生きたが得なんだ
    得意話がまだ続く
    色々こつもあるでしょうが
    手柄話が多すぎる
    風に吹かれて生きてたくせに
    いつのまにやら悟りきり
    世界はあんたの為にある
    あんたが大将 あんたが大将
    あんたが大将 あんたが大将
    あんたが大将


「自分に向かってこの歌をうたってみろよ。」
 と言ってやりたい。


    風に吹かれて生きてたくせに
    いつのまにやら悟りきり
    世界はあんたの為にある


 なんてのは、とてもいい歌詞じゃないか。


 僕は、
 黒鉄ヒロシだとか、なかにし礼だとか、山本晋也だとか、
 昔、いっぱしの不良青年だった連中が、
 歳月を経て、その業界で一定のポジションを得始めたら、
 自分の「愚かな過去」は忘れたかの顔で、
 聖人君子のように天下国家を論じる変貌ぶりを、
 ずっと批判してきた。

「いまのその言葉の中に、
 お前の過去に裏打ちされて血肉化された言葉は、どこにあるんだ?
 自分の過去を、その時々の都合で切断するな。
 若い日の<愚か>は、恥じゃない。
 むしろ、誇るべきものだ。
 お前たちが世界や社会を語る時には、 
 お前たちならではの、
 若い日の<愚か>に裏打ちされた言葉を吐け。」

 それが僕の批判の眼目だった。

 武田鉄矢にも同様のことを思う。


    しばし手にしたあんたの出世
    今夜だまってほめてあげる
    あんたが大将 あんたが大将
    あんたが大将 あんたが大将
    あんたが大将


 これが、僕の、彼らに対する心境だ。 





コメント (1)

添田唖蝉坊『ああわからない』

2014年08月13日 13時53分24秒 | 歌謡曲篇

    添田唖蝉坊『ああわからない』



 
 添田唖蝉坊(あぜんぼう)の唄を幾つか聴いてみて、
 『ああ、わからない』という唄に大笑いし、
 すっかり気に入って、
 この数日、
 暇さえあればそれを聴いて楽しんでいる。


    ああわからない わからない
    今の浮世はわからない


 そんな歌詞で始まり、
 様々な世相風刺がうたわれるのだが、
 何番目かに、こんな歌詞があった。


    ああわからない わからない
    賢い人がなんぼでも
    ある世の中に馬鹿者が
    議員になるのがわからない

    議員というのは名ばかりで
    間抜けで腑抜けで腰抜けで
    いつもぼんやり椅子の番
    人か人形かわからない


 亡霊左翼たちの「生真面目正義」もいいけれど、
 国会議事堂前で文字面だけ過激なシュピレヒコールを叫ぶよりは、
 この歌を一曲、参加者全員でうたってみせた方がいいのではないか?
 という気がした。


    人は不景気不景気と
    泣き言ばかっかりくり返し 
    年がら年じゅう火の車
    回しているのがわからない


 僕はこういう角度の批評精神というのは大好きで、
 少し、ここに紹介してみたくなった。


    ああわからない わからない
    金持ちなんぞはわからない
    ぜいたく三昧(ざんまい)し放題
    妾(めかけ)を囲うて酒呑んで
    毎日遊んでおりながら
    金が段々増えるのに
    働く者はあくせくと 
    流す血の汗あぶら汗
    夢中になって働いて
    貧乏するのがわからない
    貧乏人の増えるのが
    何故に開化か文明か


 添田本人は、そうは思っていなかったろうが、
 社会風刺のこの歌が、ある瞬間に見せる<ユーモア>が、
 実にいい。


 最近のこの国では、
 「開き直り」か、
 「生真面目正義」か、
 「思いつき」か、
 そんなものしか見ることができなくなり、
 しかも、
 その三者とも、
 表情だけはしかめっ面をするので、
 思わず、「本気か?」と思ってしまう。

 なんてことはない。
 こいつらの冠詞は「無責任」だ。
 名前隠して言うのはタダだから、
 少し偉そうに言っているだけだ。
 熱いハートも、
 穏やかな謙虚も、
 冷静な思索も、
 そんなも、どこにもありゃしない。

 若者よ。
 真面目な顔をして「正義」を語る奴を信じるな。

 なんてね。


 この歌の最後が、なかなかに良かった。
 これも、添田自身は、労働者や庶民のことをうたったのだろうけど、
 僕は、もっと違う意味で感心させられた。


    どう考えてもわからない
    何を目あてに永らえて
    いるのかさっぱりわからない  
    わが身でわが身がわからない


 そう。
 齢61にもなって、
 何を目あてに永らえているのか、さっぱりわからない。
 今、何故、下町入谷のホテルの窓から、
 何の感慨もなく夏空の雲を眺めているのか。  
 わが身でわが身がわからない。



コメント

芝田洋一『酒もってこい』 2014夏

2014年06月25日 04時14分26秒 | 歌謡曲篇

    芝田洋一『酒もってこい』 2014夏


 長い放浪の過程で、
 夏になって、その夏が元気のいい時は、
 酔っぱらうと、
 芝田洋一の『酒もってこい』を口ずさむ癖がついた。


    生きてるということは 
    ただもうそれだけで
    うれしいことだと 
    言っては酒を呑むお前


 後の歌詞は長ったらしくてつまらないので、覚えていないが、
 元気のいい時には、この歌詞はいい。


 僕は、29歳まで、酒の苦手な男だった。
 むしろ、酒を呑む男達を、
「そんなくだらない事にお金をつかうより、 
 家に帰って本の一冊でも読めばよかろうに。」
 と、少し侮蔑の眼で見ていた。

 29歳で特定郵便局長になって、
 地域の人と酒を呑む機会が増えた時、
 苦痛でたまらなかった。
 何度も、酔ってぶっ倒れた。
 ひどい時には、
 雪道で、タクシーから降りるなり雪の上に突っ伏して、
 母親や別れた細君たちに家に担ぎこまれたこともあった。

 仕方がないので、
 酒を呑む訓練と、カラオケをうたう訓練をした。
 これは、難解な思想書を読むよりもはるかに苦痛と努力を要する作業だった。
 半年くらいかかったが、
 空きっ腹に流し込むこと。
 それを覚えた。
 それで酒が飲めるようになったが、
 でも、酒を美味いと思うことは、ほとんどなかった。


 そんな僕が、
 歌舞伎町の5年間で、大酒呑みになった。
 夕方から夜明けまで、「シーバス」一本を空けるまでの大酒呑みになった。
 最近は、毎日みたいに酒を呑んでいる。
 焼酎のボトル一本くらいは、その気になれば、軽く空ける。

 人は変わるものだ。


    酒もってこい 酒もってこい
    酒もってこいよ
    酒もってこい 酒もってこい
    オーライ 酒もってこい


 なんと単純明快な歌詞だろう。 
 ということで、
 夏の酒を呑む度に、この歌が口の端からこぼれる。
 アップテンポの威勢良さが僕好みで、
 この歌を口ずさむと、
 放浪したあの町この街の夏の景色が浮かんできて、
 過ぎた日々が懐かしい。


 <政治の季節>のとりあえずの終焉を見届けた僕の今年の夏は、
 結構平安で、心地よい。
 <小悪魔>が、
 いまだに「お久しぶりですラブラブラブ」を承諾してくれないので、
 毎夕、見飽きてきた堤重役と、酒をかっ喰らっている。
 昨夕も、二人で飲んだ。
 早くから飲んだものだから、5時半には別れた。
 部屋に戻って、
 暮れなずむ入谷の空を窓越しに見上げながら、
 思わず口からこぼれるのは、
 やっぱり、この歌だった。


    生きてるということは 
    ただもうそれだけで
    うれしいことだと 
    言っては酒を呑むお前


 何度も、
「もう、ここいらかな。」
 と観念しかけながら、それでも、もう少し。と思い直して生き延びてきた20年だった。
 先夜も、「大多福」の若奥さんから、
「そんな人生を実際に生きた人がこの世に存在するなんて、
 私は、信じられないわ。」
 と笑われたが、
 そんな人生だった。
 とうとう、20年間、働かずに過ごした。
 よく生きて来れたものだ。

 そんな後半生だったから、生きてるってのはいいもんだな。としみじみ思う。
 この歌詞を、うん、いい歌詞だ。と思う。


 芝田洋一さん。

 もう、あなたもいいオヤジになっているだろう。
 ここいらで、
 『酒もってこい』をしのぐ酒呑みの歌を聴かせてくださいな。



  
コメント