佐貫卓球ルーム

スポーツの好きな地元 <卓球> 少年・少女を応援しています 

佐貫卓球ルーム(君津市民文化ホール・)

2013-04-25 14:07:00 | Weblog

ご訪問


    ありがとうございます







冒険家でプロスキーヤーの三浦雄一郎さんが23日

史上最高齢となる80・7ヵ月歳でのエベレスト登頂に成功しました

これからの高齢化社会に夢と希望を与えてくれました



   






三直の現場(君津市民文化ホール)

   


田んぼの中に忽然と姿を現す丹下健三設計の斬新なデザインです

平成2年9月オープンというから、もう23年以上経っているでしょう

大ホールで歌謡ショーがありました

市原の姉から無料招待券を貰ったので妻と出かけました

24年前に某大手電気会社の下請けで工事を請け負い施工しました

また偶然に昨年の○丁目の町内会長さんと工事現場が一緒でした

当時Tさんは大手設備会社の現場監督さんの1人でした

23年を振りかえると多くの同業者・取引業者の倒産が続きました

下請けで一緒に現場施工した電気会社も倒産し

取引業者でした君津の建築会社、富津市の建設会社も倒産したようです

そんな中我が社は縮小しましたが何とか乗りこえました

現在のTさんは水道設備会社の社長さんです

その節は現場で大変お世話になり有難うございました

当時私は30代後半で体も心も一番充実していた頃です

我が社は花輪のマンションと市民文化ホールの2現場を施工していました

富津市の実家に住む弟が職長をし3人の社員と工事期間中1年常駐しました

私は高速道路、花輪ICから近い分譲マンション現場を担当していました

12階建てマンション現場にはやはり4社の下請けで施工しました

現場には12階建のマンションが2棟と集会所が建ちました

花輪の分譲マンションに行かない日は君津市民文化センターに来ていました

花輪の現場の日は本店営業所に5時に集まりました

車を乗り換え5時30分君津に私を迎えに来て5人で出発しました

まだ高速道路は工事中で開通せず千葉東ICまで一般道を利用していました

ので朝は早く忙しかったですね

建設の職人さんは現場内の仮設プレハブ住宅に1年ほど泊まっていました

皆さん他県の人ばかりでした

仲良くなると「元々此方の人だろうから夜の街は知っているだろう」

「安くて雰囲気の良い飲み屋さんを紹介してくれよ」と頼まれました

土曜にはゼネコンの職長(各リーダー)さん達と飲みに出かけました

現場を上手く進める為に他業者の職長達と仲良くしました

一昔前の現場内では設備(水道・電気)業者は弱い立場でしたからね

建設の職長さん達と飲んでいても面白いと感じた事はありません

私も現場施工疲れなどストレス解消で仲間達と遊び歩きました

当時友人が市原でスナック、パブなどを営業していました

親戚も飲食店など商売をし君津に在住しています

そして親戚に明朗会計の夜の店を紹介してもらい飲み歩きました

フィリピンPUB、高級CLUBにも安心して飲みに行けましたし

ホステスさん、ママとも知り合い連れだって他店に飲みに行きました

そして同伴で入店し楽しい30代後半を過ごしました     ははは~~~

飲み歩いた事、多少の反省はありますが後悔はありません

人生の歩みの中でそう経験出来ませんから・・・  プププ~

現役時代は会社・社員の為と思い高慢な態度・言葉も全て我慢して来ました

50才が過ぎ50代の後半になると我慢もアホらしくなりました 

本当に賢く崇高な人は 絶対に威張らないものですが

何を勘違いしているか とても高飛車な態度で 挑発的です

そんな自己中な人が多くなりました

今までは我慢してきましたが何だか無意味に思えてきました

後半の人生は仕事に流されるより自身から流れたいと思います

      
       




 最後までお付き合い有難うございます 
        
  

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佐貫卓球ルーム(東京の仲間・上野)

2013-04-01 14:10:31 | Weblog

ご訪問


   ありがとうございます
  




     ≪ エリート ≫



昨年から50代での芸能人訃報が流れます

亡き女優さんは私が都内に就職し寮に入っていた頃からファンでした

そして私が数年前に通り過ぎた年齢です

数日後、都内在住のOさんから電話がきました

「今年は東京の仲間が花見の幹事するので参加しないか」

「皆さん還暦前後の人生を歩んでいる事だし」

数十年ぶりなので私は妻と参加することにしました

「奥さんも来るんだ・・・懐かしい」

と都内のOさんは喜んでいました

東京の仲間達は都内に分譲マンション、一戸建てを所有しています

皆さん頑張ったようで凄いですね

当日朝1番の高速バスで東京に向いました

今年の桜の開花は早かったです

そして寒暖差もあり、雨風が少なかったので長く咲いていました

上野公園に着くとメールで居場所を確認しました

仲間の居場所にたどり着くともう宴会は始まっていました

周りを見回すと平日なのに花見客で混んでいます

仲間に挨拶をすると「お互い老けたな」と言っています

すると私が帰省してから初めて会う山口さんがいました

妻と挨拶をすると山口さんは「何十年ぶりかな? 変わらず仲が良いな」

と微笑んでいました

私達2人は横に座り私はウーロン茶妻はビールを飲んでいます

山口さんは70歳で大手会社の元サラりーマンでした

有名大学を出てエンジニアとして大手会社で働くエリートでした」

でもバブルが弾け会社は希望退職者を募集したそうです

山口さんはその募集に応募し早期退職しました


そして早期退職した友人と会社を興しました

現在では協力会社を抱え、社員60数名の会社です

聞くと独立当時数年間は波乱万丈だったそうです

営業も難しくなかなか仕事が取れません

「会社員の時は大手会社と言う名の看板があったので営業も楽でした」

「けれど独立すると大手と言う看板が無く素の自分しかありません」

と辛い過去を話してくれました

数年経った頃、運転資金がなくなり夫婦に溝が出来毎日喧嘩です

自宅に帰るのが辛くなり会社に泊まる日が増えたそうです

離れ会話が無くなると奥さんと子供は出て行き別居状態になったそうです

そして夫婦で話し合い自宅マンションを売りだし離婚です

当時の山口さんはそんな素振りは見せませんでしたので知りませんでした

「某大学を出てるし理論学才があるので最初から順調に成功するだろう」

と私や仲間は皆そう思っていました

山口さんは歳を重ねそして酒が効いて気持が緩んだのでしょうか

「想うと一番大切な物を失くしたようでさみしい・・・・・」

「今さら後悔しても仕方がないですけど」

と弱気な言葉で絞りだすように言いました

隣の妻は俯き悲しそうな顔をしながら聞いています

話し終わると山口さんは18番のカラオケを歌いだしました

手拍子しながら見上げると山口さんの目が潤んでいるように見えます

現在と違い当時は大学を卒業する人は少なかったでしょう

そんなエリート人が呟いた言葉が私の心にいつまでも残りました

会社を興し夢を実現させ世田谷の豪邸に住み運転手付きの高級車で

会社に通勤し住み込みの家政婦はいるし不安、不便の何もない人なのに?

やはり心には冷風が吹いているようです

後悔のない幸せ、後悔のない人生って?

どんな歩みですか・・・

ふっと~~自分の歩みを振り返っています

不運の出来ごと、大小の悩みは誰でも抱えています

私共夫婦、家族にも何度もありました

ただ普段は誰もが胸の奥に潜め鎧を着ているだけです

若き頃、飲みながら夢を語り合いそして有言実行出来た人はいいな~

帰りにアメ屋横丁に寄りました

アメ横は昔と変わらずの賑いでしたが

知り合いの商店はもう営業していませんでした

「お店やめたのね・・・・・ 会いたかったのに・・・・・」

と妻は寂しそうにつぶやきました

ふと立ち止まり気づく度年月は過ぎ去っています

知人との想い出も環境も歩みも変わってしまったようです

そして周りを見つめ、上を見ても下を見ても切りがありません

さぁ~~  本当の   幸せな人生って・・・・・・・・・・・・

どんな生き方ですか




最後までお付き合い有難うございます  

  

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