新新☆もこほじゃほろみ日記

煩悩と私事のサイト

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

Ave verum corpus

2013-11-16 | 宗教
隠れキリシタン(?)のシフです。

今日は、皆様ご存知のモーツァルトの名曲「アヴェ・ヴェルム・コルプス」の歌詞を研究しましょう。
この歌は、歌詞を行分解すると、実は行ごとの語尾の形が同じで、いわゆる「脚韻」をふんでいることがわかります。
さっそく見てみましょう。

AVE VERUM CORPUS

1 Ave verum corpus natum
2 de Maria Virgine
3 Vere passum immolatum
4 in cruce pro homine
5 Cujus latus perforatum
6 unda fluxit et sanguine
7 Esto nobis praegustatum
8 in mortis examine

おわかりのように、奇数行が-atum、偶数行が-ineで韻をふんでいるわけです。
もし暗譜、特に歌詞の暗記に苦しんでいる人がいたら、一つのヒントにはなるかと思います。

せっかくなので、歌詞の意味も調べてみましょう。
1行目、Aveよく見る単語で、Ave Mariaが有名です。日本語のお祈りでは「めでたし」と訳されますが、本来これは挨拶の言葉です。
「ようこそ」や時には「さよなら」にも使われ、特に直接的に「めでたい」という意味はありません。
敢えて言えば、出会えた喜びとでも言いましょうか。
verumこれは3行目のvereも同じ意味ですが、verus「真実の」という形容詞が変化したものです。
英語(コンピュータ用語)でもverify「真実(正しさ)を証明する」という単語がありますね。
corpusこれは「体、肉体」を意味します。英語でも「コーパス」というと、解剖学で言う「体」の意味があります。
natumはミサの「Credo」にもありますが、「生まれる」という意味です。
英語のnature(ネイチャー)の語源にあたります。

続けて2行目行きましょう。
deとは「~から」を意味する前置詞です、ここは当然、「Maria Virgine」からとなりますね。
Mariaは人名、ご存知イエス様のお母様です。
Vrigineは英語も同じ「ヴァージン」つまり「処女」のことです。
したがって、1~2行目は、「ようこそ、真実の体、処女マリアより生まれた」という意味になります。

では、「真実の体」ってなんだ?
マリア様が生んだ体といえば、当然イエス様のことですね。
じゃ、なんでわざわざ「体」なんて遠回しな言い方をしているのか?
これはミサの時にいただく(食べる)「聖体」のことを言っているからなのです。
「モツレク」を歌われた方は「Hostias」という章があったのを覚えているでしょうか。
あの「ホスチア」が「聖体」と同じ意味なのですが、
具体的には、白くて丸くて薄べったい直径3センチくらいのウエハースみたいな小さなパンです。
薄くて口に入れるとすぐに溶けます。

ミサというのは、「最後の晩餐」の再現がメインの儀式(「ミサ聖祭」という)です。
最後の晩餐の最中に、イエス様は、ワインを「これは私の血である」として回し飲みし、
パンを「これは私の体である」とし、弟子たちに裂いて分け与えて食べさせ、「私の記念としてこれを行え」と言われたとあります。
要するに「アヴェ・ヴェルム・コルプス」とは、その「聖体」を称える賛歌なのです。

とりあえず先にいきます。
3行目、vereは前述の通り「真実」、passumは「受難」、immolatumは「犠牲になること」
4行目、in英語と同じ。
cruceは「十字架に架けられること」、pro「~のために」、homineは英語のヒューマン、つまり「人間、人類」のこと。
なので、「十字架における、真実の受難の犠牲、人類のための」となります。
これはキリストが人類の罪をあがなうために、受難し十字架刑になったところの「真実の体」というつながりになるわけですね。

5行目、cujus「彼の」つまりイエス様の、latus「横腹、脇腹」、perforatum「穿孔、うがつこと」なので、
これは「彼(キリスト)の脇腹に穴が開いた」という意味です。
6行目、unda「波、大水」fluxit「流れる」、et「そして」つまり英語の「and」、sanguine「血」ですので、
「たくさんの水と血が流れた」ということです。

これは十字架上でイエス様がすでに死んでいるところに、兵士が槍で脇腹を突き刺したら血と水が流れ出たという
聖書(ヨハネ福音書19・34)の記述に由来します。
「槍で突いた脇腹の穴からは、水と血が流れ出た」と。
「水」とはおそらくリンパ液のことでしょうか、医学的にはこういう現象はあるらしいです。

7行目、estoは、英語でいうbe動詞の命令形で「~であれ」。
nobisは「私たち」。
praegustatumこの長い単語は、prae「プレ、前に」とgustatum「味わう、試食する」の合成語ですので、
両方で「前もって味わう、前もって試食する」という意味になります。
8行目、inは前述。mortis「死」。
examine「試験、試練」これは英語も同じですね。
すると、「私たちに前もって試食する、死の試練の」ということになります。
さて、ここで、一体「試食」ってなんだ?

ここで、corpusが何だったか振りかえると、「聖体」、キリストの肉(体)になぞらえた「パン」のことでした。
つまり「試食」するのは、その「聖体」のことです。
「聖体」をいただくというのは、キリストと自分が一致することを意味します。
自分とキリストが一体となり、さらに聖体を「試食」している全ての人たち(信者)と一体になることでもあります。
聖体をいただくことをラテン語ではcommunioといい、英語の「コミュニティ」の語源でもあるように、
聖体をいただくことにより、自分とキリストと全てのキリスト信者(結局教会)が一体となる神秘を意味します。
だから、「試食」できるのは、「最後の審判後に来るであろう神の王国の素晴らしさ」と言えるかもしれません。

まあ、最後は難解だったかも(笑)。

個人的には、葬儀や故人を追悼するにあたり、歌の最後が「死の試練」という言葉で締めくくられる
モーツァルトのこの曲を歌うことは、亡くなられた方の死を悼む上でふさわしいと思います。

ジャンル:
おもしろい
コメント   この記事についてブログを書く
« 昨夜 | トップ | 改めまして »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

宗教」カテゴリの最新記事

関連するみんなの記事