かたつむりのぐるぐるドイツ滞在記

ボン大学で歴史と民族学を専攻しているかたつむりがドイツの空の下でのつれづれを綴ります。

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メキシコから帰ってきました!

2007-10-24 06:31:37 | Weblog
ご無沙汰しております。ブログの更新を放置してしまい申し訳ありませんでした。10月3日に、77日のメキシコ滞在を終えてドイツに帰って参りました。帰ってからは、すぐに、民族学の中間試験があったり、新学期が始まったりとバタバタしていましたが、ようやく、大学生活にも慣れ、少し落ち着いてきました。詳細にわたるメキシコ滞在報告は次回に始めたいと思いますが、簡単にメキシコ滞在の概要だけを記しておきたいと思います。メキシコ旅行は、大学のユカテク語(マヤ語の一種)のコースによって企画された、語学研修旅行でした。予定としては、8月の一ヶ月間、ユカテク語の語学研修をユカタンの州都である、メリダで受け、9月いっぱいはまだユカテク語が話されている村に移動して、ホストファミリーの家で生活をしながら、実践経験を積むというものでした。
私達は7月19日にドイツを出発して、最初の10日間はチアパス州を旅行してマヤの遺跡を巡るのに費やしました。その後メリダでネイティブスピーカーによるユカテク語の語学研修を一ヶ月間受けました。そして残りの一ヶ月間は、マニという村でホストファミリーの家で生活しながら、言語を学習して、自主研究課題に取り組みました。帰りの飛行機が発つカンクンへ行く途上で、コバ、トゥルムというマヤの遺跡に立ち寄り、名残を惜しみました。
メキシコでは本当に数え切れないぐらいたくさんのことを学び、数々の一生の宝物になるような素晴らしい経験をしました。たくさんの温かい人々との出会い・・・・。最後の一ヶ月を過ごしたマニでは、人々はとても親切で寛大な心を持っていました。道を歩いていても、みんな気軽に声をかけてくれて、家に招いてくれたり、困っているときには、すぐに助けてくれました。みんな惜しみなく私のために時間を割いていろいろなことを教えてくれたり、手伝ってくれたりしました。そんな素晴らしい人々との出会いを通して、私も、どんなことがあっても、人を心から受け入れ、どんなときでも惜しみなく自分の時間を人に与えられる人間でありたいと強く思いました。今もマニでの時間を思い出すと、懐かしさで胸がいっぱいになります。経験に順位をつけるようなことはしたくはありませんが、マニでは、メキシコ滞在の中でも一生心にとどめておきたい数々の貴重な経験そして出会いがありました。
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ただいま、メキシコ滞在中です

2007-08-24 00:27:15 | Weblog
皆さま、長らくのご無沙汰、申し訳ありません。
突然ですが、私かたつむりは今メキシコのユカタン半島のメリダという町にいます。
民俗学の短期研修のため、メリダの大学(http://www.uady.mx/indexf.html)で1ヵ月マヤ語の語学研修を受け、
その後現在もマヤ語を使っている先住民の家にホームステイするというプランに参加しています。
スペイン語での授業は難しいですが、週末にはマヤの遺跡を訪ねたりと、
楽しみながら充実した毎日を送っています。
来週からは、いよいよホストファミリーの家でホームステイが始まります。

先日はユカタン半島を直撃した超大型のハリケーンディーンのニュースで
大変ご心配をおかけしましたが、無事元気で過ごしておりますのでご安心下さい。

10月3日にはドイツに帰国の予定ですので、その際は写真をまじえメキシコ紀行をお届けするつもりですので、お楽しみに・・・。
では、皆さまごきげんよう。

(メキシコにいるかたつむりに代り、かたつむりの母が代筆いたしました)
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日本語を教えるということ

2007-04-19 06:05:05 | Weblog
またまた更新が滞ってしまい申し訳ありません。4月の初めから新学期が始まり、新しい授業、新しい出会いから刺激を受け心新たにがんばっていこうと決意しました。4月は出会いの季節、また新しいことに挑戦してみることが多いのもこの季節です。私にとっての新しい挑戦は、日本語を教えることです。ふとしたきっかけから、2人にドイツ人に日本語を教えることになりました。一人はアニメ、漫画から日本の文化に興味を持ち始め、日本語を自分から勉強したいという15歳の女の子。もう一人は、ボン大学の翻訳学科で日独、独日翻訳を勉強している学生です。彼女は、今、独日翻訳のテストのために猛勉強中です。年齢も日本語を勉強する目的も、全く違う2人なので、もちろん授業内容も全く違います。15歳の女の子に日本語を教えるのも翻訳学科の学生に日本語を
教えるのも少し違った種類の難しさがあります。当たり前のように話している母国語について改めて思考を巡らし、相手に教える難しさ、そしてドイツ語という日本語からかけ離れた言語をなるべく意味が変わらないように、日本語として美しい文章に翻訳する難しさ。今まで考えてみたこともなかった質問を受け、はっとすることがよくあります。日本語を教える立場になって初めて自分が今まで当たり前のように話してきた言語について真剣に考えを巡らせる機会を与えられました。日本語を学ぶ彼らは勿論私達とは全く違う地点から、日本語の勉強を始め、日本語を私達とは全く違う観点から捉えています。日本語だけではなく、今まで自分が普遍的なものであると信じてきた価値観が実は相手にとっては驚くようなことであることがよくあります。まず「違い」を知ることというのは人と人との交わりにおいてとても大切なことであるような気がします。
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ザクセン州での無断欠席女子学生収監を受けて

2007-02-10 03:16:28 | Weblog
ほとんどの方をご存知だと思いますが、ドイツ、ザクセン州で、無断欠席を続けていた女子学生が逮捕され、2週間の収監を言い渡されました。もちろん、即収監が決まったわけではなく、今までいろいろな過程を経ての収監という地方裁判決ですが、それにしても驚きを隠せません。この判決に至るまでの過程を簡単に説明すると、最初、ザクセン州ゲルリッツ市は少女の両親に、教育を受けさせる義務を果たさなかった罪として、罰金を請求しました。しかし、彼女の両親はこれに応じず。この状況を受けて、次は彼女に学校へ行かなかった代わりとして、37時間の社会奉仕を命じました。しかし、彼女は社会奉仕を拒否。この彼女及び彼女の両親の姿勢から地方裁は2週間の収監という判決を下しました。裁判官によると、彼女はこの判決を避けるためのいくつもの可能性を自分で潰したとのことですがそれにしても、学校を無断欠席(彼女のケースでは約1ヶ月)で収監されるなんて、衝撃的です。確かに、法律を守らなかった者は罰せられるという社会の厳しさを、たとえ16歳でも知らなければならないという考え方もありますが、それにしても私は逮捕以外に何か別の方法はなかったのかと思います。
 ドイツでは日本のような、「不登校児」、「登校拒否」といった考え方は浸透していません。今回の記事をドイツ語で読んでても気付きましたが、学校を無断欠席=サボるという考えに基づいて報道されているような気がします。見出しも、”学校をサボった(もうちょっと良い訳があると思いますがここは私の力不足です。)女学生、収監”という風になっていることが多いです。日本では、登校拒否と聞くと、ドイツのように、「彼女は学校をサボっている」という考えには至らずどちらかというと「何か学生は問題を抱えているのではないだろうか?」、「学校になじめないのではないだろうか?」ということを心配します。最近では各学校にスクールカウンセラーが設けられていて、問題のある生徒はカウンセラーからケアも受けられるようになっています。これが日本でも少し前の時代に遡ると違ったのかもしれません。「登校拒否」というのが社会現象として認知されるまでは、学校を無断長期欠席した生徒はドイツと同じように、サボりとしてみなされたのでしょう。(逮捕されるまでには至りませんが)
 ドイツでは、教育学が学校の教科としてあったりと一部で進んだ部分もありますが、学生のケア担当の先生以外は、スクールカウンセラーのような、学生が悩み事を相談できる第三者的な専門家は学校にはいません。そういった学校で学生の心理を捉えて、問題を解決していこうという試みは日本に比べて少ないような気がします。その理由は、やはり、日本人が不登校児について考える「学校に行かないのではなく、行けないのではないだろうか」という考えが欠けているからだと思います。
 今回の件に関しては、緑の党は「一体16歳の少女が刑務所で何を学ぶというのだ?」と判決に反対していますが、私の知る限りでは、大きな反対運動が起こったとは聞きません。私の身近な人がこの件についてどう考えるか興味深いところです。また、機会があれば報告したいと思います。

参考: http://www.spiegel.de/schulspiegel/0,1518,464947,00.html
     http://www.focus.de/schule/schueler/schule/sachsen_nid_44202.html
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新年のご挨拶

2007-01-15 07:57:24 | Weblog
遅ればせながら、明けましておめでとうございます。皆様にとっての2007年が益々実り豊かなものになりますようにドイツからお祈り申し上げております。相変わらず、更新が滞っている当ブログですが、今年もよろしくお願い致します。ブログに関しては、最低2週間に一度更新という今年の目標を立てました。口だけではなく、目標が実行されるようにがんばっていきたいと思います。
今日は今年初ブログということで、少し未来について、考えを展開させてみたいと思います。昨年のクリスマスプレゼントに、Aldous Huxley著のbrave new worldという本と頂きました。題名を日本語に訳してみると、たくましい新世界、すばらしい新世界といったところでしょうか。まだ、序文しか読んでいないのですか、1932年に出版された、この本は遺伝子操作によって統率しやすいように作られた人間が住む未来を皮肉的にユートピアとして描いています。当時、遺伝子操作の技術はまだ知られていなかったはずなので、直接的に“遺伝子操作”について言及しているわけではありませんが、1932年に彼が想像したこと多くのことが、今すでに真実と化していることは、驚くべきことです。この手の本、正直私自身は苦手なのですが(贈ってくださった人には非常に申し訳ありませんが)、当時の社会情勢などを想像しながら読んでみると興味深いかもしれません。
私は残念ながら、あまり科学技術についての知識は持ち合わせていませんが、毎日のニュースを見ていても、人間が遺伝子を操る技術を持つ時代になったことがわかります。クローン、遺伝子操作、が当たり前に行われる時代になると、人間の存在というものが今までとは違った形で理解されるようになることは避けられません。常に新しい技術により、自然に対する支配力を強めることで太古の昔から今まで来た人間の側面を考えると、「昔は良かった」といって済ますのは少し短絡的な気がします。かといって、私達が今歩んでいる方向が正しいのだろうか?そもそも正しいって一体どういうことなのだろうか?と考えると複雑な気持ちになります。
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またまた新学期

2006-11-28 07:28:51 | Weblog
最近全く更新していなくて申し訳ありません。夏休みからずっと、書いていた論文の締め切りがあったり、新学期が始まったりと何かとばたばたしておりました。論文の提出も何とか済み、そして、新たに始まった大学生活にも慣れてきたのでこれからは更新のがんばっていきたいと思いますのでこれからもどうぞよろしくお願いします。

ドイツでは色づいてきた木々の葉っぱも散り始め、クリスマスマーケットも姿を現し、だんだん冬めいてきました。今日は、そんなドイツから私の大学生活のつれづれを綴っていきたいと思います。

学期が変われば講義、ゼミも新しいものとなり、大学生活もがらりと変わります。今学期は、民族学で少し変わった言語を始めてみました。少し変わった言語とは何かというと、古代ナワトル語とユカテク語(マヤの方言の1つ)です。古代ナワトル語はアステカの言語で、何のためにマニアックでかつ今使われていない言語を勉強するのかというと、ナワトル語で書かれた古典を読み、アステカ文明の神秘を解明するためです。まだ始めてばかりなので、言語について説明することはできませんが、今まで学習した言語とは全く違うことに戸惑うことも多いです。(誰でも想像がつくことだとは思いますが)今日は名詞について学習しましたが、名詞は、生きている名詞と死んでいる名詞に文法上の違いがあります。ここで興味深いのが、生きている名詞と死んでいる名詞の概念が私達の考えとはまた違います。1つの言語を勉強することは新たな世界観を勉強することなのだと改めて感じさせられます。私が言語を勉強するのが好きな1つの理由です。

ユカテク語はマヤの方言の1つで現在でもおよそ100万人が話している生きた言語です。ユカテク語を勉強する理由は、おおまかに分けて、2つあります。1つはスペイン語を話さない現地の人とコミュニケーションを取ることが可能になること。もう1つはユカテク語を勉強することにより、マヤ文字の解読の切り口が与えられるからです。こちらも、今まで勉強した言語とは違う難しさがあります。生きている言語を学ぶとことで、古代ナワトル語とは違い発音の正確さや話す能力を要求されるのでこれから、努力が要求されるということをひしひしと感じています。コースの優秀者はメキシコのユカテク半島での語学研修+ホームステイの機会が与えられているとか?他では体験できないこと。ちょっと狙ってみようかなと思い日々励んでいます。
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ブダペスト紀行その1

2006-09-28 21:05:09 | Weblog
ドイツの大学の夏休みは長くて3ヶ月近くあります。実は、夏休みではなく休講期間という名前がついていて、学部によってはテストや、実習があったりして、3ヶ月間まるまる休みを満喫できるわけではないのですが、ドイツの大学生も夏休みには、海へ、山へ、街へ、とそれぞれいろいろなところへ繰り出します。
私も、休みを利用して、友達と5泊6日でブダペストへ行って参りました。ブダペストまでは、飛行機でケルン・ボン空港から1時間半。首都の空港の割にはこじんまりとしたフェリヘージ空港からは空港のシャトルバスに乗り、街へむかいました。街の中心部までの道のりには、旧ソ連時代に建てられた建築物が多く、西ドイツとの違いを感じさせられました。
私達以外の観光客がホテルの前で降りた後に運転手は「君達はどこで降りたいのだ?」と尋ねました。恥ずかしながら、下調べをほとんどせずに行った私達は、とりあえず、「街の中心で降ろしてください。」と答え、言葉の通り、街の中心部で降ろされましたが、右も左もわからず、8月31日なのに、12度で風も強いブダペストで荷物も持ったまま右往左往する羽目になりました。実はシャトルバスの運転手に宿泊するホテルを言えばそこまで送っていってくれたらしいのですが、そんなことはつゆ知らず。ブダペストで風に吹かれながら、どこをめざすともなく、うろうろと歩いていました。そうすると、ドナウ河を矢印で示した看板を発見。とりあえず、せっかくブダペストに来たのだから、ドナウ河を見ようということになり、ホテルの位置もまだわかっていないというのに、ドナウ河を目指して歩き出しました。そこで私達を待っていたのは河の向こう岸のブダの景色でした。(ブダペストはドナウ河をはさんでブダとペストにわかれていて、ブダ側には宮殿が、ペスト側には国会議事堂がある)こんもりとした山々、そしてその中にそびえたつ壮大なブダの宮殿・・・・河の向こう岸の景色にしばらく見入ってしまいました。着いたばかりなのに、寒さの中、荷物を持ち右往左往することに疲れてしまっていた私達ですが、来て良かったと強く思いました。
次回に続く
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論文

2006-08-04 06:30:18 | Weblog
何度も繰り返しますが、早いもので、ボン大学での2学期も終わってしまいました。7月14日からは休講期間で、休みを楽しみつつ、論文作成に取り掛かっています。資料探しを済まし、最近やっと書く作業を始めました。書き出してみて感じることは、単純に論文を書くという作業は難しいということです。基礎課程の論文は15枚です。修士論文などと比べると何でもないような分量ですが、論文を書くのが初めての私にとっては、15枚に考えをまとめるということはとても難しいことのように思います。それに、歴史専攻で書く論文はエッセイとは違い、正確で、整理された仕事というものが要求されます。つまり、自分の考えや頭の中にある情報を思うままに書くのはなく、情報をどこから得たのかを脚注などを用い、読み手に明確に伝わるようにしなければならないということです。正確で、整理された仕事、というのは私の最も苦手とするところ。けれども、歴史を勉強するためには越えなければならない道。慣れの問題であると思うので、文句を言わず、練習を積むしかないのだなあと思います。そのような多少のわずらわしさはありますが、論文を書き始めてみるとやはり、私は文章を書くのが好きなのだということに改めて気付かされます。文章にすることによってもやもやとした考えが初めて形になります。その形は形のない考えを無理やり形にしたもの。故に不完全なものです。時々、その矛盾の間で苦しくなります。文章を書くのが大好きなのか大嫌いなのかよくわからなくなります。それでも、考えを形にするという作業を楽しんでいる自分がいるということに気付きます。どうして人は文章を書くことを始めたのか?不思議ですね。
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異文化コミュニケーション

2006-06-22 18:36:33 | Weblog
更新が最近、かたつむりペースになってしまっていて申し訳ありません!けれども「かたつむりのぐるぐるドイツ滞在記」決して忘れていたわけではありません!最近はワールドカップと大学の両立に忙しい毎日を送っています。今日はあまり関係のないドイツ人を巻き込んで、日本対ブラジル戦をモニターがある街の市場か、居酒屋に観にいく予定です。奇跡は起こるのか!?
 ワールドカップといえば、一昨日はるばる日本から、友達が日本代表の練習を見学するためにボンにやってきました。昼間は大学があったので時間がありませんでしたが、ボンのナイトライフを味わってもらうために、私のドイツ人の友達も2人誘って夜の街に繰り出しました。日本人3人、そのうち一人はドイツ語を話すことができ、一人は英文専攻で英語を話すことができました。ドイツ人2人のうち一人((名前はトーマス)はアジア研究を専攻していて、日本語とドイツ語を同時進行しているというなかなかのツワモノです。もう一人は英語はできますが、日本語は全くできませんでした。そんな、色とりどりもメンバーで夜のボンに繰り出しました。最初は一体何語で誰と話してよいのかわからず、ぎこちない雰囲気でしたが、日本人の友達の「日本に遊びにきてよ」との誘いに対する「カネがな~い」というトーマスの答えに笑いが巻き起こりました。ビールを飲みながら、お互いに英語、日本語、ドイツ語、を交えて、意思疎通を努めているうちに、だんだんぎこちなさが消えてお互いに会話を楽しめるようになってきました。別に誰かの言語能力が上がったわけでもないのに、ビールを片手にお互いに理解しようと努めているうちに、だんだん自然に会話が楽しめるようになってくるのが不思議なものです。
 私のホストファーザーは、何度か出張で日本に行ったことがあります。一度日本のしゃぶしゃぶ屋さんにドイツ人の同僚と共に座敷に座っていると、隣の部屋で宴会していた日本人のグループと話す機会があったそうです。最初は、お互いに言語の壁があり、ぎこちなかったそうですが、お酒が進み宴が盛り上がるにつれ、お互いに言葉の壁を忘れ、自由に会話を楽しめるようになったそうです。
 言葉の壁、文化の壁、とても大きなもののように思いますが、ちょっとしたきっかけで、そんな違いの壁を越えてわかりあえるようになる人間というのはとても不思議だなあと感じさせられます。相互理解というのは、難しいようで簡単なこと、簡単なようで難しいことですね。
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梅雨?

2006-05-30 17:03:43 | Weblog
日本代表が金曜日にボンに到着しました。ボンで本番にむけてのトレーニングをするそうです。ボンは、金曜日からほぼ、毎日雨が降り続いているというあいにくの天気ですが、(ドイツに梅雨はないはずなのですが)ボンで快適な時間を過ごして頂き、本番の向けての力を蓄えてほしいと思っています。
 明日はボン大学でdies academicus ( ラテン語で大学の日)です。日本で言えば、オープンキャンパスのようなものです。大学が開かれ、一般の人も、いろいろな学部の講義を自由に聴講することができます。Dies academicusの魅力は講義が、各学部についての知識があまりなくても理解できるように構成されていることです。この機会を利用して、いろいろな学部を少しかじってみようとたくらんでいます。聴講を予定している講義は哲学部の「証明できない真実、クート・ゴーデル100年を記念して」、「日系人」(これは日本の問題がドイツでどのように扱われているかということに興味があるからです)、「アレクサンドリアの大学」、「イラン文学とケルト文学の接触?」です。また、感想は後日報告したいと思います。
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