ヒマジンの試行錯誤

パソコンライフを楽しむ!

ミラノ市内観光

2011年06月30日 09時40分39秒 | 海外旅行
5月23日(月)、イタリア旅行7日目。

朝7時30分、メストレのアントニー・ホテルから観光バスで、ベローナ経由でミラノへ。


↑ アントニー・ホテル


途中、「ジュリエットの家」でお馴染みのベローナに立ち寄った(9時30分から約1時間)。


↑ ベローナの街で見かけた遺跡発掘現場。


続いて、シェークスピアの「ロミオとジュリエット」のモデルになったカプレーティ家の娘が暮らした屋敷へ。


↑ バルコニーのあるジュリエットの家の中庭


↑ バルコニーの下にジュリエットの銅像。

銅像のおっぱい付近が光っている。右胸をさわるとご利益があるとか?!


↑ おっぱいの分捕り合戦?!




↑ イタリア地図(ベネチア(メストレ) ⇒ ベローナ ⇒ ミラノ)


【7日目の日程表】


10時40分、ベローナからミラノへ。


↑ バスの車窓から。北部イタリアの田園風景。

12時40分、ミラノへ到着。


↑ ミラノの市電

12時50分、昼食のためレストランへ。


↑ 昼食をとったレストラン。
ここでは名物ミラノ風カツレツを食べた。約1時間30分の食事休憩。

14時30分ごろから、ミラノ市内観光。
先ず最初に訪れたのは、
スフォルツェスコ城

ミラノを統治したヴィスコンティ家が14世紀に建造した重厚な城塞。


↑ 城塞の前には噴水があった。


↑ スフォルツェスコ城。重厚なルネッサンス建築。


↑ 城壁の案内板で説明する現地ガイドさん。


↑ 城塞の中に入り奥へ行くと遠くに凱旋門が見えた。


続いて、スカラ座
ここは外観のみ。


↑ スカラ座。

1778年に開場した世界有数の歌劇場。
作曲家ヴェルディやプッチーニ、指揮者トスカニーニなどを輩出。


↑ スカラ座の前の広場には、天才レオナルド・ダ・ヴィンチとその弟子たちの像。


さらに、
ガレリア・ビットリオ・エマヌエーレ2世

1867年建造の芸術的なアーケード。
ドゥオモとスカラ座を結ぶ十字型のアーケード。


↑ ガレリア・ビットリオ・エマヌエーレ2世(アーケード)。


ガレリア・ビットリオ・エマヌエーレ2世(アーケード)は、
イタリア王国の初代国王ビットリオ・エマヌエーレ2世にちなんで名付けられた。


↑ ビットリオ・エマヌエーレ2世像。




↑ ガレリア・ビットリオ・エマヌエーレ2世(アーケード)の内部。



↑ アーケード中央部分の床に、雄牛のモザイク画がある。

この牛の急所に左足のかがとをのせ、反時計回りで三回転すると願いごとが叶うといわれている。


ドゥオモ

豪華なファサードが白く輝くイタリア最大のゴシック教会。
500年近い歳月をかけて建てられたミラノのシンボル。


↑ ドゥオモ


↑ 大聖堂の屋根からのびる135本の尖塔。

先端には聖人たちの彫像が取り付けられ、ミラノの街を見下ろしている。


↑ ドゥオモ中央の最も高い尖塔の上には、愛の女神、黄金のマリア像が祭られている。


↑ ドゥオモ内部-1


↑ ドゥオモ内部ー2


↑ ステンドグラス


15時30分から
自由行動

スカラ座博物館へ。


↑ スカラ座博物館の入口


↑ スカラ座博物館の内部⇒劇場ロビー。

この奥に劇場(写真撮影禁止)がある。
最上階の貴賓席から劇場内を見物した。


17時10分、全員集合。
バスでホテルへ。
18時10分、イタリア最終宿泊ホテルに到着。


↑ アタ・ホテル エクスポ フィエラ

19時30分からこのホテルで、ツアー仲間とのお別れディナー。

(次はいよいよ帰国)
コメント (4)

この1週間に気になった有名人(225)

2011年06月28日 15時57分37秒 | 気になった有名人



コメント

脳トレ!

2011年06月27日 10時58分12秒 | Weblog


先週のこたえは、『13』でした。

昨日(26日)一泊どまりで、雨晴の礒はなびで旧職場OB有志の会があり、参加した。
昔話や近況報告やらで酒も手伝ってか楽しい一時を過ごすことができた。


礒はなびの6階の部屋から氷見方面を望む。
コメント

ベネチア市内観光

2011年06月24日 17時12分26秒 | 海外旅行
5月22日(日)、イタリア旅行6日目。
フィレンツェのニル・ホテルにて。


↑ 明け方5時ごろ、ニル・ホテルの部屋から。

携帯電話の充電器が日本国内専用だったため充電できず、添乗員さんに相談。
ヘアドライヤーの115Vを使用すれば短時間の充電なら可能であることを教えてもらった。


↑ ヘアドライヤー


↑ 115Vのコンセント。薄緑色のものは歯間ブラシ(シャッターが落ちるのを防ぐため)。

このコンセントを使用して無事携帯電話の充電完了。
でも、この115Vコンセントがあるヘアドライヤーがあったのは、このホテルだけだった。
ここでも、幸運に恵まれた。
朝食は早朝6:45から。



↑ 地図(フィレンツェ ⇒ ベネチア)


【6日目の日程表】



7:30、フィレンツェのホテルを観光バスで出発。
途中、トイレ休憩1回。


↑ リベルタ橋を渡ってベネチア本島へ。

11:00、ベネチア本島に到着。(バスで約270Kmを3時間で)


↑ ローマ広場。

ベネチア本島では車の乗り入れが制限されている。
バスはここまで。
水上バスで目的地へ向かう。


↑ 水上バス乗り場付近。対岸には豪華客船の姿が見える。

11:20、水上バスに乗り換え、サン・マルコ広場へ。(約40分)


↑ 水上バスに乗り込む。


↑ 水上バスからの風景。豪華客船が数隻停泊していた。


↑ 水上バスからの風景。同型の水上バスが盛んに行き来している。


↑ 水上バスからの風景。サン・マルコ広場が見えてきた。

12:00、サン・マルコ広場の船着場に到着。


↑ 水上バスの船着場


↑ サン・マルコ広場。観光客でいっぱい。

昼食をとるためレストランへ。


↑ 昼食を取ったレストラン

昼食は名物イカスミのパスターだった。


午後、ベネチア市内観光(徒歩にて約2時間)。
とは言っても、サン・マルコ広場周辺だけだった。


↑ 大鐘楼

高さ96m。
もともとは、見張り台と灯台の役目を担っていた。
現在はエレベーターの付いた見晴台。残念ながら上らなかった。



↑ 小広場

ドゥカーレ宮の前にある広場。
海からの玄関口として賑わったところ。
2本の円柱の頂上には、守護聖人の聖テオドール像(右)と有翼の獅子像(左)。



↑ ドゥカーレ宮。

ベネチア共和国の政治の中枢があった建物。


↑ 回廊を回り内部の見学。


↑ 美しい天井画。



↑ 階段の踊り場に描かれた騙し絵。木枠が組まれているように錯覚する。



↑ 溜め息の橋。

ドゥカーレ宮の東側、海へと注ぐ小運河に架かる橋。
かって拷問部屋や裁判所があったドゥカーレ宮と牢獄とを結ぶ役割をしていた橋で、拷問を受ける囚人たちが溜め息とともにこの橋を渡ったという逸話から。
われわれもこの橋を実際に渡ってみた。



↑ 2階の回廊から見た海の眺め。
サン・ジョルジョ・マッジョーレ島。サン・マルコ広場の対岸にある島。



↑ 2階の回廊から降りる階段。

続いて、サン・マルコ寺院へ。
外観を眺めるのみ。



↑ サン・マルコ寺院。中央手前の背中の人がわれわれの添乗員さん。

2人のベネチア商人によって運ばれた聖マルコの聖遺骨を安置するため、建設された教会。
イスラムのモスクを思わせる5つのドーム屋根が特徴。



↑ サン・マルコ寺院



↑ 頂上部分に聖マルコ像。

寺院正面の頂上部分には、寺院の名前の由来にもなっている聖人像がたつ。
その下にはベネチアの象徴である有翼の獅子像が祭られる。



↑ サン・マルコ寺院入口の天井に描かれた絵。



↑ 時計塔
屋上にはムーア人の2体のブロンズ像があり、この像が鐘を打ち鳴らして時を告げる。

この後、
ベネチアングラス工房へ。

15:40、ゴンドラ遊覧(約30分)。


↑ ゴンドラ乗り場。


↑ ゴンドラに6名づつ乗船。


↑ われわれの乗ったゴンドラの船頭さん。


↑ ゴンドラからの眺め。1隻づつ運河めぐりへ。


↑ ゴンドラからの眺め。小運河の入口付近の橋の上で沢山の観光客が見ている。
奥の方に溜め息の橋も見える。



↑ ゴンドラからの眺め。何重にも架かっている橋の下を船頭さんは巧みにゴンドラを進めていく。


↑ ゴンドラからの眺め。運河が狭くなるにつれ、どぶ臭い匂いが鼻を刺激し始めた。


↑ ゴンドラからの眺め。こんな奥の橋でも橋の上には沢山の人たちが見ていた。


↑ どこをどんな風に一周してきたのか、元のゴンドラ船着場に到着。
船頭さんにチップ1ユーロを渡して下船。



↑ みやげ屋が軒を連ねる。アクセサリー、カーニバルの仮面グッズが目を引く。



↑ 再びサン・マルコ広場。自由行動。

そして、17時50分。水上バスでバス駐車場へ。
観光バスで宿泊ホテルのあるメストレへ。
18:45、ホテルへ到着。


アントニー・ホテル(メストレ)。

遅い夕食は、ホテルで20時からだった。
(次はベローナ経由ミラノへ)


コメント (6)

脳トレ!

2011年06月23日 09時58分42秒 | 脳トレ!


先週のこたえは、『12』でした。



行田の菖蒲

昨日(6月22日)は夏至。
天気予報が晴に変化したので、かねて予約していた勉強会メンバーと太閤山CCへ芝刈りに行った。
32℃の真夏日との予報だったのでさすがに暑かった。
でも適当に吹いていた風と午後に少し降った雨でいくらか救われた。
コメント

行田しょうぶ園

2011年06月21日 17時21分06秒 | 国内旅行
6月19日(日)、午前9時ごろからドライブを兼ねて、滑川市の“行田(ぎょうでん)しょうぶ園”に行ってきた。


↑ 行田しょうぶ園(その1)



↑ 行田しょうぶ園の案内図


案内図によれば、しょうぶ園は3~4箇所に分散されているようだ。


案内図と一緒に「かきつばた」・「あやめ」・「花しょうぶ」の見分け方を書いた掲示板もあった。
しかし、この掲示板を見ても、私には3者の違いが直ぐには分からなかった。
それ故残念ではあるが、ここでは3者を区別せずにアップした。


↑ かきつばた、あやめ、はなしょうぶの見分け方を書いた掲示板



↑ 花ー1



↑ 花ー2



↑ 行田しょうぶ園(その2)



↑ 花ー3


↑ 花ー4



↑ 行田しょうぶ園(その3)


↑ 花ー5


↑ 花ー6


行田しょうぶ園には、平成になってとやまの名水になった「行田の沢清水」もあった。


↑ とやまの名水「行田の沢清水」
コメント (2)

俳句サークル(’11.06)

2011年06月20日 17時00分00秒 | 俳句
6月17日(金)夕方から俳句サークルに参加。
6月の兼題は虫編のつく漢字(例えば、蝉、蛍、蝿、蚊など・・・)を使って一句。
私の提出した宿題3句について。

(原句) 五月晴奇跡を保つ斜塔かな

(コメント) 中七の「奇跡を保つ」は、斜塔の説明になっている。例えば、「五月晴」が斜塔を支え、自分をも支えてくれているという表現にしてみてはどうか。

(添削例) 我も支え斜塔を支え五月晴



(原句) 高原の飛球の伸びし虹の空

(コメント) 中七の「飛球の伸びし」の情景が見えてこない。「飛球伸びゆく」とした方がよい。

(添削例) 高原の飛球伸びゆく虹の空



(原句) 麦秋や射水の里の黄金波

(コメント) 「麦秋」と「黄金波」はつき過ぎであり、よく詠まれている。

(添削例) 麦の秋射水平野に広がれり

【追加】
先月5月はイタリア旅行のため俳句サークルを欠席した。
しかし、5月の宿題3句は提出してあった。
その添削結果も貰ったので追加する。
ただし、コメントはなし。
なお、5月の兼題は、「薫風」または「風薫る」だった。

(原句) 被災地に涙のひかり鯉幟

(添削例) 原句のまま


(原句) 百万本の描画となりてチューリップ

(添削例) 描画せし百万本のチューリップ


(原句) 薫風や快音あげてティーショット

(添削例) 原句のまま

コメント (4)

ピサの斜塔とフィレンツェ市内観光

2011年06月19日 08時00分00秒 | 海外旅行

↑ 朝のニル・ホテル(フィレンツェ)の正面広場


5月21日(土)朝8:20、観光バスにてピサへ(約100Kmの移動)。




フィレンツェ・ピサの地図


【5日目の日程表】




↑ ピサの駐車場。沢山の観光バスでいっぱいだ。



↑ ドゥオモ広場の外側、露天商が並ぶ。



↑ ドゥオモ広場の入口



↑ ドゥオモ広場。

10~13世紀に建てられたドゥオモはピサ・ロマネスク様式の最高傑作として名高く、斜塔や洗礼堂とともに真っ白に輝く建築物が並ぶ広場は「カンポ・ディ・ミラコーリ(奇跡の広場)」と呼ばれている。
緑の芝生と青い空に美しく映える。



↑ 手前から洗礼堂



↑ 洗礼堂の内部



↑ ドゥオモ、そしてその奥の斜塔へと続く。



↑ ドゥオモの内部



↑ 斜塔(広場入口の反対側から見たところ)

斜塔の高さは58.36m。
傾斜約4m。
斜塔が傾斜した原因は軟弱な地盤に立てられたために地盤沈下によって傾斜しているというのが定説。
ここでは斜塔を支えているようなポーズをとり、トリック写真を撮っている人が沢山いた。
斜塔へ上るには予約が必要であり、我々は上らなかった。



↑ ドゥオモ(斜塔から広場入口の方へ戻る)



↑ 洗礼堂の付近で赤いバルーンにお客を乗せていた。



↑ 広場の出口(広場の入口と同じところ)


この出口を出たところで事件が起こった。
我々のツアー・メンバー約40名が現地ガイドさんを先頭にし、添乗員さんをしんがりにして、バスの駐車場へ戻りつつあった。
その時、ツアーの列の3箇所で同時に悲鳴のような大きな声がした。
ジプシーの若い女のグループが我々のグループを襲ってきたのだ。
彼らは40~50cm四方の大きさのダンボール紙に何かを書いたものを持ちながら、お金を恵んで欲しいような素振りだった。
2箇所では、それを払いのけたようで何事もなかった。
ところが、1箇所でダンボール紙を被せられ見えないところで、カバンのチャックを開けられ、財布を掏られたことが判明。
恐れられていたスリに注意の警告が現実のものとなった。
とうとう我々のツアー仲間にスリ被害が起こってしまった。
スリに遭われた人は、大変気の毒だと思ったが後のまつりだった。
財布の中身は現金数万円相当とカードがあったそうだ。
添乗員さんの計らいで、カードは直ぐに停止処置が取られた。
また、警察への届け出も一応されたようだが、取られたものは先ず返ってこないということだった。
この後の観光も更に注意を払わねばと心引き締まる思いだった。

約1時間30分の見学の後、再び観光バスでフィレンツェへ戻る。


↑ フィレンツェの街



↑ ミケランジェロ広場


午後1時、漸く昼食タイム。


↑ 昼食をとったレストラン


昼食後、徒歩にてフィレンツェ市内観光。
広場にあった金属製の案内板を見ながら観光場所の説明を聞く。


↑ 案内板


先ずは、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂(フィレンツェの人々が誇る花の聖母の大教会)へ。


↑ 大聖堂とジョットの鐘楼



↑ ドゥオモ



↑ ドゥオモ内部


次にベッキオ宮殿へ。


↑ ベッキオ宮殿

14世紀に建てられた重厚なゴシック建築の政庁舎。
宮殿前のシニョリーア広場には彫刻作品が並ぶ。


↑ シニョリーア広場の彫像の1つ


続いてウフィッツィ美術館へ。


↑ 美術館入口

イタリア美術史に燦然と輝く名画が勢揃いする美術館。
レオナルド・ダ・ヴィンチやラファエロ・サンティなどのビッグネームが並ぶ。
ルネッサンス黄金期を華やかに彩る美しき名画の迫力に感服する。
残念ながら撮影禁止。


↑ 美術館よりベッキオ橋を望む

アルノ川に架かる歴史ある橋。
美術館の見学は約1時間30分。
次に職人の街フィレンツェの代表格の1つ革製品の工房へ。


↑ 皮革製品工房の見学

午後6時、中華料理で夕食。


↑ 夕食をとった中華レストラン

ここの中華はボリュームは凄かったがあまり上手くなかった。
失望した夕食の1つであった。

午後8時、バスでニル・ホテルへ。
ニル・ホテルは2泊目の宿泊。
(次はベネチアへ)



コメント (4)

この1週間に気になった有名人(224)

2011年06月18日 11時33分15秒 | 気になった有名人
コメント

アガサ・クリスティーを読んで!

2011年06月17日 09時00分00秒 | 

 「メソポタミヤの殺人」   アガサ・クリスティー著  高橋豊訳  (ハヤカワ・ミステリ文庫)



 「ブルートレイン殺人事件」   クリスティー/中村妙子訳  (新潮文庫)


アガサ・クリスティーの推理小説を姫さん経由で清姫さんから4冊借りた。
(清姫さん、姫さん、ありがとうございます。)
その中の上記2冊を読み終えた。
探偵「ポアロ」の活躍するストリーで、2冊とも、とても面白かった。
人名や地名がカタカナ語である外国の作家の翻訳本は、名前がなかなか覚えられないので、私はいつも苦戦している。
でも、探偵ポアロによる推理の謎解きが明解なので、そんなに苦痛に思わずに読破できた。
やっぱり探偵小説は、スカッとして気分転換にいいものだ。
後の2冊は、いずれ機会を見て読もうと思う。  
コメント (2)