えー。。。こんなお話だったっけー?
小学生の頃に読んで以来読んでいなかったのだが、本書の表紙(和田誠 画)・装丁がすてきでつい手にとり再読。内容もすっかり忘れていたので(汗)。
<馬鹿のイワンと、その二人の兄弟、軍人のセミヨンにほてい腹のタラスと、唖の妹マラーニャと、それに老悪魔と三人の小悪魔についてのお話。>とある。(本書より)
イワンにとって、兵隊とは「歌をうたうもの」であり、金貨は「子どもたちと遊ぶおもちゃ」。二人の兄たちは、これらを手に入れるためにあくせくするのだが、これらを手に入れてしまったがために、老悪魔により最終的に没落させられる。
しかし、イワンといえば……。これらを手に入れても必要以上に欲しがらない。執着しない。国王になっても額に汗して働く。そうすることがすきだから。国民も同様。老悪魔は国王になったイワンを失墜させることがなかなかできない。
イワンは自分は馬鹿だから……というが、無欲な人を懐柔することは存外むずかしいことなのではないか。目に見えるもので人を操作できることほど簡単なものはない。そんなことを思った。
「馬鹿」とはいったいなんなのか?ほんとにイワンは馬鹿なのか?なぜか宮沢賢治著の「虔十公園林」のお話を思い出してしまった。
イワンの国の習慣がただ一つあるという。
それは<手にたこのある者は食卓についていいが、たこのない者は、人の食べ残しを食べねばならない>。
このお話(民話)は、トルストイが生きた時代を抜きには語ることができないだろう。本書の後ろに「トルストイ略年譜」が付されている。彼の人生とその頃のロシアという国を理解する手引きとなると思う。
また、自国のほかに他国の作家にも絶賛されているトルストイの著作。このシリーズで他の作品があるので読んでみたい。