*読者諸兄には、宮澤賢治の≪セロ弾きのゴーシュ≫という童話作品を過去に愛読された方もおられることだろう。遠い昔、ボクも読んだような気がしたので、ネットで探してみた。
以下は、この作品についてのお話。
【本作には、賢治自身が実際にチェロを練習した経験が反映されていると考えられる。 (中略)農民楽団の実現と自作の詩に曲を付けて演奏することを目指してチェロを購入し練習した。
1926年に上 . . . 本文を読む
このところ、チェロを演奏してみたいという衝動に駆られている。
否、「衝動」というと一時的な思いつきのように受け取られかねないから、言い直した方がよいだろう。
以前、このブログの「第11話」にも少しその気持ちを記しているのだが…。
ボクは何でも長続きしないのに、すぐに飛びつくところがあって、それを自覚するようになってからは、なるべくすぐに手を出さないように心掛けているのだ。
まァ . . . 本文を読む
最近、ブログからすっかり遠ざかってしまった。
まず“ 写真説明 ”から…。
初めて行った公園のベンチで、気持ちよく寝ている人を見かけた。起こしては気の毒だと思い、そお~っと側を通り抜けたのだ。
あとから近くの人が言うには、
「あれは実は、風変わりな芸術家が造った精巧な人形なんだよ 」だと。
すっかりダマサレてしまった。
それでまた行って近くで眺めると、手の毛穴や浮き . . . 本文を読む
はじめにテーマとは直接かかわりのない話で恐縮だが、プライベートな題材に触れておきたい。
実はことし5月のある日、ボクは66.6kgに達した体重と、94cmになったウェストに危機感を抱き、以来、黙々と減量に励んでいるのである。
ボクの身長は161㎝なので、理想的な体重は57~58kgらしい。
背の高さについて言うと、成長期には何とかもっと伸びないものかといろいろ涙ぐましい努力をしたものだ . . . 本文を読む
映画「ALWAYS 三丁目の夕日」のDVDが二ヶ月ほど前に出たので、娘が借りてきて何度も勧めるものだから、ようやくゆうべ観ることになった。最近は映画鑑賞などに費やす2時間ほどが惜しくて、というか億劫でついそんな機会も逃してしまうことが多いのだ。
この作品の劇場公開が昨年の11月だから、映画ファンの中には足を運んで鑑賞された方も居られるだろう。 いろんな情報を取り入れることに小まめなボ . . . 本文を読む
近ごろ、すっかりご無沙汰をしてしまった。別にネタ切れしたとか飽きがきたという訳ではない。
本業や家族の慶事などが集中して、少し空いた時間が生まれても気持ちが入り込めないという状況にあった次第。
さて、ボクが天理高校をめざす中学3年生の頃、朝日新聞に我が吹奏楽部の大きな記事が載ったことがある、その中には天理学寮北寮から通う当時2年生の先輩が寮生活の一部を語っていた。内容は練習の厳しさや難しさ . . . 本文を読む
3年前の4月30日、矢野先生の30年祭がつとめられたその日、天理高校吹奏楽部OBの会 「 天理楽朋会 」 による 「 矢野先生を偲ぶ会 」 が催された。
正午、本部祖霊殿に集合して参拝の後、豊田山の墓地に向かう。
道すがら同世代のOBたちと、当時の想い出の二つ三つを語り合い、参加できなかった人たちの消息などに話が及んで懐かしさも一入であった。
今やOB会員も一千名ほどに膨れ上がっている . . . 本文を読む
楽器というものは何歳ぐらいまで演奏できるのだろうか? ということは、歳を重ねた音楽関係者にとって大きな関心事であるし、特にプロとしてご活躍の方々には切実な問題であると思われる。
弦楽器、鍵盤楽器、打楽器、吹奏楽器など…、ほかにもあるかな? シンセサイザーの類いもあるが、これは音を造る部分が電子機器に頼っているわけで、演奏者はコンピューターや鍵盤などの仲介を要するだろう。
弦楽器やピア . . . 本文を読む
荒川静香選手の演技は、テクニックと優雅さを極めており胸が熱くなった。
ほかの競技の成果がはかばかしくなかっただけに、まさに千金の値となる素晴らしい金メダルだ。
歳のせいか、朝早く目が覚めるようになっていて、トリノ・オリンピックの様子をついついテレビで観てしまう。 だが、そのお蔭で彼女の決定的瞬間をライブで見せてもらうことが出来たのだ。
あとで録画を観るのとは、やはり感動の度合いが違う。 . . . 本文を読む
ボクたちが1年生のときは、吹奏楽コンクールに出場しなかったので(第6話に記述)、次に出場するときには、この1年間のブランクはどんな影響を及ぼすだろうかと、心配というよりは第三者的な興味を持っていた。
3年生は、1年生のときにコンクールを経験しているのだが、そのメンバーの中で何人がレギュラーとして出演していたのか? そして3年生の中には、パートリーダーとして不安な気持ちを抱く人が居るのではない . . . 本文を読む
去年の四月、小学校六年の同窓会があって、何人かには卒業以来ということで50年ぶりの再会となった。前回は25年前だったので四半世紀に1回の割合ということになる。
この調子でいくと次回は87歳ぐらいになる計算だが、もう半分以上は居なくなっているかも知れないので、今後は二、三年に一度は集まろうということになった。
その50年ぶりと25年ぶりの旧友たちの何人かと、メール交換を始めたので、このブ . . . 本文を読む
「釣りはフナ釣りに始まってフナ釣りに終わる」とか云うのを聞いたことがある。 で、そのまゝ、吹奏楽はマーチ(行進曲)に始まってマーチに終わるなどと言う人がいるが、そんなふうに言い切ってしまうのもどうかと思うのだ。
吹奏楽の音楽性・芸術性を昂めて発展させようと尽力されておられる関係者各位には、吹奏楽=マーチ、と片付けられることは、少し見くびられているような感を抱くことにはならないだろうか?
近 . . . 本文を読む
ボクの子ども達(男3人、女1人)は、誰もバンド(吹奏楽)をやろうとしなかった。
OB諸兄を見渡すと、親子で天高吹奏楽部出身という方もけっこうあるし、親と同じ楽器をしたり、中には親子でキャプテンを務めたという姿を眺めていると、少しさびしくなることがある。
我が教会の鼓笛隊に全員入れて素質を見たが、みなそこそこやれそうに思ったので、誰かやるだろうと気を許している間に、長男は水泳、次男は空手、娘 . . . 本文を読む
ボクの音楽に対する認識不足であり、しろうとの偏見であるかも知れないのだが、概して合奏(合唱)曲の場合、主においしい部分は高音部のパートに与えられていて、それは、時に繊細であり華やかであり、またきらびやか、爽やかさなどを表現するに適していると思う。
一方、低音部は重厚且つ荘重で他を圧倒したり、悲愴感や陰鬱な気分などを表現できるというふうに言って差し支えはないだろう。
ならば中音部はどうかと . . . 本文を読む
ブログで裏話などを伝えると、ご迷惑がかかる方があるのではと控えていたのだが、そんな話にこそ愉快なものが多いのだ。
もう時効になるだろうと勝手ながらお許しを願って、2つばかり公開したい逸話がある。
クラブでの日常は、毎日お決まりのパート練習か、土・日・祝日には合奏練習が行われるけれども、概して平凡な日々であった。
しかし演奏旅行となると、その道中にはいろんな予期せぬ出来事が起こって、けっこ . . . 本文を読む






