「小公子」”サスペンスについて”(再録)

※この記事は2004/05/09の再録です

  小公子マニア


 世の中には「小公子フリーク」がいるもので、上にリンクしてみました。リンクフリーとも駄目とも書いてないサイトですが、まあいいでしょう。

 さて、”スリルとサスペンス”とよくいいます。いつもセットで使われるこのことば、いったいどこが違うのでしょうか。俗に、スリルはゾクゾク。サスペンスはハラハラと申します。

 類語辞典で引いてみると、『いずれも通常は不快なものとして認識される。恐怖感、緊張感、不安感などの感情を、娯楽や読書の際に楽しみとして意図的に味わうもの。「スリル」は、自分の安全が脅かされるような気がする場合に抱く恐怖感や不安感をいう。「サスペンス」は、特に、小説やドラマなどで、話の展開が読者や観客に与える不安感や緊張感をいう。』なんて書いてあります。
 たしかに、”スリル満点のスピード”とはいいますが、”サスペンス満点のスピード”とはいいません。

 今回の「小公子」。作者、バーネットは天才的なストーリーテラーです。この作品のポイントは『サスペンス』にあるのです。


●元祖「小公子パターン」

 小公子のパターンといえば、原作を知っているか否かにかかわらず、ああ、あれかと誰もが思い出すでしょう。

 ”へんくつな人(たいてい老人)が、突然現れた無邪気で純真な子どもによって人間らしくなっていく”

 これは小公子にかぎらず、家なき娘(ペリーヌ物語)とかハイジとか少女パレアナ(ポリアンナ)と、数々の名作があります。どれが一番古いか知りませんが、とりあえず「小公子パターン」と呼んでみます。


●日常のサスペンス

 だが、バーネットはこのパターンを作って、”人間愛情だ”と訴えるだけで満足する人ではありませんでした。より面白くストーリーを引っぱるために、「サスペンス」を使っているのです。

 まず、前提として、主人公セドリックと老人ドリンコート伯爵を仲良しにします。

 セドリック……伯爵を善人と思い込み、伯爵に頼んで次々と善行をさせる。
 伯爵……………セドリックが何かやるのが愉快でたまらないだけ。善行などどうでもよい。

 この二人のズレがカタストロフの不安――サスペンスをはらんで、目の離せない展開となるのです。いつ、前提が崩れるか、いつ二人の仲が破綻するか、それにハラハラするのです。

 舞台を小さな村にして、上の図式を村人につつぬけにしているのもバーネットのうまいところです。すぐに「わっ」とウワサがひろまり、それが状況説明にも、読者の不安を煽る役割にもなっているのです。


●セドリックは宇宙人?

 ストーリーは天一坊事件よろしく、終わりとなりますが、不遜な発言をすれば、二人のズレにきちんとした決着をつけられなかったのが、この「小公子」という作品の限界でもあると思います――すいません。私は「小公女」派なもので。

 それにしてもセドリックは宇宙人みたいな子どもです。誰にでも好かれる超能力というか。ヘルマン・ヘッセのメルヒェンにそういう話がありましたね。
 それとも大人に都合のいい子どもでしょうか。都合のいいときには大人っぽく、別の時には子どもじみて。理想の少年とはそういうものかも知れません。おしゃべりで好かれるのは子どものときだけですけどねー。

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