小林紀興の「マスコミに物申す」

第三の権力と言われるマスコミは政治家や官僚と違い、読者や視聴者の批判は一切無視、村社会の中でぬくぬくと… それを許せるか

NHKスペシャル「メイドインジャパン逆襲のシナリオ」の誤りを指摘する

2012-10-28 15:36:22 | Weblog
 昨夜(27日午後9時)のNHK特集『メイドインジャパン逆襲のシナリオ』を楽しく拝見しました。ただなぜソニーがデジタルオーディオ戦争でアップルに負けたのかの分析は全く間違っていましたのでご指摘します。
 AV(オーディオ&ビジュアル)の世界では常に統一規格を巡っての激しい争いを繰り返してきました。
 そもそも世界で最初にAV業界で規格争いが生じたのはレコードでした。レコードを世界で初めて発明したのは、ご存じでしょうが世界の発明王、トーマス・エジソンでした。1877年7月、エジソンはモールス信号記録装置の改良作業をしていて、ふといたずらを思いついたのです。
 当時のモールス信号を記録する装置は円筒形をしていました。その円筒(今様に言えばメディアと言ってもいいでしょう)を高速で回転させ、それに針を当ててみると実にリズミカルな音が出たのです。このいたずらを機に、エジソンは音を記録する材料の研究に没頭し、溝を刻んだ金属製の円筒に薄いスズ膜を巻きつけた世界初のレコードを発明したのです。
 ここで注目すべきは、天才エジソンですら、モールス信号記録用のメディアである円筒という形状の延長上でしか発想の範囲から抜け出せなかったということです。ここにソニーがアップルに負けたまったく同じ要因があったのです。そのことを証明しますからレコード発明のエピソードを記憶にとどめておいてください。
 さてエジソンはこの世紀の大発明を機にエジソン蓄音機会社を設立するのですが、気まぐれでも有名だったエジソンはレコードの改良に興味を失い、全く別の発明に取り掛かります。そしてエジソンレコードの改良に取り組み、世界で初めてレコードの商品化に成功したのが電話を発明したグラハム・ベルでした。ベルはスズ膜の代わりにろう(ワックス)を染み込ませた巻紙を使った円筒形蓄音機を開発して商品化しました。ベルもレコードというメディアはエジソンと同様モールス信号記録用の円筒形という思い込みにとらわれていたのです。
 しかし円筒形メディアは、詳しくは書きませんが実用上さまざまな問題を抱えていました。そして円筒という形状に問題があることに最初に気付いたエミール・ベルリーナが87年にグラモフォンという円盤式のレコードと蓄音機を初めて開発に成功し、これがCDに至るまでのオーディオ・メディアの形状として今日まで続いてきたのです。
 もう一つ、レコードという商品は世界で初めてハードとソフトが分離した製品でした。このこともAVの歴史を語るとき絶対に欠かせない重要な視点です。ただプロのAV評論家を自称している人たちがそのことに全く気付いていないのが今回のNHK特集の誤った見方にもつながっているように思います。
 もう一度レコードの歴史に戻りますが、ベルリーナの発明によるグラモフォンがレコードの統一規格として定着したかというと、そうではありませんでした。グラモフォンがヒット商品になったことでエジソンは再びレコードの研究に戻り円筒形の改良を重ねてきましたし、円筒形方式を採用したベルもやはり円筒式の改良に努力してきました。しかしこの3方式は当然ですが互換性がありません。エジソンの蓄音機に円盤のグラモフォンレコードが使えるわけがないのです。そしてユーザーは使いやすく補完するのに便利なグラモフォンにコミットしたのです。この時音質について(当時いたかどうかはわかりませんがオーディオ評論家たちが)論争したかどうかはわかりません。ただ想像できるのはエジソンもベルも音質でグラモフォンと勝負をしようとしたのではないかということです。そして消費者が選択したのは音質より使いやすさだったのではないだろうかということです。
 グラモフォンが勝利を収めたのちも、今度は円盤式レコードの規格をめぐってレコード業界の大戦争が始まります。まず円筒式で負けたエジソンが円盤式に転換したものの、音の記録方式でグラモフォンとは別の提案をして商品化したのです。当然両者の間にはやはり互換性がありません。そして円盤式で先行していたグラモフォンの有利は動きませんでした。レコード時代の黎明期には蓄音機とレコードのメーカーは同一でした。つまりグラモフォンもエジソンもレコードと蓄音機を共に作っていたのです。ところが、レコードが普及を始めると独立系のレコード会社が続々と誕生するようになりました。この時代のレコード戦争についてはVHSとベータが主導権争いを演じたVTR戦争のことを想起しながら読んでください。
 独立系のレコード会社は当然のことながら市場で優位に立っていたグラモフォンの蓄音機にコミットして次々にレコードを発売しました。コンピュータ時代に入ったころ人口に膾炙した言葉に「コンピュータ、ソフトがなければただの箱」というのがあります。ハードとソフトが分離した世界では、ソフト業界がコミットしたハードメーカーが最終的な勝利を収めるという図式はこの時定着したのです。
 こうしてグラモフォン(メーカーはRCAビクター)がレコード業界を独占する時代が約40年も続きました。一つの技術が40年も世界を独占するケースはあまり例を見ません。例外はテレビとラジオ(FMを含む)くらいでしょう。テレビはアナログ時代はアメリカ方式とヨーロッパ方式に分かれ、日本はアメリカ方式を採用してきました。だから日本のテレビをヨーロッパに持って行ってもヨーロッパのテレビ放送を見ることはできませんでした。VTRが発明されるまではそれはそれで格別の支障はなかったのですが、VTRの発明によって事情は一変しました。ヨーロッパのテレビ放送を録画したビデオを日本では見ることができないからです。で、NHKが世界に先駆けてハイビジョン放送という新しい高画質放送(ただしアナログ放送)の世界統一規格を提案したのもそういう事情が背景にありました。
 再びレコードの話に戻りますが、1948年にCBSコロンビアがLPという長時間演奏レコードを発明し、再びレコード業界で主導権争いが始まりました。それまでのRCAビクターのグラモフォン・レコード(SP)の10倍近くの長時間レコードだったのです。しかし40年にわたり蓄積されてきたグラモフォンのソフト(SPレコード)が使えないLPは当初まったく売れませんでした。つまり「ソフトがなければただの箱」でしかなかったからです。
 ところがCBSコロンビアに神風が吹きます。当時全米最大のディスカウント・チェーンだったグッディーズがSPの在庫品を50セントという超安値で処分し、CBSコロンビアのLPを30%引きのディスカウントで売り出したのです。これで情勢が一変、CBSコロンビアが一気にレコード業界の主役に躍り出て、他のレコード会社も一斉にLPにコミットし始めたのです。
 結局両社が協力することによって互換蓄音機をつくることで合意し、アナログレコードはLPもSPも1台のオーディオプレーヤーで再生できるようになり、それがデジタル時代に入るまで続いたというわけです。
 レコードの歴史をたどる中で、「想起しながら読んでほしい」とお願いしたことがありましたね。VTR戦争のことです。松下・ビクター陣営のVHSとソニー陣営のベータは決着がつく直前まで大体7:3のシェアで共存していました。特にNHKの職員は音質・画質ともにベータの方が優れていると考えていた方が大半でした。実際、当時はNHKの放送機材は大半がソニー製でした。ある意味ではソニーのVTR技術はNHKによって育てられてきたと言っても過言ではないと思います(誤解を避けるためお断りしておきますが、NHKがとくにソニーに肩入れしてきたなどと言っているわけではありません。世界最高度の画質・音質を追求してきたNHKの厳しい技術的要求にソニーが応えてきた結果だと私は思っています)。
 VTRには録画と再生という二つの機能があります。そして日本の家庭とアメリカの家庭とではVTRの使用目的が大きく異なっていました。日本では留守中に録画しておいたテレビ番組を見るというのが主な目的でした。一方アメリカでは「カウチポテト族」という言葉がはやったように週末にVTRレンタル店から何本かのテープを借りてきて、揺り椅子に座ってポテトチップを齧りながら映画のビデオを見るというのが大きな目的になっていきました。そういう習慣が確立したのはアメリカの映画事情のせいでもあります。テレビの普及によって映画館に足を運ぶ人が急減して興行収入も激減して危機感を抱いたハリウッドが、「いっそのこと一般家庭のテレビを映画館にしてしまえ」と、発想の大転換を図ったのです。そうなると、画質や音質はともかく基本録画時間が1時間のベータより2時間のVHSにコミットするのは当然の市場原理です。
 ところが日本ではVTRが開発された当時はテレビで映画を放送するケースはあまりありませんでした(それはアメリカも同様でした)。だからソニーが基本録画時間を1時間に設定したのは映画ではなくドラマの録画を主な用途と考えていたからです。しかし、日本にもレンタルビデオの波が押し寄せてきました。そうなると市場シェア3割のソニー陣営にとっては圧倒的に不利になります。映画会社などが市場の7割を押さえているVHSにコミットするのはあまりにも当たり前の構造でした。もともとソニー陣営には東芝と新日本電気しか参加していませんでした。その他の家電メーカーはすべてVHS陣営でしたから、そういう意味では7:3というすみわけは、特にベータ陣営が苦戦を強いられていたというわけではなく、極めてリーゾナブルなすみわけだったのです。
 さて時代はデジタルの時代に入っていきます。デジタルの技術は今様々な分野で使われていますが、NHK特集のテーマにそって考えてみます。つまりデジタルオーディオの世界でなぜソニーがアップルに後塵を拝することになったかという問題です。
 もともとデジタルオーディオの世界はソニーが常に世界の先端を切り開いてきました。最初に製品化されたのはCDですが、これもソニーがフィリップスと共同開発しました。CDが発売された当時は「LPに比べて金属音がする」などとオーディオ評論家の間では不評でしたが、消費者の反応は「雑音がない。非接触のため盤面を傷つけない。コンパクトだから保管や持ち運びに便利だ」といった利点を重視しました。こうしてCDはあっという間にLPを駆逐してしまったというわけです。
 CDに続いてソニーがオーディオ市場に大きなインパクトを与えたのはMD(ミニ・ディスク)でした。これはオーディオソフトメーカーとの間に大問題を引き起こしました。ご承知のように、デジタル記録は音質にしても画質にしても、何度再生しても、また何度ダビングを繰り返しても、アナログのように劣化することはありません。そのためオーディオソフト業界からは原音が巷にあふれ出るといった反発が噴出したのです。そのためソニーは原音を100%は録音できないようにすることによってソフト業界の了解を得ようとしたのです。その方法として使われたのが帯域圧縮というデジタル技術でした。この帯域圧縮技術は現在、地デジ放送(ハイビジョン)にも使われています。つまりソニーのデジタル技術の原点はデジタル録音にあったのです。デジタル録音するための帯域圧縮の技術についてはソニーは世界の最先端を走っていますが、アップルは全く別の視点からデジタル録音することを考えたのです。
 アップルはソニーと違ってコンピュータメーカーです。コンピュータメーカーというより、世界で初めてコンピュータをつくった会社です。ハードメーカーだったアップルはマイクロソフトと違ってコンピュータの市場を独占しようとして基本ソフトを公開しませんでした(一時Macグループをつくってマイクロソフトを追撃しようとした時期もありましたが、同調するメーカーがほとんど現れず、現在は再び単独でパソコン事業をしています)。だからアップルはパソコンの利用技術には身を持って習熟しているのです。そのアップルが考えたのは、音楽のデジタル録音技術ではなく、レコード店でCDを買うのと同じように、対価を払って音楽の原音をインターネットを利用して直接ダウンロードするという考えでした。つまりハリウッドが消費者の家庭にあるテレビを映画館にしてしまおうという発想からレンタルビデオに力を入れたのと同様、アップルはインターネットをレコード店にしてしまえばCDをつくってレコード店を介して消費者に売るよりはるかに儲かるよ、とオーディオメーカーを口説いたというわけです。そしてアメリカのオーディオメーカーは、ハリウッドと同様その方が合理的だと考え、アップルのアイディアにコミットしたというわけです。
 ひたすらレンタルCDからの原音に近いデジタル録音技術にこだわってMDを開発したソニーと、インターネットを利用してデジタル原音そのものをCDを買うよりはるかに安くダウンロードする方法を考えたアップルとの違いはそこにあったのです。オーディオメーカーも不良在庫の不安におびえながら高い値段でレコード店でCDを売るより、製造費もかからず在庫の処分に頭を悩ます心配もなく、安い値段で大量のダウンロードに期待した方が有利だと考えたのだと思います。
 要するにソニーとアップルの差は、VTRやウォークマン、MD、ブルーレイなど録音・録画技術にこだわってきたソニーと、コンピュータが作り出したインターネットの世界で何ができるかにこだわってきたアップルの企業風土の差と言ってもいいかもしれません。
 また映画会社やオーディオメーカーの考え方の、日本とアメリカの社会風土による差も作用しているのではないかと思います。
 
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